16.下層を跳ばそう!
下層に来ました。
ヨリは止まりません。
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16.下層を跳ばそう!
さて下層に降りようということで、まずは後顧の憂いを断ってから進むことにした。
下を覗いている時に、後ろから襲われたくはない。
話し合いで時間は経っていたので、少し待てばよかった。それを皆でさっくりやって、下層へ向かう。
下層への道は傾斜のゆるい狭い道だった。横に2人が並べる程度である。暗かったので光魔法で小さな光球を通路の上に等間隔に貼り付けていく。
こうすれば前方だけが明るくて後ろは暗いという、ありがちなホラー状況を無くせるだろう。私はああいうのを見るたびに、暗がりにハラハラしてしまう質だ。
「治癒以外も使えるのか」と肉屋たちに驚かれた。「他にもいろいろ使えるよ」そう答えておく。そうすれば、何しても「いろいろ」で済むかなーと思って。
とりあえず通路には何の気配も感じないので、スタスタ進む。一番前だとさっさと進めて、非常に気分爽快である。ふふ。
角を曲がる前には、角の少し先に気配を感じた。9つ。私にも初めての下層モンスターだ。少し慎重さを心がけたいと思う。中層よりも、少し身体強化具合を上げる。
角を曲がって前方に出口だ。そこで一度止まって、後ろに声をかけた。
「この入り口出たらモンスターいるよ。入り口を出ずに見ててね」
そう言って、私のすぐ後ろのロジ少年に持たせていた付与小石をもらう。それを入り口の少し手前の所へ持って行き、「接着」で地面に貼りつけて「防御範囲拡大」「魔法攻撃防御」も付与する。
モンスターが遠距離攻撃や範囲攻撃を持っていないとも限らないからね。
先ほどまでは「対物障壁」のみにしていた。そうしなければ「壁外雷撃攻撃」で肉屋たちが死んでしまうからだ。
今回は「雷撃」は付けずにシェルターにして、大丈夫そうならそこから出て戦ってもらおうと思っている。
まあそれも今回だけだ。モンスターの習性が判れば、あとは帰りにゆっくりやってもらいたい。
とにかく行きは最速でボス部屋に行くつもりである。ん? 肉屋たちには「下層の話」しかしていない? やだなあ、ボス部屋はここから下層にあるんだよ? 私は嘘は言っていない、決して。
私たちはモンスターを観察する。全員が広くない入り口に顔を寄せるので、私とロジ少年は男たちを避けてしゃがむしかない。
通路の入り口を出れば、今までより少し高い天井と広々とした部屋になっていた。
そんな中をアリゲーターが、9匹徘徊している。モンスターは、アリゲーターだった。こちらの世界ではそう言うのか知らないが。「鑑定」。「ザーラ」というらしい。アリゲーターでは無かったな。
まあソレが、白いのが7匹、赤いのと青いのが1匹ずつ居た。なかなかの大きさである。私の3倍はあるだろう横幅、体長は男たちで一番でかいリーダーを超える。4本の脚でゆっくり歩き、時折止まって周囲を見て、また歩き出す。
ふむ。
「こちらにはまだ気が付いていないところを見ると、感知範囲は広くない。身体は大きく動きはゆっくりだけど、攻撃体制に入ればどうかな。あとは、どのくらい近付けば感知されるのかと、感知された場合どうなるか。そして集団攻撃があるのかってところかな。何か飛ばしたりとかするならそこも気を付けたいど」
某インターネットゲームで培った分析力をフルに活用する。
魔力は感じないが、そもそも今まで魔力を感じたのは付与道具を見たときのみなので、まったくアテにはならない。できれば弱いモンスターで魔法戦なども練習しておきたいのだが。
