3.実食!
住民との初遭遇です。
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3.実食!
3時間くらい歩いた。
びっくりすることに疲れていない。
35歳ともなれば、少しダッシュしただけでゼエハアである。一番体力があったと思われる中・高生の時ですら3時間歩けばゼエハアしてたような気がする。いや2時間…1時間でもゼエハアしてたな。
神様はこんなところにも気を遣ってくれたようである。
おかげで目標としていた村に無事ついた。
見た感じ、ファンタジーな漫画や小説に出てきそうな、のどかな村。畑があり、一階建ての家がちらほらあり。ゆっくりと歩きながら進むと、右側にある家のかげにモサっとした茂みを見つける。
ん? あれはもしや……。
鑑定してみると、思った通り、「パセリ」と表記された。
いいな~パセリ。買うと量がありすぎて、いつも刻んでジープロックして冷凍して、使う量だけパキッと折って使っていた。家に生えてれば、その時に使う分だけちぎればいいので、うらやましいのだ。
ちょっと欲しいな~と思ってパセリをずっと見つめていたら、
「おばちゃん、その草欲しいの?」
と声をかけられた。
私は35歳だったので、おばちゃんと呼ばれるのには慣れていた。
皆さまの想像を裏切って悪いが、まったく気になりはしないので、声がしたほうを見て即座に返事をする。
家の窓から子供が顔を出していて、私をじっと見ていた。
「うん、欲しいです」
声は若干大きめで。
解ってもらえるだろうか。そう、家の中にいるかもしれない大人へのアピールである。子供がOKだと言ってくれたとしても、その子の家族が駄目だと言えばもらえない。大人の承諾が欲しいのだ。
子供は頭をひっこめると「おかあさ~ん」と叫びながら家の奥に向かっていく、気配がした。
ないす子供! お母さんパセリちょーだい! あ、もちろんお金払いますから。
しかし、言葉が普通に通じていて良かった。そこから始めないといかんとか、海外にも不安で行けない私には無理なのだ。あー良かった。
いくらで売ってもらおうかと考えて待っていたら、お母さんと子供が家から出てきて、そのままの勢いでパセリを根っこから引き抜いた。
え…えええええええええええええええっ?!
「ちょっ、お母さん、そんなたくさんいいんですか?!」
たくさんて言うか、根こそぎである。お母さんは(あ、私より若い。そりゃ私は「おばちゃん」だね)パセリを持った手と眉毛を持ち上げておっしゃった。
「はあ? こんな雑草いらないからねえ。こんなもんが欲しいなんて、あんた変わってるわ」
雑草なのかパセリ…可哀想にな。
しかし雑草ならタダでもらえそうだ。そこは喜んでおこう。
「枕に詰めるんですよ」
思い切り口から出まかせではあるが、香草なのだからいいかもしれない。使いきれないくらい溜まったら試してみたいな。
笑顔でありがたく頂戴した。
食事ができる場所を親子に聞いて礼を言って別れを告げた。子供には手を振る。
彼女のおかげでパセリを得たのだ。笑顔で手を振ったとも!
ここから見える赤い屋根の2階立ての建物がそうだと言うので向かう。
パセリは土を払って斜め掛けの鞄に突っ込んだ。
袋が欲しい、布のやつでいいから。だって、人目もあるのに「異空間収納」にポイって、動作的に不審者っぽいじゃん。そういうことは、個室に入ってからやるのだよ。
赤い屋根の建物は、どうも宿屋も兼ねているっぽかった。
看板には「ギャリコ亭」と書いてあって、ドアを入ると丸テーブルが6つある食堂だった。椅子は丸椅子で、部屋の隅にいくつかの山に分けて積んであるところを見ると、混雑時にはそれだけ人が集まるのだろう。
今は2つのテーブルに2人と3人のお客がいるだけだ。
入って行ってカウンターでも調理場が見える席に着く。
「何か食べさせてもらえますか」
人間関係を円滑に進めるべく、私は笑顔でカウンターに立つ私のお父さんくらいの歳のおじさんに声をかける。
おじさんはメニューを渡しながらにっこり笑うと、
「おう、ねえちゃん、見ない顔だな。街行くんか?」
と聞いてきた。当たり障りの無い会話の始まりである。私は上っ面スキルを発動する。
「はい、親に頼まれたものを買いに行くんです」
「はい、神様に頼まれて料理作らなきゃいけないんです」なんて言ったら、即変人認定される。ニルヴァス様自身がそう言うからには、危険は冒さない。
家を出てきた云々は、わざわざ言わなくても皆勘付いているので、身の上話でもしなきゃならない時以外は、こう言うのが常套句なんだそうだ。
