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さあ美味しいモノを食べようか  作者: 青ぶどう
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52.「俺のために」作られたシチュー。

カズユキパートです。


クリームシチューを食べます!



 目の前には「俺のために」作られたクリームシチューの寸胴鍋がある。

 ついさっき、ニルヴァスが持ってきたのだ。

「ではな」と言って去ろうとしたニルヴァスを、「訊きたい事があるから残れ」と引き留めた。



 部屋にクリームシチューの匂いが充満していた。

 俺はその匂いに鼻をピスピス言わせながら、イリスの「早く早く!」という急かしを流す。

 早く食べたいのは俺も同じだ。しかし心置きなく味わうためには、準備は完璧でなければならない。


 テーブルには大き目の浅いカゴに各種のパンと平皿に盛られた米、スプーンがセットされていた。

 水の入ったグラスは3つ。他のもそれぞれ3つずつ。

 もちろん俺が用意をしたのだ。


 ニルヴァスがソワソワと落ち着かなげに座っている。

 グラスはともかく、米の皿とスプーンを目の前に置いた時には驚愕の顔で見られた。おいおい。

 そりゃまあ驚かれるだけの事はしてきた覚えはあるが。


 あの陰険と言われて当然の仕打ちは、ニルヴァスに「使徒が欲しい」と言わせるためだったとはいえ俺だって心が痛んだのである。

 使徒を呼ぶ事が決まった後も続けていたのは、「やはり居なくても良いか」などと心変わりをさせないためだった。彼女が来た今、俺たちも心を鬼にする必要が無くなったというわけだ。

 …ああいうのは、やった方にもダメージが来る。彼女が来てくれて、本当に良かった。



 シチューを深皿にたっぷりといでそれぞれの前に置いて、準備は終わりだ。俺も自分の席につく。

 イリスがシチューに顔を突っ込まんばかりにして匂いを嗅いでいる。ニルヴァスは俺の顔と自分の前に用意された皿たちを、俺が間違って用意してしまったのではないかと言いたそうにオドオドと見ていた。


「食っていいぞ」


 声をかけてやると、イリスは「いっただっきま~す!」と即行でスプーンを掴み、シチューに沈めた。

 それを見てからニルヴァスを見ると、困った顔で食べ始めたイリスと、俺と、自分の前の皿に、順繰りに視線を移動させていた。


「ニルヴァス、それはお前の分で間違ってない。食っていい」


 ニルヴァスが聞き洩らさないように、ゆっくりはっきりと言った。ニルヴァスがやっと食べ始める。それでもまだ恐る恐るではあったが。

 これで良し。「俺のために作られたシチュー」に正面から向き合う。

 皿から立ち昇る湯気と匂いを鼻から胸いっぱいに吸い込み、口からゆっくりと吐き出す。


 なんていい匂いだ…。何度も嗅いで、彼女がまな板で材料を切っている様子を想像する。…決してやましい事は考えていないから「想像」で間違いない。

 彼女が「俺のためだけ」に、野菜を切って、煮込んで、作ってくれた料理だ。

 夢にまで見た彼女の、彼女による、「俺のためだけ」の料理だ!! この時をどれほど待ったことか…!

 苦節1100年を想い、胸のあたりが熱くなる。


 そんな大切な記念すべき一品を、独り占めしないのかと思われるかもしれない。

 小鍋ならそうしたかもしれんが、来たのは寸胴いっぱいだ。これで「誰にもやらん」と俺が言い出したとしよう。想像してみてくれよ?


「誰にもやらん」と寸胴鍋を抱え込む俺。イリスが見ている中、1人だけ食べる俺。そして「うまい!」「最高だ!」と悦に入る俺。……痛い痛い痛い痛い!! 絶対無理だ!!

 想像が早々と限界を迎えてしまった。



 俺はそんな事ができたとしても、やりたくない。

 もし小鍋だったら…まあ抱え込んだだろう、確実に。だがそれはバレンタインにチョコをもらって、「自分だけで食べる」と言い張るのと同じだ。許されるだろう?