まあとにかく行ってみよう。見ているだけではボス部屋には行けないし、時間がもったいない。
「じゃあ、まずは行ってくる。ここから出ないようにね。ちなみに…」
このシェルターの説明をしておいた。パニックになって中層に逃げられでもしたら、回収しに行くのに時間がもったいない。全員効果のほどには半信半疑ではあったが、私が付与魔術師でもあると知って肉屋たちは更に驚いていた。
さてと。私は一番近くに居た白いザーラに向かっていく。近付いて行くと、思った以上にこっちに気付かない。ある程度まで近付いたら、そこからは、軽く一歩ずつ近付く。3歩目で気付いた。およそザーラの周囲3メートルくらいかな? そんな辺りだった。
気付いたザーラがこちらに向かって顔を素早く突き出し、噛み付いてきた。
それをサイドステップで横に避けたところに、横薙ぎで尻尾が襲ってくる。私はそれを転がり避けて、背後に回った。
ザーラがそのまま回頭してきて再び噛み付き。今度はそれをバックステップで避ける。するとザーラは口を開けて、何かを飛ばしてきた。それを大きく後ろに跳んで避ける。
見るとそれは紫黒い液体。「鑑定」すると「麻痺毒。」と出た。
身体強化で少し速く動いてみると、ザーラはすぐに追い付いてこれなくなったので、前足を一本斬り落としてみる。叫んで怒ったが、ザーラ自体の速さや強さ、攻撃手段に目新しいものはない。
今度は通路の入り口に向かって、走ってみる。そうしたら追ってきた。私が通路に飛び込んでも追ってくる。
私はシェルターに入りザーラを観察した。ザーラは通路を通れるギリギリサイズだ。一度激突してその後身体をねじ込むように入ってきた。しかし、ザーラは頭を入れた所でシェルターに阻まれてそれ以上は進めなくなる。
それを確認してくるりと後ろを向くと、肉屋たちとロジが通路の奥でビクビクしていた。ん?
首を傾げて訊いた。
「ここに居れば大丈夫だよ?」
+ + +
ヨリが通路を出ていくときに、なんとかかんとか言っていた。何言ってるか半分も解んなかったけど、簡単に言うと「襲われても壁よりこっちに来ない」ってことらしい。
上層で飯食ったときにもそんなこと言ってたが、今まで一回も危ない目に合ってなかったから、正直あんまり信じて無かった。それが。
今は心底本当で良かったと思ってる。だってそこにモンスターが!! 半分透明な壁に、悔しそうに激突かましてやがんだもん!
俺はこっちにモンスターが走ってくるのが見えたときに、思わず近くの男にしがみついちまっていた。その男は俺を抱えて通路の奥に走ってくれた。…ちょっと感動した。
他の連中も急いで奥に走ってた。そんで振り向いたらモンスターがそんな感じで、そのすぐそばにヨリが呑気に立ってて。こっちを向いて不思議そうに首を傾げて言った。
「ここに居れば大丈夫だよ?」
って。
うん、信じてなくて悪かった。ホントに大丈夫だったんだな。
良かった、俺生きてるよ~~~!!(泣)
+ + +
ヨリが通路を出るときに、小石をひとつ地面に置いた。「これには~云々うかんぬん。」と言って、「ここに居れば大丈夫だから。」と念を押して言ったが、付与魔術なんて生活魔術くらいのしか使ったことがない俺たちには、本当に大丈夫かなんて全く信じられない。
「本当に大丈夫なのか?」
ヨリの友人だというロジに訊いたら。
「わかんねえ。上層からずっと使ってるけど、ヨリが全部やっつけちまうからさ。俺もどうなのか知らねえんだ」
困惑顔で言う。友が信じていないものを、俺たちが信じられるか?
