26.ロン
ロン視点です。
冒険者というものが、少し見えてきます。
俺はロン。王都から来た元冒険者だ。
ここへはたまたま仕事で来ていた。本当にたまたまバルファン領の二等品を欲しがる依頼があったのだ。
ここバルファン領の二等品は、王都では下町でしか扱いはしない。
各領地のダンジョンで獲れるモノは定期的に王都に入ってくるが、足りなくなることもある。そういう時は冒険者ギルドに依頼が入るか、冒険者に直接依頼が持ちかけられる。
今回は冒険者ギルドに依頼が来ていた。依頼の品はハチミツだ。
その依頼で集まった4人のメンバーは皆初心者もいいとこだったが、依頼がバルファン領の中級ダンジョンだと知って、気楽に集まった奴ばかりだった。
上層は良かった。連携はクソだったが、モンスターが弱かったからだ。俺は奴らの能天気さに若干不安を抱きはしたが、中層では気を引き締めるだろうと楽観していた。
入ったところでいきなりだった。パニックになった近くの奴が逃げて、他の奴も逃げた。先頭で戦っていた一番ベテランの俺が1人取り残され、モンスター6匹に襲われた。まあ袋叩きと言うやつだ。
仲が良くもなかった俺は当たり前のように見殺しにされた。いやその時にはすでに奴らの姿は無かったから置き去りと言うべきかもしれない。
そこをポルカの彼らが助けに入ってくれたというわけだ。
ポルカの村で介抱され、怪我が完全に治るまでには3年も経っていた。
怪我の後に魔力が上手く使えなくなった俺は、置き去りにした奴らと顔を合わせるのが嫌で王都には戻らなかった。もちろん今までのようにダンジョンに潜れなくなったってのも大きいが。
こうなった俺を何も言わずに置いてくれる村の皆は、本当にいい奴らなんだ。
俺に出来るのはささやかな付与魔術だけだが、何とか彼らの生活が楽になればと惜しみなく使っている。でもこんな事くらいで恩返しになるとは思っちゃいない。
俺が万全なら、もっと出来る事があったはずだ。それが悔しい。
そんなことを考える毎日だったある日。まあ昨日なんだが。
ソルたちがダンジョンから戻った時に、黒い女の話を聞いたのだ。
異空間収納が付けられたらしきローブ。……そんな使い方は初めて聞いたが。
ソルたちへの治癒。……金も取らずに治療するとか信じられん。
剣への付与。……複数付けるとしても、せいぜい2つまでが常識だ。魔力を食うからな。しかもこっちもタダだ。
そんでソロで下層に突っ込んでいった、と。
こりゃ噂に聞く上位冒険者か。そう思ったよ。
その黒い女が「ロジ」と言ったと皆でわあわあ言って、「ロジに訊かなきゃ始まらん」と、ロジが帰ってくるのをソワソワしながら待っていたんだが。
ロジから話を訊いたら訊いたで、また驚愕だ。
食うに困ってスリを働いたやつを役所に突き出さず、代わりにポルカの子供ら全員に飯を食わせ、住み心地を良くしてくれたとか、普通なら夢物語だろう。
しかも魔法を使い、身体強化を使い、金持ちで、初級ダンジョンとはいえボスを1人で倒しちまったと言うんだからな。
極め付けに「鑑定持ち」だと言う。
鑑定持ちは王都の大貴族に囲われてるはずだ。冒険者の間ではそう言われている。
バルファンも大貴族だが、残念ながらバルファンに囲われたいと考える奴は少ない。ここでは稼げないという噂しか聞かないからだ。
王都から西は稼げる、東は稼げない。冒険者の常識だ。
そういうワケで、なんで上位冒険者らしきその女がこんな所に居るのかがまず謎だった。
何が目的なのか、どんな考えをする奴なのか。得体が知れない奴は信用できない。今のところやってる事は、ありがたい事ばっかだけどな。
ロジは今日も会うと言った。
ソルは、「一緒に行って礼を言いたい」と言った。一緒に助けられた6人も同じだ。
俺はその女の真意が知りたくて、行くと言った。もちろん建前はポルカの子供らの礼を言いたいと言って。
朝、6時ぐらいに俺たちは起きる。
誰ともなく起きて、その気配で次々と起きる。
起きた者から川に水を汲みに行き、ついでに顔を洗ったり水を飲んだりしてからその日の事を始めるのだ。
