(1)
夏の強い日差しが容赦なく照りつける窓辺に少女は倒れこんでいた。少女といっても見た目が幼いだけの二十歳の女性。幼く見える原因の一つである高い位置のツインテールを放射線状に広げその蜂蜜色の髪に縁取られた陶器のような白い肌は強い日差しの中汗一つかかずに穏やかだ。フリルをふんだんにあしらったピンクのドレスに身を包んだ姿は人形のようだ。そんなお人形のような少女の長いまつげに縁取られた瞳が開く。生粋の日本人であるはずの少女の瞳はエメラルドグリーンに輝いている。少女の口が小さく開き
「あちーよー。」
と、見た目の可愛さとは程遠い言葉が飛び出した。神矢都芭璃〈カミヤトバリ〉は想像と現実と見た目と中身が一致しないと言う非日常を具現化したような少女だ。
「そんな所に転がってるからでしょ?自業自得じゃない。」
日当でゴロゴロしつつ暑い暑いと騒ぎ立てる都芭璃に静かに毒を吐いたのは都芭璃の親友兼お目付け役の今野由宇李〈コンノユウリ〉だ。彼女は部屋の中央に日差しを避けるように据え置かれた大きなソファーに腰掛けて紅茶を飲みながら優雅に読書をしている。
「だってぇ。今日は涼しくなるってお天気お兄さん言ってたもん。」
「お天気お兄さんって・・・何チャン?」
「えーと、5チャン。」
それを聞いた由宇李は盛大な溜息をつく
「そこのお天気お兄さんはずすって有名じゃない。それに今日は35度になるってネットに出てたわよ。」
「は?35度って真夏並みじゃん。もう9月だよ?」
そうなのだ。いくら暑いとは言え今はもう9月下旬、立秋などとうに過ぎ『暑さ寒さもタンタラリン』とかいう古ぼけた言葉を使うのなら涼しくあってしかるべき季節。そんな秋真っ只中にもかかわらず
「暑いよー溶けるよー何が秋だよーボクを灰にする気かー。」
と都芭璃が今にも消え入りそうな声で訴えるほどに暑い。だが
「なれるものならなってみなさいよ。だいたいこの部屋は室温20度よ。十分涼しいじゃない、そんな所にいるのが悪いんでしょう?」
そうなのだクーラーをガンガンに利かせた室内は外の日差しをものともしない涼しさだ。故に由宇李のいるソファー周辺は涼しいわけで、広さ約100畳のだだっ広い室内はどこに居ても、窓辺を除けば涼しいのだ。ならば何故都芭璃は暑い暑いと言いながら窓辺にいるのか、その理由は
「だってぇ部屋ん中暗いんだもぉん。」
と、別段暗くもない室内を見渡しながら口を尖らせる。確かに夏特有のギラギラとした光の差し込む窓辺よりは暗いがそこまで暗くはない。因みに二人がグダグダとどうでもいい会話をしているこの部屋は聖薇学院大学メディア文化学部メディア文学学科の研究室だ。本来学生であるはずの二十歳プラマイ1の彼女達が居座っていていい場所ではない。だが彼女達は学生ではないのだ。正確には学生だが、特例で単位の取得免除を許された天才である。まぁ授業に出ないで大卒の資格を貰う条件は
「君ら優秀だから授業でないで論文書いて。」
とかなりハイレベルなのだが都芭璃は遊び半分で書いたような論文が学会で認められたり由宇李にしてもそれなりに優秀な成果を出している。とまぁ、そんな風に天才と称されるような技能をその頭脳に備えた彼女達だが見た目は至って普通。いや、失敬。都芭璃以外は普通である。肩口までの黒髪を耳に引っ掛け読書をしている由宇李はブラウスにデニムのロングスカートと言うシンプルないでたちだ。まぁこれが普通の学生スタイルかと問われれば答えは『NO』なわけだが、窓際で蜂蜜色のツインテールを絨毯にして転がっている都芭璃も紅茶を飲みながら読書をしている由宇李も大学生には見えない。
「あーつーいー。」
都芭璃が訴えれば