オカン
それから三日後。
失意の俺は休日を家で過ごしとった。
マコと付き合うとった時は、休日は朝から晩まで寝倒しとったのに。
マコと別れた今、朝から目が覚めて、寝る気にならんかった。
マコに会いたかった。
今こそ爆睡したらええやん、と今の俺を見るとマコが言うやろな。
なんで休日にもっとあいつに会わんかってんやろ。
思い出せば、確かに。
明日夕飯一緒に食べようや、というようなメールでマコを呼び出しては。
食べてホテル行って、バイバイ、ちゅー逢瀬を繰り返しとった。
すっかり胡座かいとった。
あいつは割とインドアで男友達もおらへんかったし。なんでも言うこと聞いてくれたから。
ミニスカート履かんといてくれ、て言うたらそのとおりにしてくれたし。(あいつは脚がきれいやったから他の奴に見られたくなかった)
……今頃、嬉々としてミニスカート履いとるんやろか。
切なくなって食卓でパンをかじっとった俺に、リビングでテレビ見とったオカンがヘンな声をあげた。
「ひゃあ! めっちゃカワイイコやわ!」
煎餅かじりながら、オカンは続ける。
「イケメンすぎて国を追放された悲劇の王子やて! みてみいや、ケイスケ!」
めんどくさげに俺はオカンが騒ぐテレビ画面に目を移した。
そのまま目は、画面にくぎ付けになってしもうた。
ご、ごっつう……男前さんや。
「ネーブルタランドの国王の非嫡出子やねんて。複雑やなあ。ウチが守ったりたいわ」
西洋人でも東洋人でもなかった。中間のトルコとかあそこらへんは混血の美形が多い、て有名やけど。そんな感じや。中東の人が着てる長い白いずるずるの衣装を着てはって、どこからどう見ても王子様やった。
今までドバイに居ったけど、王子を慕う女性たちが刃傷沙汰を繰り返したんで国外へ出てあっちこっち移動してはるらしい。
「……ヒタチ王子はこの間、箕面山にお忍びで行かれたそうです」
テレビのレポーターがそう告げた。
ヒタチ王子様。
俺は、自分が涙ぐんでいるのに気づいた。なんか素晴らしい芸術作品でも見たような感じで心が震えてもうたんや。
俺……。男やけど……。貴方になら抱かれてもええわ……。
男にそう思わせるなんて、世紀の美男子や。ほんまもんのエエ男やな。
こぼれおちそうになる涙を、あかんあかん、と俺は手の甲でぬぐった。
心が弱っとったら、感受性が強くなるんやろか。いつもより感動の閾値が低くなっとるみたいや。
ネーブルタランドか。どこにある国なんやろ。ネーブルタランド……?
俺はある記憶がよみがえった。
マコから聞いたマコの友達の話を思い出した。
『公園でキエコちゃんに話しかけてきた外人さんがおってんけど。その人の話を聞いてるうちにいつの間にかキエコちゃん、乳、揉まれとってんて。全然、そうされるまで、わからんかってんて。気づいたら揉まれとってんて。そんなことありえるやろか?』
通りすがりの女に話しかけて、気づかれんようにいつの間にか乳もむ?
すごいな、その外人さん! 俺にそのテクニック伝授してくれや!
話聞いて感動したの覚えとった。その外人さん、たしかネーブルタランド人とかいうてなかったっけ?……
「ケイスケ」
オカンに話しかけられた俺は我にかえった。
「なに」
「デートするんか、今日?」
休日、珍しく起きてきた俺にオカンはそう思ったらしい。
「いや」
「ダラダラダラダラ、付き合うて。中途半端やのう、あんたは」
あはは、とオカンは変えた番組を見て笑いながら言った。
「いや……あいつとこの前、別れたんや」
俺の言葉にオカンは画面から俺に目を移した。
「あんた……それで、ええのん?」
珍しく真面目に俺を心配するような目つきと声やった。
「あんな子なかなかおらへんやろ。あんた、これからどうすんねん。あんな子、もうみつからへんで?」
びっくりした。
オカンはマコのことあんまりよく思ってへんと思っとった。嫌味ばっかりいうとったし。
なんやねん、今さら。急に態度、変えんなや。
「知らんわ」
俺はパンをくわえたまま、二階の俺の部屋へと階段をのぼっていった。