誕生日1週間後2
「あんたと別れようと思うねん」
マコが唐突に告げた。
俺は息を飲んだ。
「な、なんで」
俺は泳いでいた目を、膝の上の箱に落とした。
あわてて、その箱をテーブルの上に置いた。
「こ、これ」
「……何?」
「た、誕生日のプレゼントや。お前に」
混乱しとった。
「ね、ネックレス。前、アンティークの店で一緒に見とったアイリスガラスの」
「ああ……」
マコは箱を見下ろしただけやった。そして、一言告げた。
「レシートみたいなん、まだとってある?」
俺は肝が冷蔵庫みたいに冷えた。
「い、要らんの?」
「うん。ウチ、こんなんつけへんの知ってるやろ。それに、これに合うような服なんか持ってへんし」
俺はテーブル上の箱を見つめた。
どないすんねん、これ。
……な、なんでも鑑定団に出すか?
……あ、あかん。俺、相当混乱しとる。
「な、なんでやねん。いきなり。り、理由を言えや」
「理由」
マコの表情がすう、と冷たく固くなった。
「……どこからや、全部か? 最初から言うたらええんか?」
そ、そんなにあるんか。
「お、おう」
「……せやな、じゃあ」
マコは俺の目をまっすぐに見た。
「今まで一番不満やったんは、デートが一年に二回くらいしかせえへんことや。遠距離恋愛でもないのにな」
「い、いや。も、もっとしとるやろ?」
「あんたに呼び出されて、ただホテル行くことか? あんなんはデートとちゃう!」
そ、そうやったかな。……そうやな。そんなデートが多かったかも。
「去年のデートは美術館と映画館に行ったんが、二回。……二回。それだけや」
「は、はい」
「さっきも言うたけど、電話やメールもな。あんたの話したいときだけとか、気が向いただけとか。なんやねん、それ」
俺は萎縮した。確かにそれは悪かったかな。
「そ、そういうところか。そこに怒っとんのか?」
「ほかにもや」
マコはテーブルに置かれた洋梨タルトにフォークを突き刺した。
「……昔、スキヤキDAYやからってあっさり帰ったことあるやろ。神戸行ったとき」
お、覚えとった。
マコと日帰りの予定で神戸デートしたとき、マコが折角やから泊まっていこう、て言うたことがあった。
「あ、あのときは俺も残念やった。で、でも昔からずっと続いてる家族の決まりなんや」
「今日はエエとかさっきはぬかしとったやんけ!」
そ、そうやけど。
「高校生でもないのに。お母さんに電話してアカン言われたから、ウチ置いてさっさと帰った」
あ、あのときは。
オカンにお前の印象悪く持たれたくなかったんもあるんや。
「あのときはホンマはウチ、友達と予定があったんや。それをキャンセルしてあんたと会う方をとったんや」
「そ、そんなん。そっち優先してくれたら良かったやんけ」
「……そうやな」
マコは何か考えてる顔で小さくつぶやいた。
「デート数に不満なら……あ、会いたいなら、もっと会いたい、って言えや」
俺は責めるようにマコに言った。
マコは怒った顔で俺を見た。
「我慢しとったんや。あんたにウザいと思われたくなくて。……最初のころ、九州に旅行に行く予定しとったやろ。それがアカンようになって……じゃあ、少しでも会えへんの、てウチが言うたらあんたはあのときめっちゃ怒った」
「ブッチが死んだからやろ! 家族と一緒や! ショック過ぎて旅行なんか行けるかいな!」
俺が拾って長年飼うてた愛犬がそのとき死んだ。悲しみに沈んでる俺に、マコは『会える?』 なんてメール送ってきたから、どんだけ無神経な女なんやと思って俺はキレた。
「……あの時に反省したんや。それからは、あんたが会いたい、て言ってくるときしか会わんようにしよう、て決めたんや」
「あ、あの時が特別やっただけやんか。なんでもないときやったら、いくらでも会うやんか。言ってくれたら……」
マコはむっつりした顔でうつむいた。
「その時にジョングレイ先生の本を読んでやな……」
は? ジョン グレイ? 誰それ?