第0話 この現実世界に居たくない
つたない文章ですが、お付き合い下さい。酷評や展開の希望でも構わないので感想などいつでもお待ちしております。
プロローグ
気が付けば僕は、三年間『行方不明』になっていた。
そう聞いても意味が分からないだろう。大抵の人は僕が話を伝える気が無いのかと思ってしまう筈だ。
安心して欲しい。そう考えるのが正常で、ただ僕が異常なだけだから。
あれは今から五年前、僕が十二歳の時だ。
学校が終わった放課後の頃。僕はその頃から学校に上手く馴染めず、遊び相手も少なかった。だから、その日も自室でテレビゲームをして過ごしていた。
するとその時だった。あまりに突然のことで、前触れすらもなかった。
――僕はまるで意識が暗転したかのように、そこから先の記憶が途絶えたのだ。
そしてだ。
気が付けば、自分は少し様子の変わった自室に一瞬前と変わらず居て、けれど、僕は座っていた筈なのに何故か突っ立っていた。
しかも、どうしてか僕はまるで民族衣装ような、ボロボロの白いローブを身に纏い、手足には鉄球の付いた枷をはめ込んでいたのだ。
その自分の格好を見た第一印象は、『囚人』だった。
それも、ファンタジー系の映画や小説に出てくるような、中世ヨーロッパ風の異世界の囚人だ。
そして、自分の身体をよく見れば、視点がどうも以前より高くなっており、身体つきも妙に逞しくなっていた。他人の身体に乗り移ったかのような気がした。
しばらくその現状に呆然としながらも、僕は取り敢えず自分の親に相談しようと本能的に考えていた。手足の枷から伸びる重たい鉄球を引きずりながら、すがる思いで自室を出てからリビングへと向かった。
すると、そこには僕の母親が居て、キッチンで晩御飯の準備をしていた。見慣れた光景があることに凄まじい安心感を覚えながら、僕は「お母さん」と声を掛けた。
すると、何故か母親はその場で一瞬だけ身体を硬直させると、バッとこちらを振り返った。そして、僕を見てその目が見開いていた。
その反応に僕が違和感を覚えていると、母親の唇がわなわなと震えだす。
「た……拓也? …………えっ、あ、あなた本当に拓也なの?」
「え?」
意味が分からず、僕は固まったように立ち止まっていた。だが、母親が突然こちらへ駆けだして泣きつき、勢いに押されて数歩後ずさった。
どうしたのだと思っていると、少しして気を落ち着かせた母が、僕に自分の状況を色々と話してくれた。
そうして僕は、初めて自分が三年間もの間、行方不明だったことを知ったのだった。
そしてその後、僕は急いで帰ってきた父親にも泣きつかれ、しばらくすると警察の人にも色々と話を聞かれた。その変な服装は何だ? とか、その手足に付いている鉄枷は何だ? などだ。
けれど、彼らが僕に一番聞いてきたのは「三年間、何処でどうしていたのか」だ。
けれど、当然自分が行方不明になっていたことを把握すらしていなかった僕には、その質問にまともな返答が出来る訳が無い。
「本当に分からない」
聞かれるほぼ全ての質問に、淡々とそう返すしかなかった。
結局、僕の行方不明事件は全てが謎のままに幕を閉じた――。
第一章
突っ伏して寝ている机がひんやりと冷たく、学校の机独特の木の匂いがツンと鼻についた。
耳からは好きなアニメの音楽が流れ、自然と心が落ち着いて来る。
十七歳。高校生。将来の夢も特に無くそんな無難な要素しか持っていない僕、野原卓也の月曜から金曜日にかけての日常だ。
主に、朝少し学校に早く来過ぎてしまった日。授業の間の休み時間。昼食を食べ終えた昼休み等はこのような形で過ごしていた。
自分の心を教室からシャットアウトし、己の世界に浸る為の素晴らしい儀式だ。問題なのは、ふとした時に何とも言えない孤独感に駆られること。(べ、別に寂しくなんてない!)