俺たちは顔を見合わせて頷いた。
「危なくなったら奥に逃げよう」
俺の言葉に皆が強く頷いた。
+ + +
皆でガザの方針に頷いた後、俺たちはヨリを目で追った。
でかいモンスターを余裕を持ってあしらっていた。
モンスターの動きはそんなに速くは無かった。
ヨリのおかげでどうやらモンスターの攻撃が、噛み付き、尻尾、口から吐き出すもの、の3つだと判った。
戦ってる間、他のモンスターは襲ってきちゃこないが、それが感知範囲外だからなのか、そうじゃないかはまだ判らねえ。
ヨリがこちらに向かって走ってきた。逃げてきたわけじゃねえってくらいは判るが、モンスターがそれを追って向かってくる。このままじゃヤバイんじゃねえか?
そばに居たロジがしがみついてきたので、俺はロジを抱えて逃げ出した。あの巨体がすぐに通路に入って来れるとも思えねえが。
何かがぶつかる音がしたから振り向く。ふう。モンスターが入って来れねえなら安心だ。
ほっとしたのも束の間、モンスターが身体をねじ込んで来たのが見えた。
逃げようと思って足を後ろにずらしたその時、モンスターが頭だけを入れたところで何かに当たって、それ以上来れなくなった。何が起こったのか、恐る恐る身体を前に傾けて目を凝らす。
ヨリが平然とそのモンスターのそばにいた。そして振り向くと不思議そうな顔で言った。
「ここに居れば大丈夫だよ?」
ああ、うん。信じなかった俺たちが悪かったよ……。
+ + +
奥に行ってしまっていた肉屋たちとロジ少年が戻ってきた。彼らは何でそんな奥に行っていたのか。
まあいい。今は考察を終えたところだ。
「とりあえず、これはやっちゃうね」
シェルターの中から、ザーラの眉間に突きを入れた。砂になる。外に出てドロップアイテムを探す。モンスターがでかいと砂の量も多い。探すがなかなかアイテムが探せない。と思ったら、砂の量が問題なのではなく、アイテムの色のせいだと判明した。白い壺だったのである。
拾って「鑑定」をかける。
「やった~~~~~!!」
私は白い壺を持ったままバンザイした。腕をしっかり伸ばして天井を仰ぐ。
これで醤油と味噌と酢が生きる~~~~~!!
頭の中を砂糖醤油と肉味噌と酢の物が駆け巡った。それにジャムも作れるし、パン酵母も作れる!
砂糖が出てくるとしたらボス部屋かなーと思っていたので、これは嬉しい誤算だ。
内心ウヒョウヒョ言いながらシェルターに戻り、肉屋たちに訊く。
「どう? やれそう?」
肉屋たちは顔を見合わせてリーダーが答えた。
「1匹ならいけるかもしれねえが、さっきのザマだからな。正直やりたかねえなあ」
ふむ、ならば。
「じゃあちょっと試したいことあるから、ここに居て」
言ってモンスター部屋に戻る。
ザーラの感知範囲外で、自分のローブに「感知不可」をかけてザーラ達に近寄る。……反応無し。
そのままモンスター部屋をザーラに当たらないように歩いた。……反応無し。
入り口に戻って、そこから部屋の向こうにある通路らしきところまで、一直線に歩く。……反応無し。
気が済んだのでシェルターに戻った。
私がやっていることを、戦々恐々と見ていた男たちが「どうなってんだ!」と訊いてくる。ロジ少年もソレにコクコク頷いている。
「服に感知不可を付けたんだけど、行けそうだね」
ロジ少年はハッと気が付いた。肉屋たちは眉間にシワを作って「はあ?」って顔をした。
「うん。このままボス部屋行こうと思って」
肉屋たちは固まった。その後ごねた。
ロジ少年は、それを少し離れて見ていた。
時計を持っている男に時間を訊いたら、あと2時間半でタイムリミットだから無理だと言われた。
私はそれくらいなら充分行けると答えた。
肉屋たちを説得するのが面倒だ。なので、とにかく黙らせようと思う。