昨日の夜のメンバーに加えて、もう1人が一緒に行くことになった。
塩ダンジョンの傍の小屋に待機して、塩ダンジョンに潜る少年たちの無事を確認する役目を担っている1人だ。ターヴと言う。
32歳でまだ若いが、怪我で片腕が思うように動かなくなり現役を引退した男だ。
責任感が強く、少年たちとは一番付き合いが深い。他の奴も行きたいと言ったらしいが、代表してターヴが来ることになった。
その女に会ってみたい。話を聞いたやつは、皆そう思うだろう。
集まった10人で、まずは街のポルカへ向かった。
ロジが獲ってきた塩を売り、パンを買って行く。
ポルカに着いた俺たちは驚いた。子供らが壁から突き出た机に座り、飯を食べていたからだ。
俺たちに気付いた一番年嵩の子供が、びっくりした顔で寄ってきた。他の子供らも全員何事かとこちらを見ている。
こんな大勢で来た事など無いからだろう。
年嵩の子供を囲んで事情を訊いた。「俺たちはロジから聞いて見に来ただけだ」と教え、そのまま続けるように言った。
子供らが食べているところを全員で見る。
皿とカップが1人に一枚ずつある。その上には白いものと細長い茶色いものと小さい黒っぽい粒。
見たことが無いほど品数があるにも関わらず、誰一人ガツガツ食べる者がいなかった。
食べ終わった子供らは皿とカップを袋に入れ、それを年嵩の数人が集めている。どうやら何人かごと決まった集まりで動いている様子だった。
小さい子供らが自分の家に戻ってから、俺たちは年嵩の子供らに連れられて、一番大きな家に入った。
驚いた。そこには10人の子供が寝ていた。
年嵩の子供らが壁際に向かって何かを器に入れている。
ソルが「なんだ?」と小声で訊いた。
その器を持った子供が「ジャガイモのスープだって女の人が言ってたよ」と答えた。
それを目が覚めた子供から順番に飲ませていく。
1人が子供を支え、1人が飲ませている。それを6人で上手にやっていた。
ユジが鍋に近寄って、中に指を突っ込んで味見をした。
「ジャガイモだが、何か他のも入ってるな」
「塩と葉っぱを小さく刻んだやつだって言ってた」
ロジが教えた。
「ここにいるのは、弱ってて起き上がれない子供らだって。治癒が効かないから、いろいろ気を付けて助けてあげてくれって言ってた」
ロジの言葉に、年嵩の子供らが頷く。
「ちょっとずつ、何度でもスープを食べさせてあげてって」
年嵩の子供の中の少女が言って、手に持った小石を見せてきた。
「これ、治癒ができる石なんだって。女の人が、様子がおかしい子が居たら、これをその子に当てなさいって」
それを聞いたソルたちが俺を見る。
「治癒が付与できるなんて聞いたことがない。話を聞いた感じじゃ上位冒険者っぽいから、出来るのかもしれんが…」
小石に向かって「解除」と唱える。
「弾かれた。何かが付与されてるのは確かだな」
その言葉にミノがロジから短剣を借り、腕を少し切った。
ミノは馬鹿ではない。もちろん薄皮1枚程度だ。
うっすらと血が滲んできたのを確認してから少女に傍に来るように言い、傷に当ててもらう。
全員が見守る中、切り傷はスッと消えた。
「治った」
「治ったな」
「ダンジョン中で治してもらった時もこんなんなったな」
「ああ」
治癒が本当に付与されていた。
今まで治癒を付与しようなんて考えたことも無かった。
俺にも治癒が付与できるんだろうかと小石を拾って試したが出来なかった。
治癒が出来ないと駄目なのかもしれない。
その後、子供らの家を全部見て、部屋が暖かいこと、地面が乾いていること、空気がきれいなこと、便器がキレイになっていることを確認した。全部の家の床にラグが敷いてあり、温かい毛布まであった。
これで寝るのは気持ちいいだろう。俺も寝たいと思ってしまった。
しかしまあ一番驚いたのは、異空間収納を付けた袋を、ボンボンといくつも置いていく剛毅さだ。
その中には食器と鍋と、食べ物が入った瓶がいくつもあった。
女は「3日分」と言っていたらしいが、子供らはロジたちが持ってくる飯を夕方に食べ、女が置いて行ったものを朝だけ食べているのだと言った。