子供の頃から友達は少ない方だったが、例の三年間に亘る行方不明事件によって、更に周囲から浮いてきていた。
けれど、その現状は殆ど自分の意志が招いた所がかなり大きかった。
(正直言って、クラスとか学校の奴とはあんまり関わりたくないんだよな……。何て言うか、あの危機感を感じずに毎日ヘラヘラしている感じが、妙にしゃくに障る)
そんな僕の考え方が痛々しいことには自覚していて、一般的に意識髙い系とか中二病あたりのカテゴリーに当てはめられてしまうのだろう。
何故、自分がそんな他人から鼻で笑われそうな人間になってしまったのか、僕自身も不思議だ。
それに、そんな僕の現状に満足している訳でもない。
分かる人には分かるかもしれないけど、ふと考えてしまうのだ。
自分の人生が何処に向かっていて、このまま生きていて何の意味があるのか、何で生きているのか、分からなくなるのだ。
これも、痛々しい人間に一貫する考え方なのだろう。
そんな青臭い想いを払拭するには、自分でもどうしたらいいか全く分からない。
少なくとも、周りのクラスメイト達と仲良くして、周囲の空気に合わせれば、いつか忘れることは出来ても、解決をすることが出来るとは到底思えなかった。
そして、僕は満たされない心から現実逃避するように、いつもこんなことも思っていた。
――こんな『場所』で生きて行きたくない、と。
少なくとも、この現実で僕は満足できる人生は送れない。
特に特技がある訳でもなく、顔は自分ではそこそこと思っても、周りの評価は平凡的。異性にモテた試しも無いし。特になりたい職業がある訳でもなくて、せいぜい目指して安定した公務員くらいだろう。
それに、この現実では自分が所属する集団の人間達も、大半が自由に選べない。
学校では決められたクラスで、社会人になれば決められた職場で、更には決められた家族の中で生きて行かなければいけない。
とはいえ、本気でその集団が嫌になり、本気で変えようと思えば、所属する集団なんていくらでも変えられるのだろう。それに、自分の能力さえあれば、所属する集団のルールすら決められる。
けれど、その集団が『多少』嫌な集団で、自分が特に他人より特化した部分もなく平凡的で、幾つもの余計な面倒事を増やしたくないのならば、結局そこに甘んじていた方が楽なのだ。
そして、その集団は自分たちの集団に『合わせろ』と強制をする。それに従わなければ、息苦しい生活を送り続けるのは自分だからだ。
そんな行き詰ったように感じてしまう僕の人生観が、嫌なモヤモヤで頭を一杯にさせる。
「ここじゃない何処かで、自分にもっと相応しい居場所があるんじゃないか……」
僕はそっと溜息を吐き、無意識にそんな馬鹿らしい言葉を零していた。
とその時。
「え……アンタ何言ってんの? 今のかなりキモいわよ」
そんな声が、自分のイヤホンから流れる音楽に紛れて、うっすらと耳に届いた。
どうやら不運なことに、僕の痛々しい言葉は誰かの耳に拾われてしまったようだった。
僕は自分が不用意に零した言葉に後悔の念を覚えていた。
今更クラスの人間にどう思われようがどうでもいいのだが、下手に関わるのも面倒臭い。なので、僕は顔を机にうつ伏せたまま聞こえなかったフリをする。
けれど、僕の肩をトントントンとしつこく叩かれ、流石に無視できなくなりイヤホンを耳から外し、顔を上げた。
「えっと、……何か用?」
「アンタ今、自分にもっと相応しい居場所があるんじゃないのか……って言ったじゃない? 頭大丈夫なの」
半笑いで馬鹿にするような声色でそう言われ、純粋に腹が立った。
そこに居たのは、僕のクラスメイトの女子だった。それも、殆ど関わったこともないが、このクラスで《目立っているグループ》に属する女だった。
たしか彼女の名前は横嶋といった筈だ。《目立っているグループ》に居るだけあってその容姿は優れていて、気の強そうな大きな目のある整った顔立をした少女。髪型をふわふわとカールした茶髪にしており、身長は僕より一回り下の165くらいで、全体的にチャラチャラとした雰囲気がある。着崩した制服がそのいい例だろう。
けれど彼女の容姿がどうであろうと、言動がムカつくことには全く関係性を持たないので、僕は嫌悪感を露わに目もろくに合わせず適当な言葉を返した。
「別に何でもないよ。……だから静かにしてくれない? 邪魔だから」
「はあ? 何アンタ、……マジでムカつくんだけど。ウザ」
そして、確実にこの横嶋の腹が立つ態度から、彼女は自分が僕よりも『権力が上』だ、ということが前提で話かけている。いわゆるスクールカーストだ。そんな権力、こんな小さな学校の中でしか通用しない物でしかないのだが。
けれど、ここではあと一年以上、そんな権力が有効になってしまうことも確かなのだ。
そう考えると僕は横嶋に対して更なるイラつきを覚え、八つ当たりするように睨み付けた。そして、彼女も全く怯まずにこちらを鋭くにらみ返す。
「…………チッ」
すると僕の相手をするのを諦めたのか、横嶋は明らかな舌打ちをしてから、自分の属する女子グループの下へ戻って行った。
そして、そのまま彼女はこちらをニヤニヤと見ながら、他の女子達とこそこそと何かを話し合っている。おそらく、今の僕が言った言葉を言いふらして馬鹿にしているのだろう。
(面倒くさ……)
僕はイヤホンから流れる音楽の音量を上げ、周囲の声が完全に聞こえないようになってから、全身の力を抜いてそっと瞼をおろした。
× × ×
泣き声が聞こえる。
「おぎゃあっ! ぎゃあっ! おぎゃあっ!」
どこの赤ちゃんが泣いているんだろう? と無意識に周囲を見渡した。
けれど、辺りのどこにも赤ちゃんは居らず、真っ先に目に映ったのは、全身を真っ赤にして汗を流す半裸の若い女性だった。
初めて見る人だけれど、何故か彼女の顔を見ていると妙に心が落ち着いていく。その紅色の長い髪。透き通った碧眼。優しそうに浮かべるその微笑み。
(何だ……この人。優しそうな顔なのに、赤髪に碧眼なんて、随分ファンキーだな……)
しかも、おかしいのはそこだけではない。
「:;。。vzv、;p^^-#”&?」
女性が言っている言葉が、全く訳が分からない。英語とか中国語では絶対無いと思えるイントネーションの言語で、聞いていると理解出来ずに頭が混乱してくる。
そして、よく見るとその女性がやけに巨大に見え、その腕はこちらに伸びており、僕の身体を抱きかかえているように見えた。彼女はその状態でこちらに何とも愛おしそうな視線を真っ直ぐに向けている。
その光景は、まるで……。
(この知らない女性は……、もしかして僕の母親なのか?)
