27.新しい友情の予感 そして1号くん
訊くぞ訊くぞと思いながら、そのたびに野菜を抜くのに気を取られた俺は、結局全部の野菜を間違えずに抜けるようになっていた。
女の指示が飛ばなくなった。黙々と作業する。
俺は気持ちを立て直して質問した。
「なあ、何が目的で俺たちにかまう?」
とうとう訊けた。なんだかんだと長かったが。
女は長芋を掘りながら答えた。
「あなたたちってより、ポルカの子供たちなんだよね」
「どういうことだ」
「ポルカの子供たちを見た時にね。放っておけないと思ったんだ」
放っておけないって気持ちは解る。俺も彼らが気になって、出て行けないのだ。
あの長芋、長いな。手伝うか。
寄って行って一緒に掘る。
「で、まあいろいろしたんだけど、じゃあずっとやってけるかって話になるよね」
そらそうだな。
「やってくのは多分できるんだけど。今度はじゃあ私が死んだらどうなるのって話になる」
やってくのはできるって、どんだけ金持ちなんだ。
だがまあ、死んだらどうなるってのは同じ気持ちだ。
「そうだな」
「私が居ない間、いつ帰ってくるのかってビクビク待たれるのも嫌なんだよね」
まあ、そうだろうな。
この長芋、二股に分かれてやがる。
それぞれを掘り始める。
「だから、まずはあなたたちが、私が心配しないでも暮らしていけるようになればいいって考えた」
つまり、この女が心配にならないくらいの暮らしぶりを、俺たちができるようになればいいと。
「あんたが心配しないでいい暮らしってどんなだ」
食べられる葉っぱ、野菜と言っていたが、それを教えてくれているということは、食べる物を増やしてくれるつもりだとは思うが訊く。
「まずは1日2食を目指そうと思って」
「そんなこと、街の奴らしかやってないぞ?」
「街の人がやってて、なんであなたたちができないのかが解らないんだよね」
「あん? そりゃ食べる物も金も無いんだから当然だろう」
俺の言ったことに、女が顔を上げた。
じっと見られる。
「ダンジョンに潜ってれば食べることには困らないはずなんだけど、なんであなたたちは、こんなにご飯が食べれていないの?」
……そりゃあ……。
「ダンジョンで獲れた物は、ほとんど領主の役人が持って行くし、後はダンジョンに潜るための武器だとか生活に必要な物を買うために街に売りに行くから、食べる分なんて無いぞ」
「は?」
女が唖然とした。
驚くようなことなのか。
俺が行ったことのある街では、ポルカはそういう役割だった。
役割を果たすことで、街に住むことを許されていた。
「知らないのか。ポルカの奴らはダンジョンで獲れた物を、領主に差し出すことで村を作るのを許されてる」
「え、じゃあ何を食べて?」
「村に畑があるからな。そこでジャガイモ作ってんだよ」
「ジャガイモだけ?」
「一番腹がいっぱいになるからな。あとは粉とパンを交換して食ってる」
人参とキャベツと白菜は、腹に堪らない。ジャガイモが一番いい。だから村ではジャガイモだけを育てている。
女はそこで考え込んだ。そしてまた長芋を掘り始める。
俺の方はもうすぐ根っこが見えそうだ。
「村があるなら、なんで子供たちは街にいるの」
「ポルカの人間が居なくなりゃ、ダンジョンに潜る奴がいなくなるだろう? 捨て子が減ったらそうなっちまう。じゃあ、捨て子を減らさないためにはどうすりゃいい? いつでも捨てれるように、近くに作るんだよ。捨て場をな」
俺が言ったら女の眉間にシワが寄った。
気に食わないよな。初めて知った時、俺だってそう思った。
「歩けるようになるまでは捨てるなってのも、そういうことだ。赤子で捨てれば死にやすい。乳離れしてりゃ大人と同じ物が食える。歩けりゃ自分で便所に行ける。実際助かってるぜ。赤子の面倒見るなんて、子供らにはキツイだろうしな」
俺が吐き捨てるように言っている間、女は黙々と掘っていた。
言った後、苦いものを飲み下して息をついた。
ポルカの現状はキツイ。
俺は15歳までは貴族の使用人部屋で母親に育てられていた。だから余計にキツく感じるのかもしれない。
ソルたちは「腹が減った」とは言うが「やってられねえ」などの恨み言は言わない。暗くなって当然の境遇なのに、誰一人として現状を嘆く奴が居ないのだ。
王都から西のポルカでは、日雇いなどの仕事で金をもらって生活をしているから、危険を冒してダンジョンに潜る奴は少なかった。だからダンジョン周辺に住もうが、王都に住もうが自由だったし、その金で酒を飲んだりしている奴も居た。
ここのポルカはその自由さえない。
俺はその自由すら無いここの現状に歯痒さを感じている。
だが俺がソル達にそれを教えたところでどうなる?
