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誕生日1週間後

「その時にジョングレイ先生の本を読んでやな……」


 は? ジョン グレイ? 誰それ?


「恋愛のセオリー本や。そこに、男はゴムバンドって書いてあって。あんまり、追っかけたらあかんて。自由にさせとったら、戻ってくるたびに愛情が深まる、て書いてあってそうしようと思ったんや」


 ……こいつは。

 すぐに本とかテレビで言ってること鵜呑みにしよる。こいつの悪いクセや。


「セックスもや。ちゃんと手順踏んで、お互いの気持ちが高まってからするんと、そうなる前にしてしまうんとは、感動が全然違うって書いてあった。男の場合、すぐにしてもうたら、苦労して手に入れたもんやないさかい、相手への興味失せるか、それからはあんまり女を大事にせえへんて書いてあった。だから、あんたからのメールも電話も減ったんやな、と思ったんや」

「で、でも。あのとき・・・・言ってきたんお前やろ?」

「……せや。後悔したわ。あの前に本を読んどったら、あんなん言わへんだのに。でも、あのとき・・・・は舞い上がって頭に血ィ上っとってん」

「お、俺は断ったで」


 付き合いはじめて一ヶ月目で。マコに言われて俺は引いた。

 まだまだ半年後ぐらいの予定でおった。手ェつないで、チュウして、ほんで◯××……とプロセスを考えとったのに、いきなり誘われたらビビるやろ?!

 付き合ったんは初めてやし、当然経験無いんやから、焦るやろ?

 だから、一回は断ったんや。でも、マコに強く言われたから結局は承諾してもうた。(理性が負けた)


「……断ったくせに。……本番でウチがやっぱり止めよう言うても止めてくれへんだ」

「く、車は走り出したら急には止まれんのじゃ!」


 舞台そろってもうたら、もうやるしかないやろ?


「あんなに大変なもんやとは思ってへんかってん。あんなに動くんやと知らんかったんやもん」

「普通、そんなん知ってると思うやんけ……」

「高校の保健で見せられるのは、静止画やん! マンガも静止画やろ! 小説もそこまで描写してんのあんまり無いやん!」


 知らんがな、そんなこと!


「痛い痛い言うてんのに、一晩中することないやろ!」

「初めてやから緊張してなかなか最後までいけへんかったんじゃ!」


 ここまできたんなら折角やし、最後までいきたいと思うやろが。


 マコはストローを口に含んで、ちうう、とレモンスカッシュを一息に吸った。


「他にもや。付き合いはじめて最初のクリスマスのデートん時、あんた、ドカジャン着て来たな」


 えらい昔の話やな!

 女ってのは、よう昔のこと細かくここまで覚えとるわ。

 あのときは、めっちゃ寒い日で。ドカジャンはどうかな、と思ったけど風邪引くよりマシやと思って着て行った。


「別にあの時お前怒らんかったやん。だからええんやと思うやんけ。言うてくれたら、俺も反省してマシな服買うて着ていくやんか」

「気を遣ったんじゃ! ウチがなんか言うて細かい女やな、て思われてデートする気なくしたら嫌やと思ったんじゃ! でも普通、デートはお洒落してくるもんやろが! クリスマスやで!」


 俺はその時やっと、店中の視線を集めてるのに気が付いた。俺もマコも他人のことなんか全然気にせず、でかい声で会話していたことを知った。


「な、なあ。ここ出て、二人になれるところいこうや」


 俺は周囲を気にしながら、小さい声で言った。マコは更にムッとした顔で、今度は猛烈に洋梨タルトを口の中へとかっこんだ。


「俺がいらんのはそういうこと? これから気いつける。反省するわ。……他にはないんか? 全部言うてや」


 俺は猫なで声を出してマコを上目遣いで見た。


「あとは……」


 ごっくん、とタルトを全部飲み込んだマコは間をおいて一言告げた。


「あんたがジェットコースターに乗れへんからや」


 は?


