56.役人、再登場
領主編の始まりです。
やっと役人さんが再登場します。
朝ごはんを堪能した後、ダンジョン組には昨夜に作っておいた弁当を配った。
フランスパン風のパンに、チーズと塩漬け肉のスライスと、レタスをたっぷり挟んだサンドイッチだ。
取り出したりする時にバラけないように、真ん中辺りを薄い布で巻いて、その布の端を付与で止めてある。食べながら布を押し下げていけば、食べる時にも具がはみ出にくくて食べやすいと評判だ。
この方法、元居た世界ではラップを使ってやっていたのを、何かで代用できないかなと考えて思い付いた。
おかげでサンドイッチを弁当メニューに入れられるようになり、とても助かっている。
ダンジョン組を送り出した後は昼ごはんの準備だ。
ボスも倒せるようになった彼らに付いて行く必要はないので、その間に私は新たな料理を教えていきたいと思っている。
とりあえず今日のお昼はクリームシチューを作るつもりだ。ホワイトソースの作り方を覚えてもらえればレパートリーはぐっと広がるからね。そのうちパスタなんかも調理するかもしれないし。
え、連れてこうと考えてるよ? だって私で4時間くらいで着くのだ。ロジ少年たちなら8時間もあれば着く。10人から20人くらい連れて行けば、一泊コースで充分な収穫が望めるだろう。
20人で麺類ガッツリ獲れば、村全員で食べれるじゃん! それまでには箸の使い方をマスターしてもらいたいけどもね。…道具屋に箸頼まないと。
ウキウキと次なる計画に心を弾ませながら、濃いコンソメ汁の作り方を教え、野菜を皆で切っていく。
お昼の仕度から新しい4人が入っていた。彼らは野菜の切り方を料理番のおじさんたちに教えてもらいながら、
「ダンジョン組からはひと班に1人ずつしか抜けられないから、順番待ちなんだよ」
と教えてくれた。まあ今のダンジョン組なら3人減ろうが苦戦はしないが、湧きが減れば収穫が減るから「1人ずつ」なんだろう。しかし順番待ちってことは、まだまだ居るってことなのか。
別鍋に切った野菜を入れて。それを普通の濃さのコンソメで煮る理由と、濃いコンソメ汁を用意する理由を教える。おじさんたちとシガは強く頷いたが、付与を覚える目的の4人は、ほけーっと聞いていた。数日しか居ないなら覚えなくても問題無いので別にかまわないので気にしない。
次はホワイトソースの練り方を、フライパンを17個出して石板コンロに並べて作っていく。
確実に覚えて欲しいので、ゆっくりと時々加熱を止めながら教えた。
練るには力がいるが、料理番の皆もダンジョン組も身体強化は覚え済みだ。まったく問題なく練り上がって、美味しそうなクリームシチューが出来上がった。本当は牛乳を入れ終わった時にブランデーを少しだけ加えるとお店の味になるのだが、無いので断念だ。
それのセットにはフランスパン風のパンを作る。
もう教えなくても作ってしまえるので、料理番のおじさんたちが新人4人に教えるのをBGMにスパパパンとパン生地をこねて丸めて、そのボウルたちを石板コンロにいつものように付与して一次発酵を始めた。
さて水でも飲んで休憩だ。
ダンジョンに行かなくてよくなったので、一度に急いで作る必要はない。のんびりと休憩中にしゃべったりとかも楽しいんだよね。
皆で調理小屋の外のテーブルで一服していると。
「ヨリ、話があるんだが」
と向かいに座っていたホスさんが。
いつもであれば「うん、なあに?」で済む受け答えなのだが、その時ホスさんが言った途端、他の料理番のおじさんたちが一斉に神妙になったのだ。
そんな重い空気を出されては、軽く返事などできるわけもなく。
「えーと、何だろうか」
私は内心では「何、何、何?!」と焦りながら、恐る恐る質問をした。
ホスさんが料理番のおじさんたちをぐるりと見回す。それにおじさんたちが頷き返して。…どうやら料理番全員はホスさんが何を言うのか解っている、もしくは料理番総意の何か意見があるのだろう。
私がガザをささっと見ると、ガザは小さく首を横に振った。ふむガザは知らない事か。
ホスさんに意識を戻す。む? ホスさんと見つめ合うのは初めてだったね。瞳がとってもキラキラしいぞ。
ホスさんに限らず見つめ合う事なんて街のポルカの子供たちくらいだったなと思い直した時、ホスさんが重そうにその口を開いた。
「あのな。実は今日、役人が来る」
「ん? 2日に1度来る人の事?」
「そうだ」
あれ? 今までわざわざ言われなかったのに、今日は言う? ってことは、何か異変でもあったのだろうか。
「その人が、取りに来る以外に、何かしに来るのかな」
兵隊連れて内情を調べるとか、住人捕まえて尋問とか、ノルマを上げて無理やり取り立てに来るとか?
