6.市場と出会い (5月1日修正)
2016年11月7日、少しだけ修正&加筆しました。
新しい出会いです。
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6.市場と出会い
「探索」で街の位置を確認した私は、さっそく上位冒険者並みの身体能力を使ってみる。
走ってみれば景色が飛ぶように過ぎるし、軽くジャンプすれば自分の身長を超えてるし、左右に飛びながら走れば、なんだか忍者になった気分だ。全力疾走したり緩めたりと遊びながら街に向かう。
高校で部活を引退するまでは走ったりもしてたのだが、それとは何もかもが段違いだ。息切れもしない。気持ちいいね!
ハイテンションで走りまくっていたら、高い壁にぐるりと囲まれている街を発見した。なんで囲まれてるのが判ったかっていうと、少し離れた小高い丘から見下ろす位置にあったからだ。
止まってから集中して視力を強化して門を見る。(漫画でやってるのを試してみたら出来た)うん、普通に入っていけそうだ。門番はいるが普通に人は通っている。
道を外れて向かってくる奴なんて不審極まりないだろうと思い、丘の裏に降りて道に戻った。門に向かう人波に混ざっていざ行かん。
キョロキョロしながら門を通る。完全なるおのぼりさんだが、初めて見るのだから仕方ない。胸を張ってキョロキョロ。
「ねえさん、この街は初めてかい?」
後ろを歩くおじさんが声をかけてきた。
「はい。こんな大きな街、初めてなんです」
私と行く方向が一緒なのだろうか。おじさんが隣から離れない。
「市場ってどこにあるんでしょう?」
スーパーなどでいきなり話しかけてくるおじちゃんおばちゃんに、タイムラグ無しで対応できる私はコレ幸いと市場の場所を聞いた。
「わしも今から行くから、ついておいで」
おおラッキー。探す手間が省けた。
門を入った通りをそのまま真っ直ぐ進んだ。門から入るほとんどの人たちが私たちと同じ方向に進んでいる。
人と周りの建物を観察しながらおじさんに付いて歩いていると、前方にテントの群れが見えてきた。
どうやら、あの辺りからが市場のようだ。アジアとかヨーロッパの市場に雰囲気が似ているかもしれない。(もちろんテレビでしか見た事はない)
人と人の隙間から見える様子でそう思った。
「ここだよ、ねえさん」
やはり市場はここだった。
おじさんはテント群を抜けて奥に進んで、ゴザらしき物を敷いて野菜を売っている人たちの間に空きを見つけて、そこに鞄から出したゴザらしき物を敷き始めた。
周りの人に声を掛けたり掛けられたりしているので、知り合いなのだろう。
「わしはいつも、ここで野菜を売っているんだ。見てってくれんか」
「はい。見せてもらいます」
否やはない。野菜なら大歓迎である。おじさんが斜め掛けしてた鞄から、野菜たちが次々出てくる。これならば異空間収納は普通に人前で使えそうだ。
おじさんが野菜をせっせと並べているのを他の店を見ながら待っていた私は、ふとおじさんが今並べている物に気付いて目が離せなくなった。手が震える。こ、これはあああああああ!
神の食材との遭遇であった。
おじさんは他にも白菜、キャベツ、玉ねぎ、人参、ジャガイモを持っていた。
…この世界の野菜は、でっかいね。白菜とキャベツが3倍くらい、玉ねぎと人参は5倍くらい、ジャガイモはここでも小ぶりの冬瓜サイズだった。
いきなりの知っている食材との遭遇に私は大興奮である。
「おじさん、値段は?」
私は値段が高いと買えないな~という空気を醸し出しつつ、訊く。
「白菜は銅貨4枚、キャベツも同じ、玉ねぎと人参とジャガイモは銅貨2枚だよ」
「買います。全部10個ずつで」
おじさんびっくり。いくらなんでも買い過ぎたかな? 時間止めれて腐らないから、一気に買ってしまえと思っただけなのだが。
さて、算数のお時間だ。
白菜とキャベツが一個で銅貨4枚です。
白菜とキャベツを10個ずつ買います。
玉ねぎと人参とジャガイモは、一個で銅貨2枚です。
それぞれ10個ずつ買います。
全部合わせたらいくらになるでしょうか?
