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第八話 城下町

急いで書いたので、短めです。

「ヴアム……。アタシは、ヴアムのこと……、ヴアムのこと……」


 シーケットは微かに嗚咽を漏らしながら、僕の目を真っ直ぐに見つめていた。その瞳は、何かを執拗に求めているかのようだった。

 だが、それが分からぬ僕は、彼女の目から視線を逸らすことも出来ずに、ただ口を閉じたまま手をきつく握り締めるだけだった。

 シーケットは口元に儚げな笑みを浮かべると、顔を僅かに俯かせた。


「……そうか、今のヴアムにはアタシが、本当に初対面の他人にしか見えてないんだな」

「そんな……、こと…………」


 否定をしてあげたかった。けれど、僕の顔を真正面から見てそう言った彼女に対して、そんな虚言に意味があるとは思えず、言葉が詰まってしまう。


「けど、ヴアムが戻って来てくれて、アタシは本当に嬉しい。……それは今のヴアムにも分かって欲しい」

「……うん」


 シーケットは、くしゃっとした泣き顔のまま、目一杯に笑って見せてくれた。

 その僕の為にしてくれた笑顔に、気付かず自分の胸は大きく跳ね上がっていた。今までとは違う苦しさが、心中に溢れ始める。

 その時の僕には、とても目の前に居る少女が初対面の他人とは思えなかった。


「なあ、アタシは今のヴアムでもいいよ。……アタシのことを忘れたままでもいい。……だから……」


 シーケットはそう言いながら歩み寄って来て、両手をゆっくりと伸ばす。そして、僕に抱き着いてきた。

 眼前が、儚く微笑む少女の麗しい顔で埋め尽くされた。

 その大きな赤い瞳も、褐色の水々しい肌も、銀色に輝く髪も、全てが幻想的な輝きを持っていた。

 けれど、そんな今まで一度も見たことも無い、あまりに美しい光景が目の前にあって、僕はその魅力に耐え切れず思わず彼女の肩を軽く押して引き離してしまう。

 抱き着かれていたシーケットの身体が一歩先にまで遠ざかる。僕はその時の彼女の表情を見ることは出来なかった。


「…………」

「…………」


 しばらく、僕らは言葉も無くその場で立ち尽くした。

 見れば、やはりシーケットは僕に微笑みを向けてくれている。けれど、そこから悲しみの色が消えることはなかった。

 そして、彼女は、ぽつり、と呟いた。


「……しばらく、一人にしてくれ」


 誰もが、何も言わずにその場から静かに歩き出していた。

 僕は扉から出る時、ちらりと後ろを振り向いた。

 こちらに背を向けて立ち尽くしていたシーケットが、どのような表情をしているのか、どうしても僕には分からなかった。



       × × ×



「ではヴアム様。しばらくは街へ足を運んでみてはいかがでございましょう?」

「街へ? それって城の外に出るってことか?」

「はい。先程のヴアム様の話通り、あなた様にこの世界の記憶が無いのでしたら、この世界のことを知るには良い機会だと思われます」


 僕らが廊下へと出ると、執事のセバスチャンがそんな提案をしてきた。

 あまり気乗りもしなかったが、僕もセバスチャンの言葉には同感であるので、言われた通りにしてみることにした。

 その旨を伝えると、セバスチャンは数人の護衛を付けて外に出ることを勧めてくる。それを了承し、僕は特に準備もせずに街にへと出かけるのだった。

 そして、邪魔くさいと思っていた横嶋は、セバスチャンに頼んで城内に留めていて貰った。かなりギャーギャー文句を言っていたが、先程シーケットに余計な事を言ってくれたので、耳を貸す気にもなれなかった。



      × × ×



 城を出た先の街は、とても華やかな雰囲気に包まれていた。

 中世ヨーロッパ風の石造りの家が建ち並び、それに会ったパン屋や衣服店など、高度な機械などの無い古風な文明に興味を惹かされていた。

 そして、街には様々な『人種』が居ることが分かった。

 僕と同じように普通の東洋人のような見た目の人も居れば、ダークエルフや、金髪にとんがり耳の普通のエルフ。犬耳や猫耳を生やした獣人と呼べる人間も街を所狭しと歩いていた。


「凄いな。……この世界には色んな事に驚かされる」


 ちなみに、僕はフードの付いた服で顔を覆い隠し、周囲の人間からヴアムだとばれぬように最大限の注意を図っていた。

 ついでに、一緒に来た執事のセバスチャンと、護衛に来た二人の東洋人風の男も、この世界で一般的な服装と思われる軽い布地で出来た地味めの服に身を包んでいる。 


「ん? なあ、セバスチャン。あの人たちは何なんだ? あのガッチリとした装備をして剣とかの武器を腰に吊るしてる集団」

「ああ、あの方たちのことでございますか?」


 僕が指さす先には、街路を歩く戦士のような格好をした集団だった。けれど、その雰囲気は自由奔放といったものがあり、街を巡回する国の兵などには見えなかった。


「そう。あいつらも盗賊か何かか?」

「いえ、彼らは違います。おそらくは【冒険者】でしょう」

「【冒険者】?」

「はい、主に【ギルド】から配布される任務などから生計を建てる職業の方達でございます」

「へえ……」


 【冒険者】【ギルド】といった、ファンタジー御用達の言葉に僕は思わず感嘆の息を漏らす。とはいえ、それも翻訳魔法の影響が大きいのだろうが。


「しかし、あまり他人にお勧め出来る仕事でもございませんがね。冒険者はその腕っぷしで全てが決まり、優劣も激しい職業なので、安定はしない仕事でございますから」

「ふうん、やっぱり危険なのか?」

「そうでございますね。冒険者が任務中に亡くなられる話などは日常茶飯事でございます。おそらく、彼らはこれからギルドへ向かい、任務を受ける所か何かでございましょう。……もしかすると、興味がお有りで?」

「まあ、無いことはないけどね。でも、取り敢えずは街の色んな所を見るのが先かな」

「かしこまりました。では、ご興味がある物がありましたら、ぜひ私にお尋ねください」


 セバスチャンは軽く会釈をし、そのまま街の奥へと僕を案内する。

 と、その時だった。

 僕の目にとある光景(、、、、、)が映り込み、不意に足を止めた。


「どうなさいました、ヴアム様?」

「なあセバスチャン。……あれって」


 言うと、セバスチャンは顔色一つ変えずに返答した。


「あれは、『奴隷』でございますね」

「……奴隷」


 視界の先には、あまりにもボロボロの姿で、とても一人で持ちきれそうにない荷物を運ぶ、僕と同い年くらいの少女が居た。

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