悪い方にしか考えられない私は、その状況を考えて徐々に戦闘モードになる。
魔力が渦巻き始めて気配が険悪になってきた私に、料理番のおじさんたちが「いやいや、待て待て」「悪い奴じゃないんだ」と慌て出したので、どうやら私が考えていた方向では無いと解ってホッとした。
「じゃあその役人さんは何をしに来るのかな」
力を抜いて魔力も引っ込めた私は、ホスさんだけでなく料理番の皆にも向かって聞いた。「あー」とか「うー」とか言ってはホスさんを見るおじさんたちの様子から、ホスさんに訊かねば埒が明かないと気付く。
「ホスさん、教えて」
じっと見る。キラキラしい瞳に決意が瞬いた。…ような気がしただけだが、間違っていなかったようで、ホスさんが再び重い口を開いた。
「昼飯を、食いに来る」
「うん? ここで? 一緒に食べるの?」
「ああ、そうだ」
……ここで、役人が、ポルカの住人と、一緒にご飯を食べる。
「え? えーと、何がどうなってそうなったのか教えてくれる?」
私、動揺中である。顔には出ないが、すごく驚いているのだ。とにかく事の経緯を聞かない事にはこの動揺は治まりそうにない。
私が訊くと、料理番のおじさんたちが我先にと言い始めた。
「ホスは悪くないんだ」
「役人の腹の音がすごくてよ」
「俺らより腹空かせてガリガリでよ」
「1日に一回しか飯食ってないって言うしよ」
「最初はホスが自分の分を分けてやってたんだがよ」
口々に言っている事をまとめると、「役人は1日一食のガリガリの男。悪い奴じゃない」となった。そんで元々はホスさんのご飯を分けていたけれど、今は違うと。昼はダンジョンに居たから気付かなかったな。ってゆーか、「最初は~」ってことは数回以上は食べているって事だよね? いったいいつからなんだろうか。私が来るまではここも1日一食だったから、私が来てからではあるだろうけども。
「いつからなのかな」
「ヨリたちがダンジョンに行くようになってからだ」
ほうほう。頷いて考える。20日くらいだから、10日か。10回食べに来ていると。
「持っていく肉とかの数は、前と変わっていない?」
「変わってない」
「てことは、その役人さんは、ここで見た事は言ってなさそうだね」
「そうだと思う」
ホスさんに確認して、私はその役人をとりあえずは静観する方針に決めた。
ノルマが変わっていないということは、その役人がここでの事を誰にも言っていない可能性が高い。まあ上司に報告してあって、踏み込む機会を伺いつつスパイ活動に勤しんでいる可能性もあるだろうが、来るならばすでに来ているだろう。20日も放置する理由が無い。
「その人はいい人?」
料理番の全員に訊く。
その役人に村の命運がかかっていると言ってもいいのだ。真剣に訊いた。
それにホスさんを始め、全員が頷く。
「今日はいつも通りにしてみて。私は大人しくこっそりその人を観察するから」
「飯やってたのを怒らないのか?」
ホスさんが訊いてきた。眉間にシワが寄ってちょっと怒ってるように見えるが、彼のこの顔は「ん?」と思っているときの顔なのだ。
「怒らないよ。だって食材はあるんだし、目の前にお腹減らしてる人が居たら私でも同じことしたと思うからね」
グーグーお腹減らしてる人の目の前でガツガツ自分だけご飯食べるとか、どんな拷問だろうかと思う。無理だって。うんうん。
「そうか」
私の返事にようやく安心できたのか、ホスさんが息を大きく吐き出した。え、そんなに私って怒りそうだったのか。まあさっき戦闘モードに入り始めた私が悪いんだろう。早とちりって駄目ね、ウフ。…え、キモイ?
