なよわも
繰り返し、その歌を頭に思い浮かべた。
歌詞、メロディー、リズム。
何一つ間違えないように、慎重に。
いつかその歌を歌えるように。
いつか歌えるように?
今は歌えないということだろうか。
だとしたらそれはなぜ?
空を見上げた。
とくに何もなかった。
飛行機や鳥が飛んでいるわけでもなく、
雲が浮かんでいるわけでもなく、
雨が降っているわけでもなく、
太陽や月、星がめぐるわけでもなく。
とくに何もなかった。
そこがどこであるのか。
それはさして重要な問題ではなかった。
たとえばビルの立ち並ぶ都会だったとしても、
たとえば木々の生い茂る深い森の中だったとしても。
わたしはそこに立ち尽くすのをやめ、
歩くことにした。
道はない。どこに向かっているのかもわからない。
目的とする場所があるわけでもない。
けれどとりあえず、歩くことにした。
それが今、わたしが持ち合わせている意志だった。
遠くのほうに、何かが見えた。
よくわからないものだった。
丸いようにも見えたし、四角いようにも見えた。
あるいは、どちらでもなかったのかもしれない。
よくわからないものだな、と思いながら、
わたしはそれに近づき、横を歩き、通り過ぎた。
通り過ぎてから思った。
やっぱりよくわからないものだったな、と。
誰かがピアノを弾いている。
ショパンの「ノクターン第2番」。
頭に思い浮かべていた歌はかき消された。
けれどそれは、別に困るようなことではなかった。
歩きながらそれを聴き、哀れな鴉のことを思った。
きっと今日も何も語らず、電信柱の上で静かに毛繕いをしているだろう。
それを哀れと感じるのは厭くまでわたしの価値観によるもので、
ある人にはそれは幸福かもしれないし、
ある人にはそれは取るに足らぬつまらないことかもしれなかった。
鴉がわたしたちを見下ろしながらそう感じるように。
風が吹いた。
匂いのない風。
強くはなかったけれど、
少し冷たかった。
ふと、この風がどこから来たのかが気になった。
わたしが来たところと同じだったらうれしいな、と思った。