隣の領地まで行くのに何日もかかるのだ。王都、ましてや西の領地まで、全員で歩いて行くなんて無理な話だ。
役人が来てからすぐに出発しても、貴族が所有するバーナルならばすぐ追いつかれてしまうし、食料はこの人数であればすぐに無くなってしまうだろう。
どうにかならないか何度も考えた事を思い出す。
物思いに沈みながらしばらく黙って掘っていて、長芋を掘り終わった。
それを「でかいな」と眺めていると。
「あ、白ネギ発見! あそこ、いっぱい生えてるよ」
女がさっさと次の目標に向かって行った。
+ + +
さて、新たな情報を入手した。
ポルカの人間がダンジョンから獲ってきたものは、ほとんど領主の役人とやらが持って行く事になっていると。
ロジ少年が言っていた肉が食べれる時の話と合わせると、そのノルマは厳しいのだろう。
村ではジャガイモだけが栽培されていて、ポルカではそれがご飯。
後はパン屋で粉とパンを物々交換。
じゃあノルマ以上に物が獲れれば、自分たちで使ってもいいということかな。
領主の出方はともかく、まずはノルマ以上に獲れるようになることを目標にしよう。
「そういえば、何を考えてるのかって訊かれたね」
男に話しかける。男が顔を上げた。
「付与とか治癒とか身体強化とかを覚えたらさ、ダンジョンでの狩りが楽になると思うんだよね」
じっと見られる。
「そしたら食べる量が増えるし、怪我する人も減る」
じじっと見られる。
「魔法とか身体強化とか、使ってると結局魔力の多さが必要だって判ったから」
ここはニルヴァス様に教えてもらったことだけど。
「だから魔力増幅と魔力感知を付けて、やりたいことを強く思ってねってまあコツにならないかもしれないことを言ったってわけ」
じじじっと見られて。男が立ち上がった。
「俺の母親も付与術師でな。俺も同じように付与されて身体強化と付与が使えるようになったんだ」
え?! もっと詳しく教えて欲しい!
私が目を見開いて男を見ていると。
「だがコツが足りてないな。あんた自分の時はどうだったんだ」
考えるまでも、思い出すまでも無かった。
「いつの間にか使えたから、覚えてない」
胸を張って言った。ウソでは無い。自分で覚えたワケじゃないから。
男は肩をすくめて苦笑した。
「強く思うだけじゃダメなのさ。やりたいことをするために、どうなりたいか。それを深く考える。そうすりゃ身体のどっかが熱くなる。まあ適性がなきゃ熱くはならんがな」
なんだそれは。なってみたいぞ私も。
「熱くなったら、もう使える?」
「いや、そこからまだある。熱くなってもそのまま考える。そうするとその熱が身体の中で膨らんだ感じになって、こう、わーーーっ! と叫びたくなる」
「ほうほう」
私、夢中である。なんだか頭が金色になる戦闘民族みたいだな。ワクワク。
「そこで叫ぶと、まあ俺は付与が使えるようになってたってワケだ」
「身体強化も一緒?」
「いや、身体強化は……確か競争したような。子供同士で競争させられてな。まあ勝ちたいもんだから、わりとすぐ覚えた」
「そっちも叫んだ?」
「走りながら何か叫んだ気もするな。身体強化は考えるよりそっちのがいいかもしれん」
男は顎を指でこすり、思い出しながら言った。
「じゃあ後で帰りに競争させようか」
私が言うと、男が「ははっ!」と笑った。笑い皺ができて、とても魅力的になった。
そして表情がさっきまでより心なしか明るいような。
まあ人の顔を覚えられない私なので、気のせいかもしれないがね。
「あんたのおかげで俺も何か覚えれるかもしれん。試してみるよ」
「うん。あ、あなたの名前を聞いてない」
そういえばずっと「男」って認識してるし。彼の今の話を聞いて、ポルカの能力開発の先生にいいなと思い始めていた私は、是非とも彼の名前を訊いておきたかった。
「ロンと言う。あんたはヨリだろ。これからはヨリって呼ぶぜ」
ロジ少年と一字違いか。覚えやすいと考えるべきか、間違えやすいと考えるべきか微妙である。
「うん、ロンさんだね。いろいろ教えてもらうと思うから、よろしく」
土まみれの手で握手をする。2人ともそうだから、気にしない。
新たな友情が芽生えた。こっちではぼっちを抜け出せるか私!?
