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さあ美味しいモノを食べようか  作者: 青ぶどう
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39.その日の昼食風景

新たな登場人物です。



 1人の男がポルカの村に向かっていた。


「はあ…」


 腹が減った。男はそう思ってため息を一つ。

 今日に限っての事ではないが、やはり腹が減るのは辛い。

 朝食はいつも食べる。パンか、ゆでたジャガイモを少しだけだ。

 妻と息子2人と食べる。そして領主館に出勤する。


 昼食は、無い。

 妻たちには、領主館で昼食が出ると嘘を言っている。

 そうしなければ、妻たちの昼食が無くなってしまうからだ。

 育ちざかりの子供たちには食べさせたい。

 3人目を身ごもっている妻にも食べさせたい。

 男はそう考えて嘘をついているのである。


 それにしても腹が空き出す時が一番辛い。

 この辛い時を乗り切れば、腹が諦めてくれるのか少しはマシになるのだが。

 男が昼時に考える事は、いつもそれだ。


 そして空きっ腹に響く、この仕事。

 この仕事は、肉ダンジョンの向こうの村まで行って、ダンジョンで集められた物を確認して受け取ってくるという簡単な仕事だ。

 だがそこまで歩くと余計に腹が空く。

 男の部署が2日に1度のその仕事を、任され…いや押し付けられているのであった。


 この部署には貴族でも一番低い身分の、三男以下が集められている。

 それは兵士の下っ端も同じなのであるが、この部署は兵士になれなかった落ちこぼれが集められた部署だ。

 当然、他部署からは馬鹿にされている。しかし貴族として生まれたからには、領主館の仕事に就くしか生きる術は無い。そう言う親に従って、男は少ない俸禄で毎日を過ごしている。