「そうかい、大変だな」
おじさんは憐れみを宿した目で、当たり障りなく返してくれた。
うん、日本を思い出す。こういうのはどこも変わらないのかもしれない。
小腹から空きっ腹になった腹を満たすべく、私はメニューを見る。
食べ物は銅貨2枚のギャリコ定食と、銅貨4枚のジャガイモの塩ゆでと、銅貨6枚の塩漬け肉のステーキの3つで、あとは銅貨3枚のお酒だけのメニューだ。
こういうのは一番安いのと高いのを食べて水準を図りたいところだが、嫁き遅れ勘当娘の設定なので、高いものを頼むと怪しまれるだろう。ということで、一番安いギャリコ定食を頼んだ。
待つこと5分。おじさんがカウンターの向こうから木製のトレイを置いてくれた。
「ほいよ。ギャリコ定食お待ち。銅貨2枚だぜ」
私の前にそのトレイを置きながらおじさんが言ったので、私は小袋から銅色の丸いお金を2枚渡す。銅貨というからには銅色なのだろうと予想して。
「ごゆっくり」
合っていたらしい。良かった。
そして私はお皿を覗き込んでいた。
パンはわかる。多分小麦粉で作られているだろうっぽい匂いがするから。
でも、でもである。
このお皿の中の白いドロドロは何なんだろうか。匂いもなんか土臭い。
先ほどのテーブルのお客は皆、飲み物と肉しか食べていない。厚切りベーコンらしきものはちゃんと美味しそうだ。
私は確実に選択を間違えたのだろう。
私は恐る恐る木のスプーンでドロドロとしたモノをすくい、ゆっくりと口に流し込んだ。
「……」
土臭さ混じる水っぽいザラザラしたもの。
うん、これジャガイモっぽい。しかも水で煮て、塩ちょびっと入れただけな感じ。
素材の味なんだろうけど、飽食の時代を生きていた私には、お世辞にも美味しいとは言えない。
パンの味も見る。こっちは発酵させずに小麦粉と塩を水でこねて平たくして焼いたっぽい。
期待をこめてパンをスープにつけて食べて、再びがっくり。うん、美味しくないね。
私は頑張った。舌に当たらないようにスプーンをなるべく喉の奥まで入れて飲んだ。
そうしながら、厨房を見る。
カウンターの向こうは少し下がっていて、鉄板が置いてある。かなり横に長くて大きい鉄板だ。ベーコンらしきものはそこで焼くのだろう。
そこに立つおじさんの後ろには、大きい給食用くらいの寸胴鍋があって、時折かき混ぜながらおたまですくい上げられているものを見ると、間違いなく私が食べているスープである。
まだあんなにあるよ…てかここの人は、これが美味しいのかな。
ん? な、んだろうアレは…え…と。厨房の隅の植物で編んだカゴの中だ。黄土色の凸凹した丸っとしたものがある。
ジャ、ジャガイモ?! で、でもアレ大きくない? 鑑定、「ジャガイモ」。やっぱりジャガイモだった。
なんといってもカゴがまずデカい。おじさんの腰あたりまで高さがあって、背負い紐が付いていて、よくテレビで見た栗拾いのカゴくらいの大きさがある。そこからジャガイモが顔をのぞかせているのだが、多分サイズがちょっと小ぶりな冬瓜くらいある。
しかし私もいい大人である。いちいちこんなことでは騒がない。動揺はしても表には出さない。てかここで騒いで、このサイズが普通だったら、私変な目で見られるじゃん? めんどいじゃん。
そんなことより、私は食材入手の交渉をしたいのだ。
パセリ、ジャガイモとくれば、後は塩さえあればアレが作れる。まあコショウがあれば、なおいいのだが。
「ねえおじさん、ここでジャガイモって買えるんですか?」
メニューにジャガイモが載っていたので、当然育てているだろう。是非ともゲットしたい。
そしたらおじさんが、眉間に皺をこさえて訊いてきた。
「ねえちゃん、まさかソレ飲んで美味しかったのか?」
え?! 不味いって解ってて店に出して金取るんだ?!
まさかこの世界では普通だったりするんだろうか。そしたら嫌だな~と、一時中断した商談を成立させるべく、私は驚愕に開いた口───と言っても薄くしか開いていない能面顔だから、全然驚愕の表情になっていない───を一度閉じてから、とっさに返事を捻り出すのだった。
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食べました。不味かったです。作ってるおじさんも認める不味さでした。
そういえば主人公の名前がまだ出てきません。次あたりで名乗れるんじゃないかなと思っています。
年末年始はお休みします。
皆さま、良いお年を。そして、来年もよろしくお願いします!
2016年11月5日、ラストを少し修正しました。