「腐るだろう」
とターヴが顔をしかめて言ったら、ロジが「時間停止と腐敗防止付けてるって言ってた」と補足する。
そこで俺は「おや?」と思った。
「時間停止」を付ければ、腐敗防止は必要ない。冒険者として生活してればそのくらいの常識は付与術師でなくても知る。
「ダンジョンは初めてだ」なんて嘘っぽくて怪しいと思っていたが、本当なのかもしれない。
悪い奴では無さそうだし、どうやら嘘付きでも無さそうだ。
その女に会うのに気が楽になった。まあ少しだけだけどな。
俺たちは子供らにパンを渡して街を出て、肉ダンジョンに向かった。
肉ダンジョンに着いたが、女の姿がまだ無い。
それまで俺たちは、ロジやソルたちから話を聞くことにした。
女が何を言ったのか、何をしたのか、女が来るまで何度もその話を聞いては皆であーだこーだ言っていたのだった。
話に熱中し過ぎたのか、その時まで全く女が近付いて来ていた事に気付けなかった俺たちは、
「あの、ロジはいるかな?」
という声に話を止めた。
声のしたほうを見ると、黒い女が立っていた。
ロジがすぐにそっちに行く。
「ヨリ」
女の名前を呼んだ。
見るからに懐いちまってまあ。
街のポルカを見てからまた話を聞いた今となっては、まあ仕方ないかと力を抜いた。
そこから皆で決めていた通りに礼を言った。
返事の代わりに「ロジ、朝ごはん食べた?」と女は訊いた。
いきなり飯の心配をし出したこの女は、朝も食べているらしい。
「飯は昼だけ」とロジが言うと、首を傾げて「う~ん」と唸り、その後頷いてスッキリした顔をした。
何を唸って、何に納得したのか全然わからん。
その後女が、俺たちの礼に対して「気にするな」と言った。心なしか照れているように見えたから、俺は少し女の事を良い奴かもしれんと思うようになった。
全員の気持ちを代弁して、ソルが「礼がしたい」と言った。
「それなら森か山に連れてって」と女が言う。
この辺りには不慣れなのかもしれない。
しかし森か山なんて、何を探しに行くんだろうか。
鑑定持ちなのだから、もしかしたら何かあるのかもしれない。
その何かが、役に立つモノであればいいのだが。
そう願いつつ、俺は女とロジが仲良く歩いているのを最後尾から見ながら、着いて行った。
「ここで食べれるものを探すんだよ」
そう言われた時は、全員が「は?」と思ったことだろう。
だがまあ、鑑定持ちの女の言うことだし、本当か嘘かはやってみなければ判らない。全員が女が言うことを聞き逃さないように、目を光らせ集中し始めた。
その眼光の強さに女がちょっと引いていた。
腹ペコの男どもに食い物の話なんか出したら、こうなるのが当たり前だろうに。
俺が女のびびった様子に親しみを感じて気が緩み始めた時。
「今から魔力増幅と魔力感知の付与を皆の服に付けるので、それで探してみて欲しいんだ」
こいつは何を言い出してやがんだ。俺は緩み始めた気を引き締める。
その2つは付与魔術師でも、特に適性が無ければできないと言われているのだ。
魔力があれば出来るというわけではない。だから貴族に囲われる。
それをすることで、冒険者の能力が上がるからだ。
ダンジョンに行かない貴族は、冒険者を囲ってダンジョンの物を得る。
だから貴族は欲しい物のために、使える冒険者を我先に囲う。
俺の母親は、その2つができた。
だから囲われていたが、魔力が多くは無かったらしく、待遇は平民の使用人と同じくらいだった。
決して高くない俸禄。それで俺を育て、俺に冒険者として1人で生きていけるくらいの能力をと、その2つを付与して訓練してくれたのだった。
おかげで俺は、強くはない付与魔術と、身体強化が使えた。
今は魔力の流れがおかしくなっていて、本当にささやかな付与しか使えないし、身体強化を使おうとしても上手くいかないが。
まあそんな事情もあって、俺は女が何を考えているのかが気になった。
貴族がこぞって囲いたがる能力を、こんな金にならないポルカの人間に使うとか言うのだから当然だろう。
何をしたい? 何が目的だ? 俺たちに何をさせる気なんだ?