「ウチは小さいころから好きな人と遊園地デートでジェットコースター乗る、ちゅうんが夢やったんや。あんたが怖くて乗れへん、ていうのを知ってめっちゃショックやったんや」


 ほんまに付き合い始めのときの話やんけ。

 俺は絶叫マシンはことごとくアカン。小さいころ、簡単な子供向けのジェットコースターで、おもらしした。それ以来、もう乗らんとこうと決めたんや。


「お前、別にあのときそんなん言うてへんかったやんけ」

「気イ、遣ったったんじゃ! 乙女心や! あのあと、しょぼいコーヒーカップで我慢して、わざとはしゃいだふりしたったんじゃ!」


 演技かい!

 こいつ我慢してため込むタイプやからな。

 ……まて。いままでも結構、コイツ、演技しとったんか? 

 ……ア、アレんときもか? 

 ……一体、どこからどこまで……?


「まあ、そういうことや。あんたとはそういうことで」


 マコが席から立った。


「本気で言うとるんか?」


 俺はおそるおそるマコを見上げた。


「冗談で言うてるように見えんのかいな」


 マコは。

 非常に冷めた目をして俺を見下ろしとった。


「お、俺」


 その声は自分で聞いても情けなかった。

 水面で口をパクパクさせてる鯉みたいな感じで、俺は言葉をつないだ。


「お、お前と……結婚しようと思っとってん」

「思っとった、だけやろ?」


 鼻でマコが嘲笑った。


「それで、この・・十年かい」


 コワッ!

 極妻の岩井志麻みたいなマコの表情に俺は凍りついた。(いや、あんなに美人ちゃうけど)

 普段怒らん奴が怒るとめっちゃ怖いってこういうことか? そういうことか?


「ま、待てや。十年付き合ったのに、こんな」

「……ジョン グレイ先生の本、読んでみい。女のこと書かれとるわ」


 マコはもう身体を店の出口の方へ向けとった。


「ほな、さいなら」


 俺の横を振り返りもせず通り過ぎて、マコは去った。


「……」


 お、落ち着け。落ち着くんや。

 取り残された俺は、カタカタ震える手で前のコーヒーカップの持ち手を持った。

 カップの半分ぐらいに残っとった冷めた黒い海面が時化だした。

 あいつはムシの居所が悪かっただけなんや。

 そうや。下痢と便秘と生理痛が重なっとっただけなんや。PMSとか。そういうやつや。

 そうにちがいない。

 ……そうでなかったら、十年付き合うとるのにこんな。

 俺は残りのコーヒーを、ぐいっとあおると、挙動不審な動作で店を出る用意をし始めた。

 レジの前に立ち、財布ごと鞄を席に置き忘れたままなのに気づき、あわてて元の場所に戻り。

 店を出てからマコへのプレゼントをテーブル上に置いたままだったことを思い出して、また店に戻った。


 帰宅途中の本屋で、俺はマコの言葉を思い出してその本を探した。

 探し出して手に取り、ページをめくり、目を走らせた。


「女は波のようなもの」


 そういう言葉が目についた。

 意味は。

 女性は非常に気持ちが不安定に揺れ動くものであり。

 自分が愛されているかどうかがすごく気になると。

 浮き沈みの激しさに男性を混乱させてしまうことがあると。


 こういうことか? 今日の、マコは。

 そういうのをくみ取れ、ということやろか。自分は愛されてる、と安心させたったらええんか?


 読み進めていた俺は、男について書かれたページにも目を止めた。


「男はゴムバンドのようなもの」


 これや。マコが言っとったやつ。

 男は離れてもまた女のもとに戻ってくると。

 何気なく続けて字を追っていた俺は、しばらくして目を見開いた。


「しかし女性の場合は」


 俺は本を持ったまま、その場に立ち尽くした。


「一度離れると決して戻ってきません」



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