復縁のためのその5
「いい歌ですな」
いぶし銀、という言葉があてはまる渋い俳優さんのような声やった。
俺の背後からゆっくりと回ってきた男は俺の隣に座った。
い、いつの間におったんやろ。全然気配、感じへんかったぞ。
杖を持って、着流し姿で、白い帽子をかぶって。大正時代から抜け出してきたようなハァイカラなおじいちゃんやった。
か、カッコええな。
雰囲気が。オォラが。
俺はそのお爺さんに圧倒されてしもうた。
偉人さんの像が動き出して蘇ったのに出くわしたような感じ、というか。
すごいお人なんやろうな、というのは肌で感じた。
俺も年取ったらこんな爺ちゃんになりたいわ。
「優れた歌というのは世代を超えて愛されるものです」
標準語や。旅行者かな。
胸まで届いている、お爺さんの白い髭に俺は見惚れながらそう思った。
「そうですね……こちらには旅行でこられたんですか?」
「いえ、ちょっとした仕事でね」
「え、まだ現役で働いてらっしゃるんですか?」
俺は驚いた。かなりのお年やとお見受けしますけど。
「以前の仕事は引退しましたが……今は、ちょっとしたサイトの風紀委員長のような仕事をしておりましてな。まあ、以前の仕事も似たようなものだったのですが」
……元、公安の人間やったとか。そんな感じかな。
「実は我が国の婦女子によからぬことをしようという不届きな外国人を取り締まっていたところでしてな。その男といいますのが下手に高貴な生まれで、また諸国でも事件を多数起こしたという問題児でもあり……困ったものです。危うく国際間の大問題になるところでした」
俺は言葉を失って、そのお爺さんの顔を見つめた。
「……冗談ですよ」
ホッホッホッ、とお爺さんは目を細めて笑った。
あなたならありえそうな話やと一瞬、思ってしまいましたわ。
俺も微かに笑い返した。
「……サイト上の男女の付き合いにて取り締まるのが私の仕事です。サイト上の関係というのは蜃気楼のように不確かなものであり、ゆらゆらと輝いて見えるものでしてな。お互いの顔が見えないからこそ、魅力的なのでしょうが。現実では男も女も距離が近すぎると、相手のことを取るに足らない存在としてみてしまうようです。そして実際には遠い幻の相手……ネット上の相手に憧れを持ち、その相手こそが理想の素晴らしい相手だと錯覚してしまう。……しかし、本当に大切な存在というのはいつもごく身近なところに存在しているもの。……あなたは「星の王子さま」をご存じかな?」
俺は頷いた。
俺の心に響いた本、ベスト10に入る本や。
マコはあんまりようわからん、て言っとったけど。俺は不朽の名作やと思う。
「本当に大切なことは目に見えない。バラがかけがえのない大切な存在であることに、たいていの者は気が付かない。失って、初めてそのことに気が付くのです」
じわ。
俺はまた涙が目に浮かんできた。
バラがマコに重なった。
「おお、すみません。あなたはちょうど心が弱っておられたところでしたかな。そういう人間にはこのお話は厳禁でした」
いえ、と俺は目頭を押さえた。
なかなか気が付かんかった俺が悪かったんや。
「あ、どうやら迎えがきたようです」
お爺さんは言ってゆっくりと杖にもたれかかりながら立ち上がった。
え?
お爺さんはホォゥムを線路へと歩き進む。
いやいや、終電はもうちょっと先で。来るのは回送列車かなにかですよ。
そう言おうとして俺はやってくる列車の姿に言葉をのんだ。
な、なんや、これ。
この路線で見たことのない列車やった。
い、いや、これどこかで見たことがあるぞ……。
鉄道博物館でこれと似たようなの見た覚えがある。
確か、北海道開拓使の政府高官専用列車で。
美しい白い車体には紫がかった小花、唐草模様が描かれていて。
車内の天井はイスラムのモスクのような繊細な幾何学模様になっていて。
座席は磨かれた木やった。まるで宝石箱のような列車や。
その列車は速度を落とし、ちゃんとこの駅に停車した。
真ん前の車両に外国人の可愛い少年と、優しそうな男の人が座っているのが見えた。
その少年が窓を上に開けて顔を出し、明るい声を上げた。
「先生! この駅は、『たこ焼き』の匂いがします!」
「ラジニ君。あんまり身を乗り出さないように」
先生と呼ばれた男の人がたしなめた直後。
その少年の奥から、さらににゅっと猫の顔をした奴が顔を出して、俺は心臓が飛び上がるほどびっくりした。
ね、猫や! こいつ、顔だけが猫!
「『たこ焼き』も『お好み焼き』も、粉モンには紅生姜が欠かせないのですよ」
しゃ、喋ったで、あの猫。……割と渋い男の声やな。
「そうなんですか、ベニ・ショォゥガさん」
猫男の言葉に美少年は素直に頷く。
俺はその猫男をドキドキと観察した。顔の下はスゥゥツを着た普通の男性の身体やった。
あれ、かぶりもんやんな? そうやろ?
……それにしてはホンマの猫みたいに小さい顔してますけど。
猫+列車、で俺はなんだか「銀河鉄道の夜」を思い出した。
そのとき、列車の扉が開き、中から一人の女性が現れた。