うぬ、白菜とキャベツで4×20=80だな。他のが2×30=60で…80+60は…140だ! 答えは銅貨140枚!
答えが出てスッキリしたところで、重大な事実が発覚する。
……もしかしなくても、銅貨を140枚も数えろと?
大丈夫だった。財布をのぞいたら、銅貨の他にも大銅貨というモノが入って入っていたので鑑定してみたら、「大銅貨。銅貨10枚と同等」ふむふむ。じゃあ、大銅貨14枚でいいんだ。
数えなくて済んで良かった。異世界ライフ始まって以来の窮地に立たされるところだったよ。
あ、大事な物を買い忘れてしまう。
「この芋はいくらですか?」
私は横によけてあった例のモノを指さして訊いた。
「ん? これは家畜のエサだぞ?」
もう何度目かの衝撃に私は耐えた。
この神食材を家畜のエサにしてるだと? もったいないじゃないか。
家畜にエサをやるなんてもったいないってわけではなく、純粋にコレは家畜より私のほうが、絶対にありがたみが判ってるよと言いたいのだ。え? 決めつけるな? うむ確かにそうだ認めよう。そして正直に言おうではないか。「私はその家畜のエサを横取りすることになろうとも、その芋が欲しい!」と。人でなしと言いたければ言ってくれたまえ。それでも私は食べたいのだ。なので絶対ゲットする。この世界で2度目の社畜スマイルで。
「家畜も買っていく予定なので」
細くて小さいけど、根こそぎ買って銅貨5枚。100個以上はあったから、高くても25個で銅貨1枚だ。お買い得! さっそくお金を払って、すべてを鞄に放り込んでいく。
「ねえさんのおかげで、今日は早く帰れそうだ。ありがとな」
おじさんは満面の笑みで握手を求めてきた。もしかして私は、おじさん家の家計を大いに救ってしまったのだろうか、ふふふ。
例のモノが手に入った私も、満面の笑みで握手に応えるのだった。
次はとにかく袋屋さん。
おじさんに訊いたら、道具屋に置いてあるそうだ。ひとつ後ろの通りに安い道具屋があるというので、お礼を言って向かう。
脇道を入って後ろの通りに出て、右と左を見る。左に道具屋発見。のぼりに道具屋と書いてくれてあるので、すぐにわかった。
店に入って、さっそく鑑定をかける。付与のされている物とそうでない物が、左右に分かれて置かれていた。考えるまでもなく付与無しの棚に向かう。鞄や袋に使われている布は、麻生地によく似ていた。欲しいサイズが10枚セットで銅貨10枚。うん、これにしよう。
「お客さん、これ異空間収納無いけどいいのかい」
手に持ってカウンターに持ってくと、メガネをかけたおじいさんが訊いてきた。どうしてそんなこと訊くんだろう。異空間収納付きの棚は、店内の反対側にある。解って買っているのだが…。
「ちゃんと確認しとかんと、後で文句言う客がおるんだよ」
私が不思議そうにしてたのに気付いたおじいさんが、困ったような笑顔で教えてくれた。
「異空間収納無しのでいいので、これください」
おじいさんが不安にならないように、笑顔でちゃんと言ってあげた。
店を出て、まず建物のかげに行く。
さっそく今買った袋を活用するためである。
「異空間収納」付与。「野菜洗浄」付与。
まず一袋に2個付与する。そして先ほどの家畜のエサを全部投入して口を閉める。そしてもう一袋にも付与。
「蓋付き厚手鍋」「弱火加熱」
残りの袋は、また追い追い使っていくので、とりあえず鞄にポイ。
先ほどの付与済みの袋は、それぞれローブの左右のポケットに分けて、しまう。
早くキレイにならないかな~~。
そんなことを思いながら、市場の通りに戻ってぶらぶらする。
野菜は元いた世界の物が大半で、こちらの物は果物のほうが多かった。パン酵母を作りたかったので、果物を何種類か数個ずつ買っておく。