とにかく、だ。
「今日から全員でご飯だし、これからの事は皆の反応と役人さんの様子次第だね」
ここの住人がノルマの話をする時に、本当に「普通の事だ」みたいに話すから、ここの住人と役人との距離感とかお互いに対する心情とかが全く解らないのだ。今日はそれを知るいい機会だと思う。ゲームで言うなら「イベント発生」ってなところだろう。
え? 気に入らなかったらどうする? どうしようね。
部下がバカだと上司もバカって言うし、領主に直談判ぐらいはしたくなるかもしれん。もし出来た人物だったら、生活向上委員会(役員1名)がお手伝いしたくなってしまうかもしれんし。すべては今日の昼ご飯にかかっているのだ。
「あ。ソルたちには私から言っておこうか」
私に言うのにあんだけ時間を要したのだ。ソルにはもっと言い辛いだろうと思って言ってみたのだが、ホスさんは「自分で言う」と言った。決意の漲るその顔が凛々(りり)しい。
言いたい事が言えてスッキリしたのか、それとも深刻な問題にならなかった事にホッとしたのか、料理番の皆は朗らかに一次発酵が終わったパン生地のガス抜きとベンチタイム(ベンチタイムとは、一次発酵終わってから、生地を潰して中に溜まった空気を抜いて、成型する個数に分けて丸めて濡れ布巾かラップをして湿気を逃がさないようにして15分ほど放置する事。20分以上は二次発酵が上手くいかなくなるので注意である)作業を始めた。それを新人4人に教えながらだ。
私はシガとガザの方に寄って行って、作業しながら訊くことにした。
「ねえシガ。シガは役人がここでご飯食べるのを、どう思う?」
シガは黙々と作業しながらポツリと答えた。
「いい奴なら気にしないが、嫌な奴なら嫌だな」
「だよね。ガザは?」
「は? ここで食べようがどこで食べようが、俺に何か言えるとでも思うのか?」
「およ、何で?」
「役人てのは、貴族だぞ? 平民がどうこう言える相手じゃないだろうが」
「役人て、貴族だったのか」
新事実発覚である。役人は貴族だった。
「じゃあ今更『今後はここで食べないでください』って言ったら、怒って報告されそうだね」
よっぽど腹が立つ奴でないなら、このまま継続になりそうだ。高飛車でも傲慢でもいいから、せめて皆が言うように悪い奴でないといい。そう願う。
ベンチタイムを終了して、成型して二次発酵だ。
今回は夜のチキンカツ用のパン粉も作ろうと思っていたので、ボウル5個分多めに捏ねておいた。その分のパン生地にはしっかり濡らした手でなでなでしておく。空気たっぷりのバリバリパンを作りたいのだ。
二次発酵の間に、夜の準備も少しする。
使うのは鳥ムネ肉だ。鳥モモ肉では無いのがミソなんである。
まずは邪魔な皮を皆で剥いで、鳥皮用の壺に放り込む。鳥ムネ肉を使う時にはいつもそうしているのだ。「皆に行き渡るようになったら、塩コショウで美味しい焼き鳥にしてあげるからね」と伝えてあるので、皆も頑張って溜めるのを手伝ってくれているのだ。こんだけでかいと皮が無い方が切りやすいのもあるだろうがね。
皮が無くなった鳥ムネ肉を、まずは厚みを半分にしてそれを縦割りし、細長い肉片を作る。それを左から手を添えて削ぎ切りにしていくのだ。
ここで注意すべきは、厚みは5ミリまでにすること。これより厚めだと「ただ歯に挟まるパサパサした食べ辛いカツ」になってしまうのだ。2ミリでも3ミリでも、薄いぶんには全然構わない。ただ、厚いのだけは駄目なのだ。作って食べてみると本当に実感するのだが、これだけは薄い方が美味いのである。
皆でせっせと削ぎ切りに勤しむ。当然慣れている新人4人以外が先に終わったので、その4人には「ゆっくりでいいよ」と声をかけて、削ぎ終わった肉を並べて、塩コショウを振る。
ソースは無しでそのまま食べるので、しっかりめに塩コショウを振った。あとはパン粉が出来ないと次には進めないので、塩コショウが終わったのを各自ボウルに入れておいて冷却棚へ入れておく。
新人4人もそうした所で二次発酵が終わったので、パンを焼き始める。
後はご飯が終わるまでは作業しないので、片付けとご飯の仕度だ。
クリームシチューを加熱し始めて、スプーンとパンのお皿をテーブルごとにセット。
本当は気分的に水も用意したいのだが、人数が人数だし、飲みたければ勝手に飲みに来るし飲まない人も居る。よってコップは用意していない。
クリームシチューが温まって火を止めてから、本当に少しだけ生クリームを入れて混ぜる。
コレをすると風味がかなり良くなるのだ。お皿に注いでからスプーンに半分ぐらいをひと回しかけてもお洒落なのだが、人数が多い時は鍋に入れてしまう。
そして小皿17枚に入れてスプーンを添え、皆で味見だ。
「うっめ~~~~~!!!」
「うまっ!」
「……(コクコク)」
「美味いな」
「うますぎる」
「ああ、うまい」
とまあ大好評だった。私も大満足の出来だ。ウマウマ。
「さて注ぐよ」
その後は朝食の時のように保温を掛けた深皿にどんどん注いで、どんどん運んで。
パンが焼けたらそっちもどんどんお皿に配って。無事料理が行き渡った。
パン粉用のパンはある程度小さめにちぎってもらって、乾燥を付与した壺にポポイと入れてもらった。後は食後まで放置だ。
広場に人が集まり始める。そろそろお昼ご飯の時間だと皆が判っているのだ。時計も無いのに本当に不思議なんだけどね。
小屋からゾロゾロ皆が出て行く。私はその背中を見ながら、1食分だけセットされたクリームシチューとパンを祭壇にお供えした。
ちなみにこの1食分、実は私が用意したわけではない。全員分の用意が終わってみると1食分だけこうして置かれていたのだ。首を捻って「これは?」と訊いたら、「いつもの分だ」と祭壇に顎をしゃくって料理番の1人に言われた。
あれ? もしや私がいつも奉納していた事に気付いていたのだろうか。不意打ちで面食らってしまったが、「ありがとう」とかろうじて礼は言えた。どうやら皆にはバレバレだったっぽいね。…気付いてるのに何も言わず、いつの間にか用意してるとか、ぬおおおおお!! カッコイイ! 「男前」の称号を進呈したいよ!!