私は誰にも見られない速さで肉屋たちの背後に回り、そのスキに脱いだローブを肉屋たちにかぶせていく。
ポルカで空の酒樽を収納したのと同じ方法である。
肉屋たちが1人ずつ消えて行くのをロジ少年が目を剥いて見ていた。…まあホラーだよね、一見。
肉屋5人を収納した私が姿を現すと、ロジ少年がそのままの顔で私を見た。
「ボス部屋まで収納空間に入ってもらおうと思って」
それを聞いてロジ少年は納得と、諦めた顔をして言った。
「俺もそん中入れてくれよ。2時間半でボスまでやるんじゃ、時間ねえだろ? 俺じゃヨリに付いてけねえしさ」
ロジ少年、なんて理解力。確かに時間が無いので遠慮せずに好意を受ける。
「じゃあ、はいどうぞ」
わざわざ着直したローブを広げてロジ少年を誘った。愛すべき友人に荷物のようにローブをかけるなど、私には緊急時でない限りできないのだ。
スタスタ寄ってきたロジ少年がローブに入ってきたので、それをぎゅうっと抱きしめる。
「おい?」
ご不満な声が聞こえる。
「ごめんごめん」
つい抱きしめてしまったのだよ~~なんて心の中で弁解しつつ、ロジ少年も異空間収納へ送った。
さて行くか。
と、その前に。
ザーラが部屋に10匹。1匹倒したのが湧いたときに2匹になったらしい。
観察しなくていいなら、瞬殺でいいのである。「感知不可」をかけたまま、私はあることを試した。魔法攻撃である。
実は今まで攻撃に魔法を使っていなかったので、どれだけ使えるのか知っておきたい。
だってボスはさすがに力技だけでは無理だろうからね。
まずは風魔法である。鎌鼬をイメージして、三日月型の風の刃を1匹に向けて放つ。威力が弱く、絶命まで至らない。
次いで硬く鋭くイメージして数を増やす。「たくさん」をイメージしたら、めっちゃ出た。散弾のようにザーラに襲い掛かる。肉を削いで最終的に倒した。
次のザーラには、ギロチンくらい大きいのをイメージした。それをさらに硬く鋭くイメージして放つ。
3つ放った鎌鼬は1つめでザーラの首を狩り飛ばし、残りの2つは胴体を飛ばした。うむ、このくらいは欲しい。「鎌鼬」と名付ける。
次は水魔法。これもまずは刃としてイメージして放つ。「水カッター」と名付ける。
次のターゲットには水を槍のように細く圧縮して飛ばす。「水槍」と名付けた。
土魔法は。ザーラの足元をぬかるみに変えた後、足に絡ませ岩に変える。そして剣山をイメージして下から無数の土の針で貫く。「剣山」と名付ける。
次は「水槍」と同じように槍に圧縮して飛ばし、「土槍」と名付けた。
そして火魔法。ターゲットが発火するイメージで発火させる。時間がかかったので、温度を上げて青い炎のイメージに。ザーラは消し炭になった。…砂は普通だった。それには「青火」と名付け。
後は火球を試し、放って当てるよりも火球から炎の矢を散弾状に飛ばして削って行くほうが効率がいいと判明した。これは「提灯」と名付ける。浮いてる火球が提灯のようだったからだ。
うむ、まずはこれくらいかな? 自分的には「鎌鼬」か「水カッター」が手っ取り早いと感じた。
10匹倒してドロップは砂糖が8壺に。なんと! 赤い壺が唐辛子で、青い壺が黒砂糖だった!! 色的にザーラの色がそのまま壺の色っぽい。それはまた帰りに確認したいと思う。
とにかくボス部屋へ。
私は身体強化を最大に引き上げてダンジョンを下って行った。
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下層で砂糖、唐辛子、黒砂糖がゲットできることが判明しました。
それを確認できたので、肉屋さんたちの予定に合うように、先にボスを倒すことに決めました。
あくまで肉屋さんたちの希望に沿っています。
魔法の考察場面で、技のところに読み仮名を入れました。
魔法戦、実はずっとやってみたかったんです!




