本当に?
一体何がどうして、こんなことになってしまったのだろう。
明らかに避けている様子の優希君に、会話どころか挨拶すら出来ないまま一週間が過ぎた。
優希君とアドレスを交換してから、メールも電話もない週末なんて初めてで、とても不安になる。
だからといって「なに怒ってるの?」と気軽には聞けない。
全身から拒絶のオーラを発しているのは、いくらおばかな舞子でも分かる。
その拒絶の意味が分からないのが、大問題なわけで……恋って難しい。
「喧嘩でもしたの?」
頭上から降り注ぐようにして届いた声音にハッとなり、顔を上げる。
向かい合わせにした机に片肘を付き、掌に顎をのせた香奈ちゃんの上目遣いの眼差しに、今が昼食中であることを思いだす。
「けっ……喧嘩って?」
「優希君」
「……やっぱり、そう見える?」
様子を伺うように尋ねた言葉に、香奈ちゃんのグロスを塗った、ポッチャリとした唇から呆れたような長いため息が漏れた。
「見えるも何も、あんなにラブラブ~だったのに、全く口利かない、通学も別々だったら、普通に思うでしょ」
「そう……だよね……」
ラブラブ~だったかどうかは別にして、朝夕一緒だった舞子と優希君が、ずっと離れていたら、普通に変に思うよね。
そう思っているのは、多分、香奈ちゃんだけじゃない。
ここ最近、チラチラと舞子の方を見てはヒソヒソ話をする女子に、優希君とのことが噂になっているのではと思ったりしていた。
もうみんなの間では、お別れしたことになっているのかな。
みんなだけでなく、優希君の中でも。
だとしたら、悲しい。
悲しいなんて一言では、片付けられない。
もし舞子が『赤毛のアン』の主人公、アン・シャーリーだったら、絶望の言葉をたくさんたくさん綴れるのにな。
舞子ばかだから、言葉が思い浮かばないや。
そんなだから、優希君の怒りのスイッチの理由もわからないんだろうな。
「で、何があったの?」
グルグルとした考えに、どこまでも気持ちが沈んでいってしまう舞子を引き戻すようにかけられた香奈ちゃんの言葉に、部活動見学の時の出来事をポツリポツリと言葉にする。
話しているだけで気持ちが辛くなり、涙が零れ落ちそうになる。
そんな涙ながらの話に、香奈ちゃんはなぜが口元にはっきりとした笑みを浮かべた。
「なっ、なんで笑うの!?」
『愛人』というあだ名を持つ香奈ちゃんの艶のある笑みが驚きで、浮かんだ涙が一瞬にして目の奥に引っ込んだ。
「全然、笑うとこじゃないし!」
思わず席から立ち上がりそうな勢いでの突っ込みに、香奈ちゃんの艶やかな唇の口角が更に上へと向かう。
「ん~~~? だって、笑っちゃうじゃない。あんまりに可愛いくて」
「……誰が?」
香奈ちゃんの妖艶な微笑みも、ハミングしそうな声音での言葉の意味も分からず、思わず眉間に力をこめる舞子に、更なる笑みが向けられる。
「優希君」
「ゆうき……くん……?」
「わからない? 日比野先輩に嫉妬したんでしょう」
「優希君が!?」
目の前に隕石が落下したような衝撃的発言に、校舎中に響き渡るような声音と共に思わず立ち上がった。
絶叫と呼んでもおかしくない声量に、クラス中の注目を集めているに違いない。
けれどもあまりに驚きが大きくて、そのことを恥ずかしく思う気持ちの余裕などまるでなかった。
「嫉妬なんて、ないない!」
大きく開いた両手と頭をブンブンと振りながらの全身の否定に、不快とばかりに香奈ちゃんが綺麗に整えられた眉毛をひそめる。
「あら、どうして?」
「だって優希君、頭いいし……大人だし……」
「勉強と恋愛は別だし、大人子供は関係ないと思うわよ」
「そうだけど……」
香奈ちゃんの言うことはもっともだ。
それでも信じられない思いに、呆然と言葉を零した私に、恋愛を熟知した大人な笑みがニッコリと向けられた。
「その日比野先輩とやらと舞子が仲良くしてるから、面白くなかったんでしょう。焼きもちやくなんて、それこそ大人な優希君も、可愛いとこあるじゃない」