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第六話 ヴアム邸

「ところでヴアム様。あなた様と共に居た他の外国人達はいかがいたしましょう?」


 僕がこの世界に居たかつての自分に頭を悩ませていると、不意にデハードさんが僕にそう尋ねて来ていた。

 そういえば自分のことに手いっぱいで他の生徒達のことを忘れていた。

 馬車から外をちらりと見ると、百人以上の生徒が歩きながら、僕らの後ろに続いて歩いている。下手に暴れられないように彼らの手縄は未だにつけられたままだ。


「ああそうか、他の生徒達のこともちゃんと考えなきゃいけないのか……」

「はい。彼らもヴアム様動揺に別の世界から来たのでしたら、この世界に居場所はまだ存在していないのでしょう? もちろん、元の世界に戻る方法があるのなら、それが一番なのでしょうが……」


 当然、元の世界に帰る方法など分かる訳がない。僕らは歩いて来た訳でもなく、乗り物に乗ってきた訳でもなくこの世界に来たのだ。帰り道など誰にも分からない。


「……僕らは、ここにどうやって来たのかも分からないから、元の世界に戻るのは自力では無理だな。もし、この世界に居る人間の誰かが、帰り方を知っていてくれると有難いんだけど」

「申し訳ありませんが、私の知る限りそのような人物は居ませんね……。その上、そんな異世界に興味を示して研究している人物にさえ心当たりがございません」

「だよなあ……。あっ、そういえばさ、話は変わるけどデハードさん達は最初、どういう目的で僕達を捕まえたんだ? やっぱり奴隷として売る為だったとかか?」

「ああ、いえ、私たちは怪しい集団がこの国に入り込んだのだと判断したので、国へつき出す為に捕えたのです。これだけの人数で奇妙な格好をしていますし、見慣れぬ建造物と共に突如現れましたからね。転移魔法で攻め入ろうとしているのだと思いましたよ」

「へえ、意外だな。デハードさん達って盗賊団なんだろ。何で国を守るようなことをしてるんだ?」


 僕は彼らが盗賊団だと聞いているので、当初の僕らなど金づるにしか見えていないのだと思っていた。


「いえ、ヴアム様の考えられているようなことも他国では普通にしているのですが、この国の中ではそのような盗賊行為を禁止されているのです」

「え、盗賊行為が禁止?」

「はい。その代わり他国に行けば好きなだけ盗賊行為が出来ますし、この国に入れば他国もこの国を恐れて追尾しようとはしないのです。なので、この国の範囲に居る中ではルールは厳守しております。もし追い出されれば、行き場を失いますからね」

「……成程ね。というかルールって?」

「色々とありますが、その一つとして国に現れた怪しい人物は、原則として国に差し出さなければいけないのです。後は大体、私たち盗賊が勝手な行動を取らないよう戒めるような内容です」

「ほお……」


 意外と盗賊達の扱いに手慣れた国であることに、妙に僕は関心させられていた。


「それで、いかがしますか? この外国人達はこの場で解散させる方がよろしいですかな?」


 デハードさんが再度そう尋ねてきて、僕はどうするべきか少しの間悩む。


「……そうだな、取り敢えずはこの国のお偉いさんの所へ連れて行こう。そこで扱いを決めて貰えないと、この国で生きるのなら難しくなりそうだし。……えっと、じゃあこの国で一番偉い人って言うと……」

「現時点では、ヴアム様の代理を務めていますシーケット様、ということになりますね」


 そういえばシーケットさんは僕の後任役だと言っていた。つまりヴアムが乗っ取ったこの国の支配権は現在では彼女の物になっていることになる。


「……結局は、その許嫁のシーケットさんの所に行かないといけないのか……。自分を見てどんな反応をされるか怖いけど、仕方がないな」

「そうですね……。ですが、そこへ行かないと様々な事柄が先には進みませんので。……では、進路は変わらずシーケット様のお屋敷ということでよろしいですね?」

「……ああ」


 そうして、僕はそこから三十分程、更に馬車に揺られて先を進むのだった。



       × × ×


 

 しばらくして、僕が馬車に運ばれて連れてこられたのは、一軒の()だった。

 馬車から降り、石造りの地面に足をつくと、街の中心街と思われる整えられた西洋風の街並みや、そこを歩く珍妙な格好をした様々な人々よりも、僕は真っ先にその豪勢な城へと目が向かっていたのだ。


「……お屋敷って見た目じゃないな、ここ」

「そうですね、ここは以前は王家の城でしたからね。国を乗っ取った後にそのまま『ヴアム邸』として使っているのです」

「……ヴアム邸って、この城に僕の名前がついてるのかよ」


 目に映るその城はそこらの野球場など幾つあっても足りなそうに見える広さで、雲にも届きそうな場所に屋根があり、その巨大さにただ圧巻させられていた。


「……街の外から見てもこの城は目立ってたけど、近くで見ると言葉を失うな」


 僕がそんな感想を漏らしていると、同じく馬車から降りたデハードさんが僕の先にすっと進み、手のひらを城の門へと差しだした。


「さあ、こちらでシーケット様がお待ちですよヴアム様。話は通してあるのでこのまま入って頂いて結構です」

「あ、ああ。分かった」


 僕はゴクリと息を飲み、何とも言えない緊張感に包まれながら足を城の門へと進める。

 何人もの門番がそこには居たのだが、僕が近づいて来ると礼儀正しく敬礼をして出迎えていてくれた。

 しかし、心なしか門番の瞳には畏怖の念が混じっているようにも見える。しかも、ふと周りを見れば街路のあちらこちらに居る市民と思われる人も、どこか怯えた様子でチラチラと僕の様子を伺っていた。