 今回は大鍋でもなく、その上をいく寸胴鍋だからな。分け合って皆で「美味しいね」と楽しむべきだと判断したわけだ。

 俺は大人なので、大人な対応をするのである。



 気が済むまで匂いを楽しんだ後は、まずは具無しでこのとろみを楽しみたい。俺は具が無さそうなところをすくう。

 そっと舌の上に載せると、トロリと滑って口の中に広がっていった。

 何が混ざっているのかは詳しくは知らないが、匂いと見た目からすると多分バターと牛乳とコンソメは入っているだろう。後は塩コショウだろうか。

 このとろみがどうやって出来るのかは、カレールーと同じように市販のをポイポイと入れて混ぜるだけの俺には分からない。


 が、分からなくても美味いモノは美味い。ずっと焦がれていた女が「俺のために」作ってくれたのだと思うと余計に美味い。そしてみる。身体に滲みる!


「ちょっとカズユキ、スプーン、スプーン!」


 イリスの慌てた声に、何事かと目を開けてイリスを見る。

 自分の世界に入り込んでいた俺は、イリスが何を言っていたのかまでは分らなかった。

 目だけで問うと、さすがに付き合いが長いだけはあって察してくれたようだ。


「カズユキ、あなたのスプーン、使えないと思うわ」


 そう言われて手元に目線を移すと、スプーンが手の中でぐにゃぐにゃに曲がりくねっていた。

 どうやら力を入れて握り込みすぎたらしい。確かにこれでは使えない。


「復元」


 付与をかけて直した。付与はこういう時に大活躍だ。

 この身体は力が強すぎて、慣れるまではよく色々な物を感情のままに壊してしまっていた。

 久しぶりにやってしまったなと反省しつつ、またひとすくい。今度は具もすくう。

 啜り込んで、舌の上に載せた。

 先ほどと同じように、ルーが舌を滑り落ちて行く。


 残ったのは…玉ねぎだな。

 トゥルッとしているソレを、そのまま上あごに押し付ける。…シチューの味が滲みてしょっぱいはずの玉ねぎが、なぜこんなにも甘く感じるのか……玉ねぎバンザイ!

 滑っていった他の具たちは、両脇に逃げてちょうど歯のあたりにいる。


 これは人参だな。…うん、美味い。

 子供の時は人参がこんなにも美味いモノだとは思っていなかった。そういう食材は結構多い気もするが、人参はその中でもダントツだと思う。

 小さめのイチョウ切りになっているから、他の具と一緒にすくえるのもいい。


 そして3回目。キノコ類をすくってみる。さっきは玉ねぎと人参しか入っていなかったからだ。

 クリームソースにキノコ類は欠かせない。俺は店でパスタを頼む時も、キノコ類が入ったのを選ぶ。

 トロリと流し入れて、キノコたちを噛む。

 シメジとエリンギのそれぞれの歯ごたえが「あたしだよ!」と自己主張してきた。そこにもじもじと隠れた椎茸が、「私もいますから…」とこっそり顔を覗かせる。


 コリコリもぷりぷりもトゥルトゥルも好きだ。ちゃんと椎茸おまえも大好きだからな!


 クリームソースの時だけ引っ込み思案な椎茸に、俺はちゃんと伝えてやりたい。

 のど越しも最高だ。キノコ類、エクセレント!


 最後に豚肉だ。俺はシチューとカレーを作る時は、角切りにした肉を入れる。だがこのシチューには角切りは入っていなかった。どうやら彼女は薄切りの肉を入れる方が好きなようだ。新情報ゲットだな。


 俺はそれに喜びながら、肉とシチューを一気に口に流し入れる。

 肉は舌の上に留まり、シチューは流れていってしまったかのように思えた。

 しかし、噛むと肉からシチューがじゅわっとあふれ出して来るように感じた。…何故なぜだ?

 もう一度肉をすくって口に運ぶ。前にその肉をよく見た。


 どうやら肉のウェーブが小さなシチューの水溜まりを作っているようだ。

 肉のシチュー溜まりをこぼさないように慎重に舌の上に載せると、舌にシチューの重みを感じた。舌を軽く上下に動かすと、かすかにシチューが揺れるのが判る。…面白い!


 それを噛むと、さっきより多めに肉からシチューがあふれ出してくるように感じた。

 美味いし面白いし、楽しい。すごいなこのクリームシチュー!