そんな淡い期待を胸に抱いたその時。
「ん? 誰かの魔力が大きくなった」
私の探索と魔力感知が。
揺らぎを捉えた。
+ + +
「おうユジどうした?」
「ん? いや、今なんか腹が熱くなってな」
俺が自分の腹を見おろして撫でていたら、少し離れたところにいたジルが訊いてきた。
うん、いや何つーかこう、じわっと熱くなった気がしたんだ。
熱くなった時に俺が何を思っていたか。それは、もう何度も何度も思ってきたことだった。
あの時、俺がもし付与魔術を使えていたら、ソルの剣は折れなかったんじゃないか。
そうすればソルが怪我をすることは無かった。
ロンさんは一緒に潜れない。俺が付与術師になれれば、皆もずっと楽になる。
ヨリという女が「魔法とか使いたくないか」と言ってきた時から、俺はずっと同じことを考えていた。
ソルが死にそうになっていた時、俺は死に者狂いで助けを呼びに行こうとダンジョンを抜けようとしていた。
それを思い出すと、もちろん身体強化も覚えたい。できれば治癒だって使えるようになりたい。でも、だ。
それよりもヨリという女の付与魔術の効果を知ってからは、ずっと付与魔術のことが頭から離れないでいた。
そう、折れた剣が直ってしまったのは本当にびっくりした。あれができるなら、俺たちは剣をすぐに買わなくてよくなる。
金が浮いて、もっと食えるようになるし、怪我も少なくなるだろう。
あれを覚えたい。
考えに没頭していたら、また腹の中からじわっと熱くなった。
さっきより熱い。そしてその熱さが段々と身体中に広がっていってる感じだ。
なんだろうこれは。
「うあーーー!」と叫びたくなったが、俺はそんな質じゃないからやめておく。
考え事をやめると熱は収まった。
それから何度か無意識に、考えに没頭しては熱くなってを繰り返した。
う~~~~。もしかしてこれ、叫んじまったほうがいいのか?
どうなんだろうか。でもなあ。
おかしくなったと思われそうで、思い切ることができないでいると。
後ろからポンと肩を叩かれた。
「うわあ!」
「びっくりし過ぎ」
ヨリという女が立っていた。その後ろにはロンさんがいる。
「もしかして叫びたくなった?」
ヨリという女が言った。
なんでわかるんだろう。
そう思っていると言われた。
「それスッキリさせちゃったら、何か起きるかもよ」
俺は、「そうしたいけど人目が気になる」と言った。
そしたらヨリという女が。
「盗聴不可かかってる石渡すから、叫びなよ」
と言って小石を渡してきた。
「叫べ叫べ」
ロンさんまで言う。
試しに、少し離れたところに居るジルに大声で呼びかける。
反応が無い。
再度試す。
同じく無反応。
これなら大丈夫そうだ。
俺は思い切り息を吸い込んで、叫んだ。
「うあーーーーーーーーーーーー!!!!」
ぶわーーーっ! と身体から熱があふれ出して、身体の外に飛んで行った。気がした。
叫んだあとは熱が腹の中に残りつつも、わーって感じは無くなった。その代わりに胸の少し前、手を上げれば掴めそうなところに渦を感じる。
自分の腹の中からじわっと出てくる熱が、胸まで上がってきて、そこからその渦に向かって流れている感じだ。
見えないが、そこに在ると確信できた。グルグル。渦が回っているのをすごく感じる。
「どうなった?」
ロンさんが訊いてきた。
「なんか腹が熱くて、それがこの辺まで来てここの辺で渦になってる」
説明した。
それを聞いて、ロンさんとヨリという女がうんうん頷きあっている。
「何を考えて熱くなった?」
ロンさんが訊いてくる。
「俺も付与術師になれたらいいと思って、それをずっと考えてたと思う」
「ふむふむ。ほうほう」
ヨリという女が、やけに嬉しそうに相槌を打つ。
そして小石を拾って俺に渡した。
「なんか付与してみなよ」
女が急かしてくる。
そんなこといきなり言われても、すぐには思い着かない。
えーと。んーと。俺は付与を使えたら、何がしたかったんだっけ?
「強化」
げ。小石を強化してどうすんだ俺。
俺は失敗したと思ったが、ヨリという女が「投げてごらん」と少し離れた岩を指さして言った。
俺は言われた通りにしてみる。
そんなに全力では無かった。そこそこの力で、岩目掛けて投げる。と。
「ゴッッ!!」
恐ろしい音を立てて、小石が岩にめり込んだ。
俺は唖然である。
視界のすみで、ロンさんもびっくりしていた。
ヨリという女は俺に向かって、握りこぶしの親指を上に向けて立てている。…なんだろアレ。
どうやら願っていた付与術師にはなれたみたいだが、考えていた以上に何だかすごい力のようだ。
+ + +
すごい! なんと1号くんは付与術師だった! これは私に憧れてしまったかな? ふふふ。
まあ冗談は置いておいて。
ロンさんのアドバイスの通りに能力が発現したようだ。
心強い経験者が居ることが判明して、能力開発は問題なく進められそうな予感がしている。
さて実験は成功したと結論付けてもいいだろう。あと1時間もしたら引き上げて、お昼ご飯を作るとするか!
ヨリとロンさんは、協力者としてお互いを認めました。
ロンさんは雑草と野菜を間違えずに抜けるようになりました。ビバ!
1号くんはユジでした。ソルが怪我してたときに、一番必死だったのは彼だったのです。