「ニルヴァス様、これ、この世界の人たちが用意してくれたんですよ? 良かったですね」
白いドロドロスープ以外を、この世界の人に奉納されたって事だ。感動で胸が熱くなって、涙がこみ上げる。声も揺れる。いかん、泣いてしまう! ぐっと熱くなったのを抑え込んで祭壇に背を向けた。
小屋を出ると広場の椅子のほとんどが埋まっていた。
私は定位置のロジ少年の正面に滑り込んだ。え? 横じゃないのか? ロジ少年が味わってる顔が、一番見れる特等席なのだよ、正面は。
半日ぶりのロジ少年が私の顔を見るなり、「今日はちょっと魔力を跳ばせたんだ!」とキラキラとまぶしく顔面を輝かせて報告してくれ始める。あ、待って! まぶしい! まぶしいよ!!
まぶしいけれども、目をしっかりと開いて見るよ私! ロジ少年のこんな満面の笑みは見逃せないからね!
「すごいじゃん!」「やったね!」と褒めながら、ロジ少年の話を聞いた。ロジ少年の笑顔につられて自然と私も笑顔になってしまう。友人パワー恐るべし。…後で表情筋が筋肉痛になる事が決定したが気にはしないさ。
私がデレッデレにとろけていると、後ろから背中を突かれた。後ろに居るのはガザだ。
ん? と意識を向けると「来たぞ」と小さく教えられる。
教えられた方を見ると、広場に向かって歩いて来る人の群れに、1人だけボロくない服を着た男が混ざっているのを発見した。
背は低くもなく高くもなく。髪の色は茶色だ。
ダンジョン組にはホスさんから話がいったのだのだろう。椅子に座った彼らは、一度その男を見ると興味を無くしたようにテーブルに目を落とした。…えっとクリームシチューを見すぎかな。
そういえば新メニューは久々だった。じゃあしょうがないか。
その役人が着ている服は、ボロではないとは言ったが新しくもなかった。色あせて裾が擦り切れているのが、見てすぐに判る。
そして彼ら貴族にしたら底辺だろうポルカの住人に話しかけられて、嬉しそうに笑って答えていた。…想像していた貴族と違う。
私が想像していたのは、新しい服を着た偉そうな態度の男である。ノルマを回収する時も偉そうに鼻を鳴らしたりするような感じの。
今まで読んだ本とか、悪徳政治家のイメージに影響を受け過ぎたのかもしれない。
色眼鏡を取らねばいかんなと反省して、新たな目で男を観察する事にした。
役人はありがたい事に私から見える位置に座った。
さすがにガン見は気付かれるだろうから、私は日本人スキル「見てないフリで見る」を発動する。
視界の隅っこに男を入れつつ、何も無い空間を見るフリをするのである。
ついでに耳から例のやつをにょろにょろ~~っとね。
ホスさんたち料理番とダンジョン組と肉屋組は、全員それに気付いて一瞬だけ私を見た。
ホスさんからと、他のテーブルからもにょろにょろと魔力が伸びて来たのを感じたので、
「いつも通りでよろしく」
と告げた。観察の始まりである。
内緒で野良犬に餌付けをしていたホスさんたち。
ヨリは役人が貴族だと知ってびっくりです。そうなんです。この世界の役人と兵士は、全員貴族なんです!