 その部署の仕事と言えば、他部署からは「雑用」の一言で片付けてしまわれるものばかりだ。

 基本、運んだり、掃除したり、料理したりである。

 もちろんその中でも下っ端の下っ端である男は、距離を歩く仕事を割り振られる事が多い。


「はあ…」


 また、ため息が出る。

 10日の間に5回ある受け取り日のうち、男は3回を割り当てられていた。

 同じ下っ端の男が昨年、上官の娘と結婚したためである。

 5回を3人で回していたのが、2人になってしまったのだ。

 なので2人のうち歳下の男が3回になった。



 肩には受け取り用の袋を掛け、のろのろと歩く。

 腹が減っているのだ。速く歩けるものかと半ば不貞腐れ気味に歩く。


 風向きが変わった。

 男の後ろから吹いてきていた風が、向かいから吹き付けてくるようになった。

 顔にかかった前髪を、手で顔の横に流す。


「ん? なんだこの匂い…」


 何かの匂いがかすかにだがしてきた。

 男が今までに嗅いだことの無い匂いだ。

 クンクン。クンクン。嗅ぎながら足を速める。

 前に進むと匂いが濃くなる。


 進んで行くうちに、男は気が付いた。

 この匂いは、ポルカの村の方から来ているのだと。

 小走りになった。

 行ったところでどうするかなど考えてはいない。ただ何の匂いなのかを確かめたいだけだった。

 村に着いた男は、人気ひとけのないポルカの村の道を、匂いが強くなる方へ歩いて行った。


 人気が無いのは、男がいつもより早く着いてしまったからだった。

 いつもであれば、のろのろ歩いて昼食後に引き渡しをしていたのである。

 だが今日は匂いに引き寄せられて、速歩きの上に小走りまでして来てしまった。


 そして男は見たのだ。

 村人が深い器に盛りつけられた何かを食べている所を。

 そして丸く平たい何かにかじりついているのを。


「な…にを食べてるんだ?」


 見た事も、食べた事も無いそれらに、男は自然と言葉がこぼれたのであった。


 突然の男の乱入に唖然として固まっている住人たちと、言い終わった後の男の間に。


「グ、グググゥゥウウウ~~~」


 男の腹の音が響き渡ったのであった。





 +    +    +





 響き渡る腹の音は、今まで聞いた中で一番の大きさだった。

 いつも受け渡しに来る2人のうちの1人だなとすぐに判ったが、俺は首を捻った。…いつもより来るのが早い。


「おいホス、ありゃ役人だろう。どうすんだ?」


 料理番の仲間の1人が訊いてきたが、「どうもしない」と返事をしておく。

 そして役人の傍に行って訊いた。


「あんた、飯食ってねえのか」


 訊かなくても腹の音で判っちゃいるが、だからと言っていつもは受け渡しだけで、話なんかしやしねえ。

 話しかけるのに、それしか思いつかなかったってだけだ。

 固まっていた役人が、顔を真っ赤にして慌てだす。


「い、いやこれはだなっ!」


 何だと言うのだ。まさか屁でもあるまいし。

 俺は下手なごまかしを訊くつもりで話しかけたわけじゃねえ。


「おい、食うのか食わねえのか」


 器に入ったスープにスプーンを突っ込んで、役人の前に差し出す。

 驚いた顔をしてその器を恐る恐る受け取った役人に、チーズ焼きパンも1枚差し出す。役人がそれも受け取った。


 気が済んだ俺は、自分のチーズ焼きパンを持って、そのへんに座った。もちろん地べただ。


「あんたも好きなとこに座んな」


 突っ立ったまんまで動かねえ役人に、教えてやる。


「あ、ああ」


 役人は返事をしてキョロキョロと周りを見て、結局俺の横に座る。


「あ、あの。いただきます」


 俺に向かって言ってきた。

 うん、まあこいつは嫌いじゃなかったからな。だが「いただきます」ってどういう意味なんだ?

 俺が頷いてパンにかぶりつくと、役人もパンに小さくかぶりついた。


「うめえな」


 思わず声が出ちまった。あの女の作るモノは、本当にうめえ。

 ああ、本当にうめえな。

 俺が美味さに浸っていると、横から嗚咽が聞こえ出した。

 見ると役人が泣きながら食っていた。


「なんで泣いてんだよ」


 俺はびっくりして訊いちまう。

 役人はボロボロと涙をこぼしながら俺に言った。


「こんな美味しいもの…うっ、ぐすっ…食べたことないですっ」


 役人が食べた事が無いくらいうめえものを俺たちは食ってんのか。

 俺はヨリの顔を思い浮かべる。


 俺が生きてるうちにヨリに会えて、本当に運が良かったんだな。

 まだ泣いている役人に訊く。


「あんた、1日何回飯を食うんだ?」


 役人は少し黙ってうつむいた。そんで「1回です」と聞き逃すほど小さい声でボソっと言った。

 俺は「そうか」と答えた。

 そうじゃないかとはずっと思っていた。

 受け取りに来る役人どもは、3人とも俺たちより貧弱に見えていたのだ。



 今までは俺たちも1回しか食べてなかったが、今日なんか3回も食えるって分かってる。

 それがずっと続くわけじゃないかもしれないが、俺より腹を空かしてる奴が目の前にいりゃあ、何かやりたくもなるってもんだ。


 俺はスープを大事に啜っている役人に「今回は運が良かったな」と言ってやる。

 次はまた1食になってるかもしれねえ。そしたら分けてやる余裕など無い。


 役人は「本当にありがとうございました」としっかり頭を下げて帰って行った。


「おい! 受け取り忘れてんぞ?!」


 俺が大声で教えてやると、役人は顔を赤くして頭を掻きながら戻ってきたがな。





 +    +    +





「は~~、美味しかった……」


 あんな美味しいモノ、今まで食べたことが無かったな。

 さっき食べたモノを、繰り返し反芻する。

 あの味の付いた薄いパン。

 あの茶色っぽい色の着いた、何かが入ったスープ。

 あ~、美味しかった……。



 久しぶりの昼食に、久しぶりの満腹感。

 幸せだ。


 そうだ、ポルカの村であんな美味しいモノを食べたって、上官に報告しないと! いや待て、報告するとどうなるだろうか。

 考える。うむむ。


 私が「ポルカで美味しいご飯を食べました」と言う。

「じゃあ確かめに行こう」ってなる、だろうか。それよりも、「そんな美味いモノをポルカの奴らが食べるなど、けしからん!」となるだろうか。


 どう考えても「良かったね」で終わりそうにないな。

 ……うん、何も言わないことにしよう。そして運が良ければまた…あっ涎が…。


 はっ! 私だけ食べては妻と子供たちに申し訳ないじゃないか!

 うぬ、どうすれば食べさせてやれるのか……。


 私は悶々と考えて、考えて考えて考えて、領主館まで考え続けたのだった。

 いや、妻たちも連れてくとか絶対駄目だろう私! 恥を知れ!





 +    +    +




 この日、役人が村でご飯を食べて行ったことは、ホスの願いで言わない事になった。

「まあこの1回で終わりだろう」と全員が思ったからでもあった。


 だがまあそんな事は無く。

 この日以降、安定して食材が入るようになるのである。



「餌をあげて懐かせる事を、餌付けって言うんだよ」


 役人がホスに懐く様子を見たヨリがそう言い出した事により、ホス以外の全員もこう言うようになるのであった。


「ありゃあ、餌付けだったよな」


 と。





ホスさんは餌付けに成功したもようです。

役人さんは、そのうちヨリに会います。




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