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第二話 僕はとんでもない馬鹿だ。

僕は教室を見回して、周囲の反応を伺ってみる。


「なっ、俺達は……こんな意味の分からない所で、あいつらに何されるんだ!?」

「夢だ! 夢じゃなきゃ意味が分からない! こんなこと在り得ない!」

「ねえ、私たちどうしたらいいの!?」

「はあ!? 何がどうなってんだよ……。学校に居たら変な所にいつの間にか居て……、そしたら、あの肌の黒くて耳が尖った人間達が俺達を狙ってて……、えっと、それで……」


 生徒や教師の大半は、この突然起きた理解不能な事態に対して、ひたすら混乱し、意味の無い言動を発する者ばかりだった。 

 けれど、教師や一部の生徒は少しばかり理性的に動いている者も居り、他の人達に落ち着いて早くここから逃げることを言い聞かせていた。


「早くここから逃げるぞ! 全員廊下に出て階段を降りろ!!」

「校舎だっていつ崩れるか分からない! それにこのままじゃ、あの外に居る奴らに襲われるぞ!! 皆冷静になれ!!」


 その声につられてか、生徒たちが教室から出て行き、廊下から昇降口まで何とかまとまって走り出していく。

 僕もこの場所に居るのが危険だと判断してそれに付いて行く。殴られた跡が疼き、その足取りはおぼつかなかった。

 その途中で辺りを再び観察し、ふと割れた窓から外を覗いてみると、どうやら自分の居る校舎は三階が消えた状態で、丸々この草原の地に建っているようだ。この校舎がまるで車のように、ここに移動したと言えば良いのだろうか。

 そして、移動したこの場所は、おそらく……。


(もしかしてここは日本じゃなくて……、ましてや地球ですらない、別の世界なのか?)


 その自分自身の突拍子もない推理が、理由は分からないが妙に頭の中でしっくりきていた。

 もしかすると、それは僕がいつも考えていたことだからなのだろうか。

 あの鬱陶しくて面倒くさかった居心地の悪い世界から抜け出して、もっと自分に相応しい別の場所に行きたい、と。

 だから、僕はこの事態をいつも考えていた現実逃避の妄想と結び付けてしまっているのかもしれない。

 とはいえ、ここが別の世界だからといって、僕が望んだものが揃っている筈もないだろう。現に、今は謎の人間達襲われそうになっている最中なのだ。これから先の命があるのかすら分からず、言ってしまえば絶対絶命だ。望みも糞もない。

 と僕は今更、自分がこんな時に何を変な考えをしているのだろう、と自分の愚かしさに乾いた笑いが漏れた。


(だけど、……もし、ここが今日まで僕が望んでいてた、自分が自分らしく生きられる場所だとしたら――)


 そんな考えが混沌とした状況を無視して脳裏にちらつく。すると、こんな事態にも拘わらず。心中が高揚としているのに気が付く。

 だからそんなこと今考えるべきではない、とすぐに振り払い、僕は昇降口を目指して更に進んで行った。

 だが、何故か先頭の方に居る生徒達が、昇降口の手前で立ち止まっていることに気が付く。


「……何で皆、外に出てないんだ?」


 疑問に思い、僕は渋滞を掻き分けて、昇降口付近の様子を伺う。

 そして、昇降口の扉から外の様子が見えた時、もう僕は諦めの念を抱いていた。


「!”$%&()++>”%&~=0!!!」


 褐色の人間達が、馬から降りて既に校舎を取り囲んでいたのだ。

 彼らの風貌はファンタジー作品に出てくる『山賊』そのもので、強面の男達が皮で出来た服を着込み、いくつかの胸当てなどの装備と、剣と盾を手にしている。

 そして、褐色の人間らの手には、教師や女子生徒などが人質に取られていた。首元にナイフが当てられ、完全に抵抗が出来ない状態だ。

 その時、不意に僕の横に居る見知らぬ男子生徒が、ボソリ、と呟いた。


「やっぱり、俺らの敵なんだ。……あのダークエルフ(、、、、、、)みたいな奴らは」

 

 僕は心中で、そのダークエルフという言葉に対して、妙に納得させられていた。


(なるほど……、たしかに奴らはゲームとかに出てくるダークエルフにそっくりだ。褐色肌で、耳が尖ってて、よく見れば髪の毛も銀髪だ)


 そして、その男子生徒の言葉が引き金でだろうか、他の生徒達も僕らに牙を剥く謎の人間達を、いつの間にかダークエルフと呼び始めていた。

 そんな俺達の言葉など分かる訳がないのか、とにかくダークエルフ達は完全に身動きが取れない僕らに対して、やたら勝ち誇った笑みを浮かべる。


 生徒達、全員の顔が完全なる絶望に染まっていた。


 ただし、僕を除いた(、、、、、)他の生徒達、全員だが。

 不思議な事に、僕はこの状況を目にしても、不安感というのを殆ど持たなかったのだ。

 まるで、見慣れた光景を前にしたように。


       × × ×


 僕の手は縄で縛られ、他の生徒たちと一列になって歩かされていた。

 縄は前の人間と後ろの人間とで連結されており、逃げることの出来ない状態だった。

 生徒が百人以上、馬に乗る褐色の人間達に連れられ、草原の中を歩いて行く姿は圧巻だった。向かっている先はどこか分からないが、この丘を降りて進んでいるので、このままだと下に見えた街に着くのかもしれない。

 そして、おそらく僕らが生かされて運ばれているということは、何だかの目的がある筈だ。奴隷としてこき使われるのか、はたまたもっと酷い目に会うのかもしれない。特に女子生徒なんて何されるか分かったものではない。

 取り敢えず、僕らが絶望的な状況に居るには違いなかった。


(まあ、逃げた所で、こんな見知らぬ地でどうにか出来る訳でもないしな……)