そんな事を考えながら俺はじっと女を見た。
不審な態度を見せたら、すぐに気付けるようにじっと見る。
女と目が合った。向こうも見てきた。
俺は逸らさない。女が逸らした。ぬぬぬ。
何を企んでいるんだろうか。
女が全員の背中を触りながらこっちに来た。俺が最後だ。
じっと見てやる。
触られた瞬間、魔力が身体の中を駆け巡った。
怪我をして以来、魔力を流そうとすると壁に当たって跳ね返ってくるように感じていた場所があったのだが、今のでその壁が押し流された感じがする。
試しに身体強化をしてみると、意識した通りに体内を魔力が移動した。身体強化が再び使えるようになっていた。
それだけではない。魔力が未だかつてないほど全身に漲っていて、気持ちがいい。
俺は魔力が付与された感触と、それを感じる事の気持ちよさを知っているのだ。
母親に何度もやられたのだから、忘れるはずもない。
だから、女が本当に俺たちに魔法を覚えさせるつもりなんだと判った。
じゃあ何でそれを俺たちに?
そこが気になった。
女を観察しても解らない。
じゃあ直接聞くしかないな。
ちょうど全員が散って、女は1人だ。訊くなら今だろう。
だがもしポルカの仲間が傷付くような話なら、聞かせたくはない。
俺は考えて、増えた魔力を使って小石に「盗聴不可」を付与した。
そして女に向かって歩きながら放る。
ぶつけようとは思っていない。だから下から放った。
山なりに飛んだ石を、女が振り向きもせずにキャッチして、こっちに身体を向けた。
「皆には聞かれたくない話かな」
鑑定持ちってのは本当だったらしい。だからそう言った。
「あんた、本当に鑑定持ちだったんだな」
俺がそう言うと、女はこちらを見ながら言った。
「そういうあなたは付与術師? なんでじっと見てたか、訊いてもいいかな」
じっと見てた理由なんて、どう言えばいいのか。疑っていたとか言って、へそを曲げられても困るんだがな。
思惑を外れて先に訊かれてしまった俺は、どうしたもんかと顎を指でこすって考える。
そこへ女が「作業しながら話そうか」と声をかけてきた。
確かにこの距離で、向かい合ってずっと立っていれば目立つ。
俺は頷いて女の傍まで行ってしゃがみ込んで、女の手元を見て、それと同じような物を探す。
そうしながら先ほどの答えを探し探し言う。
「あ~、俺が見てたのはだな……」
先が続けられず「う~ん」「う~ん」と言ってる俺に、女が笑った。
そっちを見ると、「ふふ」と笑っている。
「何がおかしい?」
何も楽しいことなぞ無いだろうに。
「だって、疑ってるって言えなくて困ってるんだもん」
読まれていた。頭を掻いて白状した。
「感謝はしてるが、あんたの目的が判んなくてな。まあ心配性なだけなんだが、訊いとかないと納得ができない質なんだよ。悪いな」
「悪くないよ。誰かそういう人がいないと、逆に心配になるって」
しゃべりながらこれはと思うのを抜く。外れだった。次のこれはと思うのに手を伸ばす。
「違う、こっちだよ」と女が言った。「おう」と俺はそれを引き抜く。
何だこれはと見る。
さっき女が並べて見せた中の1つだが、ただの雑草にしか見えない。
「これはニラって言う野菜。火を通すと噛み切りにくくなるから、先に切ってから火を通すんだよ。卵料理か炒め物か鍋に入れるのが多いかな」
火を通すってどうやるんだろうか。卵料理も炒め物もわからない。鍋に入れるのは茹でるためだよな?
首を捻って同じのを抜きだした俺に、女は次の野菜の説明もし出す。
あああ~~~、刻むだ、おろすだ、パパッとだ、全然わからん。だがまあ、全部最後には美味しくなるらしい。
俺が美味いと思った食べ物は、母親の飯くらいしかないんだが。後はまあ王都の下町の行きつけの食堂の飯かな。
いや、飯の話をしている場合じゃない。俺は皆のためにも、この女が何の目的でこんなことをしてるのかを突き止めなければならんのだ。
さあ俺、訊け! なんだか気の抜ける女だが、訊かなきゃずっと疑ってなきゃならない。それは俺も嫌なのだ。人を疑うのは疲れる。
「あ、そこのお願い」
「これか?」
「うんそれ」
はっ! 何を呑気にしている俺?! 訊く! 訊くぞ~~~!
「あ! ほらそこの!」
「おうこれか?」
「そうそう、それ!」
うん、訊くよ。訊くから待ってくれよ。
そう、このでかい葉っぱのを抜いたら訊くからよ。せーの。
「どりゃ!」
「里芋きた~~!」
どうしたことでしょう。シリアスで始まったはずなのに、なぜかラストが……。
設定の都合により、ターヴの怪我を片足から片腕に変更しました。




