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第91話 『再びの四日月の変化のいろは』

「制御って……? ふえ? もしかして私変身できるの!?」


 少女が真っ先に思い浮かべたのはやけにまつげの長い美狼が山の上、月をバックに背筋を反らせた決めポーズを取っているシーンと、アメコミ……というかカートゥーン調のボール状の乳房をさらけ出した人狼の女性やけにけばけばしいが親指を立ててこれまたなにやらええ格好しいなポーズを取っているシーンであった。

 ちなみにその雌の人狼は、なぜだか首にピンクのスカーフを巻いている。


「あ……」

「あ? なんだ?」

「アッチョンブリケ!」

「翻訳できる言葉で喋れ」


 両頬を手で押さえ、唇を半開きで突き出したような珍妙なポーズで少女が叫び、アールヴは顔をしかめながら苦々しげに呟く。

 ただアールヴは彼女の世界の住人ではなかったので、流石に「お前いつの生まれだ」という突っ込みまでは入れられなかった。


 ちなみに彼女のこの手の知識の主な源泉は彼女の家の蔵書にある。

 彼女の父親の書棚にあった本なのだ。

 これまで少女の奇妙な知識を考えるだに、彼女の父親は少々風変わりな人物なのかもしれない。


「別にこれ以上“濃く”はならねえよ。俺が言ってんのはコイツのことだコイツの」

「ふわっ! わふっ!? きゃんっ! きゅん、きゅ~ん! やめ、アールヴやめてぇぇぇぇ~~~!」


 人狼姿のアールヴが幾度も少女の頭に生えた犬……もとい狼耳を指で突き押す。

 意外な感覚にその都度少女はくぐもった声を上げ、アールヴは彼女の放つ声に妙に興趣をそそられてなおも指で責め立てた。


「わふ……くぅ~~~ん……」


 ぽて、と草原に倒れ込み鼻にかかった鳴き声を上げる亜里沙。

 その頬は妙に紅潮していて、太股が微かに震え尻尾がぐったりと垂れ下がる。


「……変な鳴き声立てんな」

「アールヴのせいでしょー!」


 がば、と上半身を起こし反論する亜里沙。

 なぜだか顔を背けてコリコリと鼻頭を掻いているアールヴ。


「もー、ビンカンなんだから気をつけてよー」

「お、おう」


 ぶー、と頬を膨らませて己の耳に指を這わせ手入れをする少女。

 それはなんとも手慣れた仕草であって、少女が己の耳の変化をすっかり受け入れていることが見て取れる。


「……で、私の耳がどうかしたの?」

「おお、そうだったそうだった。お前の耳と尻尾をしまう訓練をするぞって話だ」

「ふえ……? これってしまえるの?!」

「そりゃそうだろ。俺がどうやって人間に変身してると思ってるんだ」


 アールヴの言葉に驚いて思わず大声を問い質してしまう亜里沙と、腕組みをしたままこくりと頷くアールヴ。


「なんだ……でもそれなら街に行く前に教えてくれてもいいのに……」

「あの頃のお前にゃできなかったさ。お前の中の血が濃くなったからできるようになったんだ」

「へぇ~……」


 少女は感心したようにアールヴを見上げ、両手で己の両耳を優しく撫で、その後たしたしと弄んだ。興味津々であることはその左右にぱさぱさと揺れている尻尾ですぐにわかる。


「んじゃ、試しにやってみるか?」

「うんうん、やるやる!」


 えいやっ、と倒れた状態から一息に起きあがるとむん、と気合いを入れる少女。

 それを見てニヤリと笑う人狼。


「よーし、じゃあまずは耳と尻尾にどんだけ慣れてるかだな。まず耳を立てろ」

「うん!」


 ぴこん!

 少女の言葉とともに耳がピンと立ちひくひくと揺れる。


「よーし、垂らせ」

「はーい!」


 へにょ、と犬耳を垂らした少女が身体を斜めに向けて、いかにもな可愛らしいポーズを取る。


「えへへへ~、どう? どう?」

「……なにがだ?」

「ぷー、なんでもない!」

「??」


 ぷん、と顔を逸らし不機嫌になる少女にアールヴが怪訝そうに首を傾げた。


「なんだ、怒ったのか」

「あ、違うの違うの、怒ったって言うか……あ、そうだ、これって首飾りへのめーれーにならないのかな」


 なんとなく今の自分の気持ちを説明するのが気恥ずかしくて、少女は適当に話題を変える。


「んー、首輪が光ってねえから大丈夫じゃねえかな」

「そっか、なら大丈夫かな」

「よし、んじゃあ次は尻尾だ。立てて見ろ」

「おっけー! でも尻尾は生えたばっかしだからなあ……うんっ!」


 少女が気合いを入れると尻尾がぐぐぐ、と天頂に向く。


「よーし、なら次は垂らしてから内側に丸めてみろ」

「はーい……ってわきゃんっ!? ま、丸めるの以外にしてー!」


 丸めた尻尾に臀部や股間を刺激され、思わず変な声を上げてしまう亜里沙。

 この感覚にもいずれ慣れるときが来るのだろうか。


「? おう、じゃあ左右に振ってみろ」

「あ、それならわかるー!」


 ぱったぱったと尻尾を振り、得意げな顔をする少女。


「んー、だいたい問題ねえな。なら今の要領で耳と尻尾に意識を向けろ。そんで人間の姿を強く念じるんだ。元が人間のお前にゃあやりやすいはずだぜ」

「よ、よーし……!」


 むむむむむ……と目を閉じ気合いを入れる少女。

 その頭上の耳がぴくぴくりと震えると……まるでとけ込むように頭部に吸収されてゆく。


「……どうかな?」

「ほう、最初にしちゃなかなかだ。自分で確認してみろ」


 ぱたぱた、と泉に走り水鏡で己の姿を確かめる少女。

 そこには……確かに犬耳のない己の姿が映っていた。


 試しに側頭部をさわさわとしてみると……ある。

 確かに懐かしき人の耳が生えていた。


「おおー、すご~い! ホントにできたー!」


 ぴょんことジャンプして快哉を叫ぶ少女。

 けれど着地した拍子に奇妙な感覚が走ると……少女はしばし硬直した後おそるおそる水鏡をのぞき込む。


「アールヴアールヴ! アールヴゥ~~!」

「なんだ、大声出さなくても聞こえてらあ」


 とててて、と森から走ってきた少女が人狼の前で急停止する。

 そして己の速度にびっくりした様子できょろきょろと左右を見た。


「どうした。ちゃんと戻ってたろ?」

「でもでも、すぐに元に戻っちゃったよ?!」

「そりゃ耳と尻尾があるのが今のお前の“元の姿”だからなあ。ショックを受けたり気を抜きゃあ元にも戻るさ。ま、しまうことができたんならあとは慣れの問題だな。何度もやってりゃあそうそう簡単に戻ったりしねえようになるさ」

「へ~……」


 感心したように瞳を輝かせる少女。


「でもすごいねー。こんな風に出したりしまったりできるなんって。便利だよねー」

「……あんまり喜ぶとこじゃねえぞ」

「ふえ?」


 少女の楽しげな言葉に……アールヴは少しだけ苦々しげな口調となる。


「そりゃお前がただのニンゲンに狼の耳が生えただけの体から……変身生物になっちまったってことなんだからな」


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