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どうして?

 あまりのフレンドリーさに、最初は少しというか、かなり怪しい人だなと思った日比野先輩。


 けれども話してみると、もの凄く感じの良い人だった。


 小学校まではカナダに住んでいて、黎明学園には中学受験で入ってきたのだそうだ。


 そうか。


 だから面識も記憶もなかったのか。


 これだけの美形がいれば、いくら学年が違うとはいえ、記憶に残るはずだもの。


 お父さんがカナダ人だという日比野先輩は、超絶綺麗な顔立ちをしていた。


 男の人なのに透けるような真っ白な肌。


 くっきりとした二重を彩る長い睫。


 ツンと上向き加減の高い鼻。


 細く長い手足。


 美術館の彫刻品のような容姿は一度見たら絶対忘れない、光り輝くような完璧なものだった。


 そんな近寄りがたいほどの美貌を持ちながらも気さくでフレンドリーな気質に、優しい人となりを感じた。


 部長に任命されるような人だもの。


 悪い人のはずがない。


 それどころかとっても感じが良くて、部員から慕われているのが少しの間一緒にいただけで分かっちゃうくらい良い人だ。




「日比野先輩、良い人だったよね~。感じ良いし、おまけにカッコいいし。成績の方も――」




「舞子!」




 まるでモデルさんのような容姿に、ホンワカした気持ちで思いつくままに言葉を綴っていた私は、怒鳴りつけるように名前を呼ばれて肩を跳ね上げた。


 驚きに向けた視線の先には、家庭部へ向けて歩を進めていたはずの足を止め、怒ったような面差しで拳を握りしめる優希君の姿があった。




「一緒に書道部に入ろう!」




「……はっ?」




 今まで見たことのないような怖い顔で叫ばれた言葉の意味が、すぐには理解出来なかった。


 抜けたような返事を返すのが精一杯で、ただ瞳を瞬かせる私に向けて、優希君が一歩大きく踏み込んでくる。




「舞子、書道部に入りたかったんだろう。どんな理由であれ、その意見は尊重されるべきだと思う」




「ちょっ……優希君!?」




「そうすれば確実に、一緒に帰れるし。夏休みとかに出る時も、一緒に出られるし。それが一番――」




「ストップ、優希君!」




 これまた聞いたことのないような早さで言葉を綴る優希君に向けて、押し止めるように開いた掌を向けて言葉を遮る。




「いきなり書道部に一緒に入ろうなんて、どうしたの、優希君」




「それは……いろいろ考えて……やっぱり同じ部活の方が……心配ないし……」




「心配? 心配ってなに?」




「それは……」




 確かに勉強が苦手でうっかりさんの舞子は、心配な部分がたくさんあると思う。


 でも、部活動だ。


 成績に関係ないし、何より運動部ではないのだから、他の人に迷惑をかける心配も怪我の心配もないはずだ。




「せっかくだけど優希君。舞子、美術部にする」




 30分前だったら、優希君の言葉はもの凄く嬉しかったと思う。


 今だって、一緒に書道部という言葉に気持ちが揺れないわけじゃない。


 でもやっぱり、美術部がいいなと思う。


 日比野先輩だけでなく、他の先輩方も優しそうだったし。


 上下関係とかない感じで、雰囲気良かったし。


 何よりまるで興味のない書道よりも、大好きな絵を描きたいと思った。


 優希君と同じ部活にしたいなんて、安易な考えで決めなくて本当に良かったと思う気持ちに綴った言葉に、優希君はなぜか大きく瞳を見開いた。




「どうして!? 舞子、書道部に入りたいって言ってたじゃないか!」




「うん。でも見学してみて変わった。やっぱり美術部にする」




 まるで怒っているかのように、漆黒の瞳を小刻みに震わせる優希君に戸惑いを感じながらもはっきりと意見を綴った。


 そんな舞子に腹を立てたように、優希君の面差しがキュッと引き締まったかと思うと掌が拳を作った。




「あの男の……せいか……?」




「あの男?」




「日比野! あの男が、背が高くてハーフで見栄えがいいからか!?」




「違うよ!」




 全然、全く予想もしなかったあまりの答えに、遠くを歩く女子生徒が振り返るほどの大きな声で私は否定した。




「日比野先輩は、関係ないよ! 純粋に絵を描きたいだけ!」




 叫んだ瞬間、脳裏ににこやかな笑みを浮かべる日比野先輩の姿が浮かんだ。




「まあ……日比野先輩がカッコいいっていうのは……事実だけど……」




 思わず付け足してしまった言葉に、火花を散らしそうな勢いで優希君は瞳を見開いた。




「あんなヘラヘラした男、どこが格好良いんだよ!」




「ヘラヘラって……」




「締まりのない顔して、馴れ馴れしく話しかけてきて! あんな愛想笑い浮かべたヘラヘラした男、腹の中じゃ何考えてるかわったもんじゃない!」




「何考えてるのかわらないのは、優希君だよ!」




 優希君が誰かのことを悪く言うなんて、これまで一度も聞いたことがない。


 そのことが衝撃だったのと、そんな優希君を見たくないという思いから堪らず叫んだ。




「最初に舞子が書道部に入りたいって言った時、ちゃんと考えろって言ったくせに! 今になって美術部やめて一緒に書道部に入ろうなんて、どうゆうわけ!?」




「それは……」




「人の悪口言う前に、ちゃんと理由を言ってよ! 舞子バカだからわかんない!」




 なぜ急に、一緒に書道部に入ろうなんて言いだしたのか分からない。


 美術部見学後の不機嫌な理由も、日比野先輩を悪く言うことも。


 全てが分からなくて涙混じりに叫んだ言葉に、優希君の顔が我に返ったように開いた。


 けど、すぐに気まずそうに面差しが逸らされる。




「とにかく、家庭部を見てから考えて――」




「いい!」




 いくら舞子が頭が悪くても、問題を摩り替えようとしているのがはっきりと分かった。


 弁護士を目指しているせいか、嘘や不正を一切許さない、優希君。


 その優希君の誤魔化すような態度が酷く許せなくて、ぶつけるようにして遮った言葉に、目の前の肩先が驚いたように跳ね上がった。


 だからといって怒りに似た感情を消すことなど出来ず、咆哮するように唇を開く。




「舞子、美術部にする! 優希君に何と言われようと、絶対美術部に入る!」




 叩きつけるように言葉を吐き出す舞子に、とても驚いた顔をした優希君が、二度、三度と漆黒の瞳を瞬いた。


 次の瞬間、発火したように目の前にある頬が紅色に染まった。




「勝手にしろ!」




 吐き捨てるように言った言葉と共に、優希君はクルリと身体の向きを変えた。




「優希君のばか!」




 優希君がなぜ一緒に書道部に入ろうと言い出したのかも、怒鳴るほどの怒りを抱いたのかも分からない。


 そのことに対する不安と戸惑いにぶつけた普段なら絶対に言わないような言葉にも、立ち去る優希君の足は止まらなかった。




「ばか……」




 繰り返した言葉がただただ悲しくて、涙が頬を滑り落ちた。




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