 僕はひとまずこの褐色の人間達に従う方が最善だと判断する。


 ――だが、生徒の中には僕とは真逆の考え方をする、勇気に溢れる者も居たようだ。


「今よ! 皆走って!!」


 前方の列から、七人の生徒たちが突然に列から飛び出した。

 見ると、その生徒の縄はハサミかカッターナイフかで切断した後が残っている。たまたま持っていたのか、隠し持っていたのかもしれない。

 そして、その生徒たちは見覚えのある人間達だった。


(あいつら、馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、まさかこの状況で逃亡を図るなんてな)


 それは、僕のクラスメイトであり、クラスに僕の発言を言いふらしていた女の横嶋と、さっきまで僕をタコ殴りにしていた石田、そして、その取り巻きの五人だった。

 彼ら彼女らは何を考えたのか、この見通しの良い草原で、馬に乗るダークエルフ達に逆らったのだ。


(まさか、あいつらに何か逃げきれる策でもあるのか?)


 そう思ったのだが、彼ら彼女らにそんな策を考えていられる程の余裕は無かったらしく、ただひたすらこの場から集団で全力疾走しているだけだった。

 おそらく馬で追い付かれて一瞬で捕まるな、と予想したのだが、ダークエルフは僕の思いもよらぬ方法で奴らを捉えたのだ。

 

「“%’&(O0=:!!」


 ここから五〇メートルは先に居るダークエルフの一人が、突然、空に向かって手を掲げ、大声で何かを叫んでいたのだ。

 そして、次の瞬間には。


「嘘だろ!?」  


 ダークエルフの手が瞬く間に閃光を放ち、そこから幾つもの小刀が次々に飛び出し、空中に浮かび出したのだ。


(何だあれは……、ま、魔法?)


 そう考えるのが自然なくらいに、不可解な光景だった。

 そして、小刀が数十本は飛び出したかと思うと、それが手を輝かせるダークエルフの頭上に集まり、逃げ出した横嶋達に目掛けて刃先が向けられる。

 ダークエルフは躊躇することなく、数十本もの小刀を一気に凄まじい速度で飛ばしていく。

 それが横嶋達五人を正確に捉え、彼ら彼女らも、その攻撃に気が付いた。


「きゃああああああ!!」


 横嶋達はその攻撃を避けようと、必死にその場から逃げようと左右に走り抜けた。

 だが、小刀はまるでラジコンのように横嶋達が逃げた個所へ正確に進んで行く。

 そして、小刀がグザッと鈍い音を立てながら差し込まれた。

 彼ら彼女らの着ていた制服が、真っ赤に染めあがっていく。

 ドサッ、と五人はあっけなく地面に倒れ込んだ。


「…………ひっ」


 誰かの悲鳴が小さく響き、生徒達の顔は真っ青になっていた。

 僕は彼らが全員死んだのだと理解をしていた。見ていて気持ちの良いものでもなく、すぐに目を逸らそうとした。

 だが、その僕が見ていた五人の死体だと思っていた場所から――。


「た、……助けて……」


 一人、まだ息があったのだ。

 それは女子の横嶋だった。彼女は背中に数本の小刀が刺さりながらも、よろよろとその場から立ち上がった。当たり所が辛うじて良かったのだろう。

 しかし、ダークエルフが彼女をそのまま見過ごす訳も無かった。


「"_/'':*>|~=’>」


 ダークエルフの一人が、嗜虐的な笑みを浮かべながら、腰から剣を引き抜く。するとそのまま、よろめく横嶋のもとへと足を運んでいた。

 このまま彼女が殺されることは、きっとこの場に居る誰もが理解出来た。

 だけど、周囲の誰も横嶋を助けようと動き出すことは無かった。

 きっと、今の光景を見せつけられて、ダークエルフに敵う訳が無いと悟ったからだろう。

 とは言え、そうと分かった上でもクラスで横嶋の仲間だった筈の人間が誰も助けに来てくれないのは、きっと自分の命を投げ出す勇気よりも自然と優先順位が下だったからだろう。

 学校のグループ仲間など大半がそんなものなのかもしれない。多くの人間がただ自分が学校生活を満喫したくて、無意識に一緒に過ごしやすい相手を選んでいるに過ぎないのだろう。

 無論、その中にはちゃんと心から惹かれあって、親友としてお互いを思い合う間柄も必ず存在する筈だ。けれど、横嶋にはその相手が存在していなかった。

 だから、誰もが横嶋よりも自分の命が大事で、諦めてこの場では彼女を見捨てる。

 自分の命を守る余裕も無いのに、助けられる可能性など殆ど無いのに、構ってなどいられない。

 それは普通の事だ。むしろただのクラスメイトというだけで命を投げ出してまで横嶋を助ける正義感の方が気持ちが悪い。


 そうと分かっている。僕はそうと分かっている筈だった。

 それなのに、僕は――、

 横嶋を助けようと動き出す、偽善者の大馬鹿野郎だった。


(いや、これはあくまで自分の為だ。目の前で人が殺されるのがグロテクスで気持ち悪かっただけで、本当ならあんな奴死んだってどうでもいい!)


 気が付けば僕は、足元に転がる大きめの石を、ダークエルフ目掛けて全力で投げつけていた。


(何で僕はよりにもよって横嶋なんてゴミ人間を……) 


 凄まじい後悔の念に苛まれながら放たれた石は、鈍い音を上げて――、


 ダークエルフの頭に直撃した。


 ダークエルフの褐色の額から、タラタラと赤い血が流れる。

 そして、射殺すような眼差しが、迷わず僕へと向けられた。

 僕は諦めにも似た深いため息を、そっと吐き出した。

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