干した果物はダンジョンの時に食べれそうだ。こちらも試食させてもらいながら、レーズン、プルーン、クランベリーに似たものを買った。
肉は塊で売っていて、買った肉は希望通りに切ってくれるというので、塊を1つ大銅貨3枚で買って薄切りにしてもらった。大銅貨3枚は、銅貨30枚分である。
2店でしか扱っていなかったが腸詰や塩漬け肉があったので、とても安心した。腸詰や塩漬け肉があれば、出汁が無くてもスープが作れる。
これで数日分のご飯は作れそうだ。っと小麦粉を忘れていた。探すと粉屋さん発見。
真っ白い小麦粉は無くて、茶色い粉だったが、ここではこれでパンを焼くらしい。大袋を見ると米10キロくらいの袋の大きさだったので、それを購入する。大銅貨5枚だった。
前の私なら、そんな物を抱えたらぎっくり腰確定だっただろうが、今の私には恐れるものは無い。軽く持ち上げて、鞄にポイと入れてやった。ふはは。
今度こそ買い物終わったかな。
頭の中で買ったものを反芻して、指折り数えて確認していると。
ドンっと何かにぶつかった。ん? ぶつかられた?
ローブのポケットから袋がスルリと抜き取られる感触に、反射的に身体が動いてソレを捕まえてしまっていた。
とっさに捕まえてしまったものは…10歳くらいの男の子だった。
髪の毛ボサボサ、目は落ちくぼんでギョロギョロしている。ボロボロの服から出ている身体のガリガリさ加減で、「スラム」という言葉が頭に浮かぶ。
私がじっとその子を見ていたら、周りの人達が気付き始めた。
「またポルカのやつか。誰か役所に連れてけ!」
誰かが言って、4人くらいの男が寄ってきて子供に手をかけようとする。子供の身体は縮こまり、腰が落ちてしゃがみ込んでしまいそうだ。
私は思わずその子を自分の方へ引っ張って、自分の広げた足の間に子供を挟んで頭を抱えた。怪力って便利だな。
「おい、ねえちゃん?」
スリをした子供は、役所に連れて行かれて何をされるのだろうか。この身なりでは罰金も払えないだろう。ということは、暴力を受けるか、最悪殺されてしまうのではないだろうか。
「皆さん、ありがとうございます。でも私は大丈夫なので。この子は私がもらって行っていいですよね?」
社畜スマイルで皆の返事も聞かずに、子供が逃げられないようにガシっと脇に抱き込んで歩く。
大通りの裏の通りに入り込んで、人目が無くなったところで袋を返してもらった。そして子供が逃げれないように、子供の服に「不動」の付与魔術をかけてから大事な作業をする。
キレイに洗われた例のモノを、もう一袋に移すのだ。洗浄の方の袋に「急速排水」を付与して水を切って、もう一袋の方に逆さにかぶせてざっと移す。そしてキュッと袋の口を締めて、「時間10倍速」を付与。こうすればすぐにでも出来上がるはずだ。
不動の付与を解いて、今度は頭に手を置いて「吸着」を付与した。人には無理でも髪の毛ならいけるんじゃないかと思っていたら、いけた。
当然私の手にも付与は使えないので、ローブの袖で手を覆ってから頭に載せる。
「さあ、きみの家まで連れてって。そうしないと役所に連れていく。逃げれないのは判ってるよね」
逃げたそうな様子だった子供は、指さして道を案内してくれた。
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大きな街での生活が、ヨリが意図していない方向に流れていきそうです。
スリの男の子は、ヨリにびびりまくりつつも役所に行かなくて済んで少しだけ安心しました。
次話は男の子が住んでるところに行きます。ダンジョンにはまだ行けそうにありません。
少し加筆しました。
髪の毛に付与した時に、手ではなくてローブの袖を使ってみました。