第97話 『再びの六日月の危険な宝石』
じぃー、とその宝石を見つめるゲルダ。
少女には心なしかその視線が妙に鋭く、厳しいように感じられた。
「え、えーっと……ゲルダさん?」
「アリサちゃん、この宝石はどこで?」
落ち着いた声ながら、亜里沙には彼女がやや緊張している事が肌でわかった。
この感覚は前から……? 少女は軽く追憶してみるが、漠としていてよくわからない。
けれど少女は思う。もしかしたらこの直感めいたものもまた人狼化が進んだ影響なのかもしれない、と。
「え、えーっとですね、それはこの前アールヴと街に行ったとき……」
少女が身振り手振りを交え、あの街で起きたことを必死に説明する。
「刺された? アリサちゃんが!?」
「あ、はい……」
やけに強い口調で聞かれたのでつい気圧されたように答える。
ゲルダは己の顎を静かにさすりながら目を細め、何やら考えごとを始めた。
ただ……彼女が何を考えているかは一目瞭然であった。
彼女の背後で重力に逆らい宙に浮いていた翡翠の髪が、なんとも物騒な剣の形になって素振りを始めたからだ。
「だ、だめですよぅゲルダさん! それに傷はもう治りましたから!」
「あら、そう?」
治った、と聞いて少しは安心したのか、彼女の髪が剣の形をほどいてゆく。
だが今度は替わりに棍棒の形となった髪の毛が、やはり背後で獲物に狙いを付けるかのように身構えていた。
「ふうん……なるほどね。それでそのコからもらったんだ」
「あ、はい」
「なかなか隅に置けないわねアリサちゃんも」
「? ? 何がです?」
「その年で男から宝石を貢がせるなんてなかなかできるものじゃないわ。おねーさん感心しちゃうな」
「わふん! そ、そそそそーゆーのじゃないですよー?!」
慌てて椅子の上で立ち上がり(品がないがこうしないと机の上に届かないのだ)頬を赤くしながら抗議の声を上げる少女。
ゲルダはくすくすと笑い、軽く手を振った。
「冗談よ冗談。本当にアリサちゃんは面白い子ねえ」
「きゃん……っ!」
みるみる顔中を赤く染め椅子の上に縮こまる少女。
そんな彼女を楽しげに眺めながら、ゲルダは再び宝石に視線を戻した。
「とりあえず宝石にはあまり詳しくないけれど……これについては心当たりがあるわ」
「ホントですか!?」
少女の嬉しそうな叫びを聞きながら……だがゲルダの唇は少し重い。
「それで……宝石が門外漢の私がなんでこれの鑑定ができるのかわかる?」
「え、えーっと……ごめんなさい、わかんないです」
素直に白旗を掲げる少女に、ゲルダは困ったような表情を浮かべながら翡翠の髪で作った指先で側頭部をコリ、と掻いた。
「だってこれ……魔法の宝石だもの。宝石については詳しくないけれど、魔法のものなら私の専門だわ」
「ふぇっ!? これって魔法の品なんですか!?」
ゲルダの肯首を受けて少女は腕を組んで太めの眉を八の時に寄せる。
「う~ん、そんなに高価なものだったらやっぱり返した方がいいんじゃないかなー……?」
そんなことえ想い悩める少女に、ゲルダは少しだけ肩の力を抜く。
「……アリサちゃん、その男の子に両親は?」
「さあ……わかんないです」
「でもこの宝石は両親が仮にいたとしてもその子は見せていなくって、そしてアリサちゃんとその子達だけの秘密……そうよね?」
「あ、えーっとハイ」
わけのわからぬままに素直に返事をする少女。
一体なぜゲルダはこれほど念を入れてくるのだろう。何が知りたくてそんな質問をしてくるのだろう。
少女にはその理由がいまいちわからなかった。
「なら……なおのことその子達には返さない方がいいでしょうね。命に関わるから」
「わふっ、命っ!?」
思わずぴょーんと飛び跳ねて背後の床に着地。
その後とっとっと……と跳ねるようにして後ろに下がり、手足を丸めて床にうずくまる亜里沙。
耳はへにょりと垂れ下がり、尻尾は股下にストレートに格納され、その全身を震わせながら怯えた瞳でゲルダの方を見ている。
あたかも叱られて怯える子犬さながらである。
「……わかりやすいわねえ。大丈夫よ。合言葉をいわない限り無害だから」
「あ、合言葉……?」
「もっとも日常会話で偶然出てきてもおかしくない言葉だから、下手に宝石を持ったままで会話なんかしていたら危ないかもしれないけれど」
ゲルダの言葉に少しだけ興味が引かれたらしく、そのせいで恐怖心が少し和らいだようだ。
少女はちょこちょこと間合いを詰めて、再び椅子の前までやってくる。
「その……それで、その合言葉を唱えるとどうなるんですか……?」
「そうねえ……誰かに使ったら……死ぬかしら?」
「わふんっ!?」
とっとっと……へにょり、ぺたん。
くぅ~んくぅ~ん。
「……ほんとにわかりやすいわねえ、それ」
部屋の隅で涙目で怯えながら哀願するような鳴き声をあげる少女に、ゲルダは毒気を抜かれたようにくすくすと笑った。