(まるで魔王でもやって来たみたいな反応だな……)


 僕は口から重たい息を吐き出して、ギギギと開かれた巨大な門の中へと入ろうとした。

 だが、不意に背後から掛かってきた声によって、僕は足を止めた。


「待って野原!」


 そう僕が本来の世界で呼ばれている名前が聞こえ、反射的に振り返った。

 すると、そこで僕の名を呼んでいたのは、ついさっき殺されかけたばかりの女子、横嶋だった。手縄と足縄は外されているようで、こちらへと駆けて来ていた。

 彼女が僕に一体何の用だ、と思っていると、尋ねるまでもなく横嶋から口を開いていた。


「ねえ、アンタ……、これからどうするつもり?」


 横嶋は不安げな様子で、何故か時折チラチラと目を逸らしながらそう聞いてきた。


(ああ、そうか、こいつらは翻訳魔法を使われてないから、ダークエルフ達と話も出来てないのか)


 思うに、僕らの話を聞いていない彼女を含めた生徒達は、自分達がこれからどうなるのか不安で仕方がないに違いない。

 そこでダークエルフ達と何故かコミュニケーションを取れている僕からその情報を聞く為、横嶋が代表して来た、ということだろう。


「そりゃ翻訳魔法で話も出来ないお前らが、自分達の状況を不安がるのは当然だよな」

「ほ、翻訳魔法? 何の事か分かんないけど、とにかくアンタ大丈夫なの?」

「あ? そうだな……まだよく分からないけど、取り敢えずお前らの安全と元の世界に帰れるまでの生活の確保は出来るかもしれない。それと、ダークエルフ達がまたお前らを襲う事も無いだろうから大丈夫だ、とまあ、他の奴らに伝えといてくれ。……まあ、その為にはこの城の中に居る人間と話をしなきゃ駄目なんだがな……」

「違う! 私はそういうことを聞いてるんじゃなくて……、だ、だからっ!」

「はあ? どういうことだよ」


 何か話がかみ合っていないようで、僕は横嶋に向けて首を傾げる。


「だ、だから、私はアンタがこの城に入って大丈夫なのか、って聞いてんの! また私の時みたいに自分が犠牲になるつもりじゃないでしょうね!? ここで何をするかくらいは教えてよね!!」

「……何でそんなこと聞くんだよ?」


 僕は横嶋の態度に違和感を感じた。

 僕は彼女が聞いてくる話が自分達の安全を尋ねる内容だと思っていたのだが、どうしてか僕の心配をしてくれているようなのだ。

 随分前のことに感じられる学校生活では、横嶋は僕の事など格下のどうでもいい人間としか捉えていなかった。

 よく見れば、横嶋の頬は心なしか少し赤らんでいる気がする。それに、その瞳もまるで本気で僕のことを心配しているかのように潤んでいた。


(そうか、分かったぞ)


 僕はあることに気が付いて、横嶋をギロリと睨み付けた。


(こいつ、この世界で唯一ダークエルフと話し合いが出来て、有利な立場にある僕を利用しようとしているのか。……たしかに僕に気に入られれば得する部分は大きいのだろう。何て奴だ、どこまでもゲスな根性をしてる……)


 僕は横嶋の本意がそうに違いないと判断し、彼女へ強い口調で告げた。


「別にお前に心配される筋合いは無い。それに僕が何しようと勝手だろう。じゃあな」


 僕は身を(ひるがえ)して、横嶋を放って先に進もうとした。

 だが、僕の手がバッと掴まれていた。


「だったら、私も行くから! 絶対に!!」

「は? ……いや、来るなよ。邪魔なだけだから」

「何その言い方!? 無理! 私も行く。はい決定!!」

「……子供かよ」


 横嶋はむきになり過ぎて顔が真っ赤だ。僕はどう説得すればいいものかと頭を悩ませる。


「ああ、あのな、詳しいことは後で説明してやるけど、どうやらこの城には僕の許嫁が居るらしいんだよ」

「い、許嫁!? 何で!」

「……僕が聞きたいくらいだけど、とかくその許嫁がこの国で一番偉い人らしいんだよ。なのに、他の女が付いて来てたら気分を損ねるかもしれない。だから――」

「――なら余計に行く! 絶対に付いてくから!!」

「あ、あのなあ……」


 宥める為に説得したつもりが、どうしてか余計に焚き付けてしまったらしい。鼻息を荒くして僕の真横にピタッと張り付く。

 僕は背筋がぞっとして一歩横に離れると、横嶋は顔を真っ赤にしながらもまた近づいて来る。


「……お前は僕の何なんだよ」

「え!? ちょっ、はあ!? べ、別に何でもないし! とにかく早く行くよ。中に用があるんでしょ!?」


 横嶋は僕の手を取ったまま、城の門へとズイズイと歩き出してしまった。


「ヴアム様、彼女も連れて行くのですか? ……一体、どのような会話をしたのですか?」


 気づけば、デハードさんが僕の一歩後ろで神妙な顔つきでこちらを見ていた。


「……会話は殆どしてないよ。大体が一方的に言われただけ」


 僕は横嶋に引っ張られながら、門をくぐって城の中へと足を進めるのだった。

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