 その後は具の組み合わせを変えたり、頑張って一種類ずつ集めたり、野菜を一種ずつ集めたりと色々試してみた。

 モグモグ。ああああああ~~~~、美味い、美味すぎる~~~~。




「美味かった…」


 気が付けば一杯目を、シチューだけで食べてしまっていた。かなりの大皿に注いだつもりだったのだが。

 嘆息をして顔を上げれば、ニルヴァスとイリスの皿も空になっていた。

 2人の事を完全に忘れてしまっていたようだ。皿は少し乾いていて、空になってから時間が経っている事を俺に教えてくれた。


 何も言わずに大人しく待っているのは珍しいな。

 俺がそう思ったところで、イリスが肩を竦めて言った。


「カズユキったら、声をかけてもまったく反応が無いんですもの」


 そうか。声をかけられていたのか。「聞こえんかった」とこぼしたら、イリスに責められた。


「もう! もしニルヴァスが居なかったら、『おいし~』とか『んん~~』とか1人で言ってて、バカっぽくなる所だったじゃない!」


 いつものようにイリスが食べながら叫んでいたのにも気付かず、俺は自分の世界に入り込んでいたらしい。

 あんな騒がしいのが聞こえないとは、自分でも驚きだ。



「あ~~、お代わりいるか?」


 申し訳なさを声ににじませて俺が訊いたら、2人がコクコクと頷いた。

 まずはニルヴァスのをいでやる。日本人な俺としては、客に先に注ぐのが普通だ。お玉ひとすくいごとに、今まで茶しか出せなかったストレスが流れていくようだ。あ~清々しい。

 イリスにも注いで、ニルヴァスには米のお代わりもやった。すでに米の皿も空だったからだ。

 2人は自分の前に置かれたシチューにさっそくスプーンを入れて食べ始めた。


 どうやら俺が聞いていなかった事を責められるのは終わったようだ。…良かったと心の中で胸を撫で下ろし。

 自分の分のシチューも注いで座り、米の皿を手元に寄せる。スタンバイOK。

 さあ今度は米と食べるのだ!



 俺はチキンソテーもステーキも米で食べたい派だ。もちろんシチューもそうだ。

 今は米とシチューの皿を分けて用意してあるが、カレーのように米にシチューをかけるのも好きだ。

 シチューと米を混ぜて、リゾットみたいにして食べるのも好きなのだ。

 やはり米だな。米、米、米だ。


 米で2杯目のシチューもぺろりと食べてしまった。やはり米とシチューの相性は素晴らしかった。


 もちろん皿にこびりついたシチューは、焼いたパンで拭って食べる。

 米派の俺とは違って、ニルヴァスとイリスはパンを浸けて食べるのも好きなようだ。パンもどんどん減っている。俺は浸けても柔らかくならない、フランスパンみたいなのなら好きだ。3杯目はそうやって食べるつもりでいる。





 2杯目からは、何とか意識を別の世界に飛ばさないように食べる事ができた。

 おかげでイリスの「ん~~~!」とか「やっぱり美味しいわ!」とかがちゃんと聞こえたので、その都度相槌を打つ。

 俺とニルヴァスから返事をもらったイリスは、ご機嫌で4杯目のお代わりをした。

 結局全員が5杯ずつ食べたが、まだ鍋には4分の3も残っている。次に食べるのが楽しみだ。また米を炊いておかないとな。



 あ? イリスのあの小柄な身体に、どうやってあれだけの量が入って行くのかって?


「神だから」


 それだけだ。

 俺は1100年前にこっちに来てすぐその結論に辿り着いたのだ。

 まあ使徒である俺がいくら食べてもどうもならないのだ。その主であるイリスが、俺以上に食べたところで不思議はない。

 神だから病気とも無縁だろうしな。







 3人が充分に堪能したところで、テーブルの上を片付けてお茶を入れた。

 今日はアールグレイのホットだ。アイスティーにしても美味いが、やはり食後は熱い飲み物が飲みたいのである。


「さてと、今朝はゆっくり話せなかったからな。ヒナガタ ヨリの事を聞かせてくれ」


 そう、ニルヴァスを引き留めた理由がこれだ。

 彼女が来てから25日。本当はもっと早くに訊きたかったが、これも客観的に見てどうだろう。

 俺が訊きにニルヴァスの異空間部屋へ行けば彼女に遭遇してしまってアウトだし、イリスに訊きに行ってもらうなんて女々し過ぎる。ニルヴァスに「毎日報告しろ」とか言ってみろ…そんな男、俺が女だったら絶対に願い下げだ。うおおおお! 鳥肌が!!


 そういうわけで若干無理をして耐え切ったというわけだ。

 さあ彼女の事を教えてくれニルヴァスよ。




「俺のために」…大事なので何回も言っているカズユキです。

でも実は「米」もしくは米をくれたイリスの為に、ヨリは作りました。

まだカズユキの存在、まったく知りませんからね。


本当は1話に全部入れたかったんですが、長くなったので2つに分けました。

すみません、次話も彼です!

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