――途端、そこで意識が急に飛んだかのような感覚に襲われ、僕の心臓がバクンッと大きく跳ね上がった。
「――――っ!」
僕は上半身を勢いよく起こした。胸が大きく上下し、息が酷く荒れている。
耳からは大音量の音楽が流れていて、モヤモヤとした視界には見慣れた学校の教室が映り込んでいた。まだ休み時間の最中のようで、生徒達が辺りをウロチョロとしている。
(今のは、夢か……)
今までの光景が夢だと分かった途端、凄まじい安心感に包まれ、僕はほっと一息をつく。
と、その時。僕は耳から音楽に混じって何か声がしていることに気が付く。
「……おい、おい野原!」
その声が自分を呼ぶ為のものだと気が付くと、くるりと視線を後ろへ流し、イヤホンを耳から外した。
すると、そこには顔をニヤつかせたクラスの男子達、数人が僕を取り囲んでいた。
彼らは総じてさっきの横嶋と同様にチャラチャラとした雰囲気があり、このクラスでのカーストはかなり高い人間だった。端的に言えば、一番クラスでうるさい男子達だ。
「なあ野原、くくくっ、横嶋から聞いたんだけどさ。お前って、自分にもっと相応しい居場所があるぅ、とか言ってたんだろ? 何なん、痛すぎだろ。くく」
「…………」
ああ、アイツが喋ったのか、と一瞬で大体の状況を把握していた。
「なあ、じゃあ何でお前こんな所に居んの? 早くここじゃない何処かに行けばいいじゃん。……ふははっ」
グループのリーダー格的存在の男、確か石田という奴が、笑い声をあげながら僕を煽ってくる。そして、取り囲むようにいる石田の仲間達も僕を鼻で笑いながら、「うわっ、いたたたた」「やべえな」と、その煽りを助長してきていた。
多分、彼らに悪意というものは存在していない。単純に自分達が楽しみたいから、良い笑いのネタになる僕へターゲットを絞っているのだ。このクラスでカーストの低い僕なら、いくら嘲笑しようと自分達が損することがない。いくらでも笑い者にしていい存在だと思っている。
そして、この笑いのタネを彼らに提供してくれたのであろう、先程の横嶋は、教室の角っこで他の女子達と面白そうにこちらへ視線を送っている。
僕は彼ら彼女らの視線の鬱陶しさに、思わず嘆息を漏らす。
(ここは何でこんなに面倒臭いんだろう……)
いっそのこと、暴力で黙らせられれば楽なのだろう。この人数差でも、やろうと思えば筆箱にあるカッターナイフで相手をすることは出来る。
だけど、そうすれば暴力問題となって更に面倒事に巻き込まれるし、凶器を手にした僕の方がイカレた人間として、社会という逆らえない権力から罰せられる。
こんな集団で人の内面をズタズタに踏みにじろうと、逆らう為には同じように先生や警察などの何かしらの権力をもってしないと、直接的な対抗は出来ない。
そんなことを考える度に、行き場の無い鬱憤が身体に溜まって行き、歯を強く噛みしめた。
けれど、僕に追い打ちを掛けるかのように、石田という男が僕の肩を両手で掴み、ふざけるように大きく左右に揺らしてくる。
「なあなあ、教えてくれよ野原ぁ~。何処に行きたいんだよ~、なあなあ~」
彼がふざける度に、周囲からは大きな笑い声が飛び交う。石田の顔を見れば、彼は自分が面白い空間の中心に居ることに満足そうな表情を含ませていた。
――そして、僕の堪忍袋の緒が切れた。
ドガッッ、と僕の右拳に鈍い衝撃が走る。
石田の顔面を、僕が全力で殴りつけていた。




