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第8話 『三日月の対話』

「チ、チビじゃ……ううん、それは貴方に比べたら小さいかもしれないけど……」


 大声で反論しようとして、その狼の姿をまじまじと見つめながら徐々にトーンダウンしてゆく。

 犬にしては大きすぎる。狼なんて動物園くらいでしか見たことはなかったけれどこんなに大きな生き物だったろうか。

 確かに彼から見たら……自分なんて小さく見えるのかもしれない。

 けれどそれはそれとして、チビガキ呼ばわりは流石に酷いのではないだろうか。


「わ、私にはちゃんと志藤亜里沙っていう名前があります!」

「そうか、そりゃすまなかったな、チビガキ」

「~~~~~~っ! し・ど・う・あ・り・さ・で・す! それより! それより貴方のお名前は!」

「ん? なんで名前なんぞ聞きたがる」


 顔を顰めながら狼が問い返す。

 普通見知らぬ者同士が対話をするならお互い名乗り合うのが当然だと思うのだが、どうやら彼にとってはそうではないらしい。

 眼を細めたその狼は、少し刺々しいというか、その気になればいっそ一飲みできそうなその少女を、むしろ警戒しているようにすら見受けられた。


「だって名前を聞かないとちゃんとお礼が言えませんっ!」


 けれどきっぱりとそう言い切った少女の言葉にその狼は毒気を抜かれたように口をあんぐりと開け、やがて尻尾をぼすん、ぼすんと二、三度振ってぐるる……と低い声で唸った。

 犬嫌いな人間が見たら恐怖に怯えかねないしかめっ面……

 けれど少女には、なぜか狼の言葉がわかるその少女にははっきりと聞こえた。



 その狼は……愉快そうに笑っていたのだ。



「ふふ……ははは、そうかそうか。礼が言えないから名前を寄越せ、か。面白い事を言うな、チビ」

「む~~~」


 チビガキからチビに呼び方が変わる。これは昇格……と考えていいのだろうか。

 未だに小馬鹿にされているようで不本意な反面、その狼に認められたようでちょっぴり嬉しいと感じてしまい、それがなんとなく悔しくてついふくれっ面になってしまう亜里沙。


「悪い悪い。それがお前ンとこの流儀ってワケだ。いいだろう。俺の名前はアールヴだ」

「あー、るぶ?」

「アールヴだっ!」


 がうっ! と歯を見せて威嚇する。


「ごっ、ごめんなさい! え、えーっと、あーるぶ……」

「アールヴ!」

「あう、あーるう゛……うう、なんか言いづらい……」


 大仰に溜息をつく狼……アールヴにびくりとする亜里沙。

 狼がこんなに人間的な溜息をつくところを少女は初めて見た気がした。


「あの、その、狼さんもあの人と一緒に助けてくれたんですよね。えっと、とにかくありがとうございました!」


 ぴょこたん、と頭を下げる亜里沙にアールヴは少しだけ目を丸くする。


「ところであの人はどこ行ったんですか? あの人にもちゃんとお礼言わないと……」


 そこまで言い差して、そう言えば彼の名前をまだ聞いていないことに気づく。

 この狼は彼のペットかなにかだろうか。彼の名前も知っているのだろうか。


「いや、あの人ってお前、あのな……」

「えっと、あとその、ごめんなさい、名前、上手く発音できなくって……」


 怪訝そうな顔で少女を睨んだアールヴは、なぜかばうっと小さく吠える。

 彼女の耳には……それは何かに耐えきれず、思わず噴き出したように、聞こえた。


「ったく、しょーがねえなあ」

「きゃんっ!?」


 べしべし、とその大きな前肢で彼女の頭を叩くアールヴ。

 思わずびくりと身を竦めた亜里沙は、けれどさほど強い痛みを感じず、意外そうに少し太めの眉をひそめる。。

 目を開けてよくよく見てみれば、彼が己をはたいているのはちょうど肉球の部分であって、これでは確かにあまり痛くないはずである。


「……って、力強いちから強い! ちょっと痛いかも!(ペシン) かも!(ペシン)」

「おう、わりわり」


 調子に乗ってぺしぺしと叩いていたアールヴがその手を引っ込める。

 亜里沙はひりひりする頭部を押さえながら涙目でうずくまった。


「わりいな。ただ名前っつーもんはそう軽々しく人に告げるもんじゃねえ。特にここいらじゃな」

「? そうなの?」

「真名を知られりゃ完全にアウトだが、普通の名前だってあんまり他人に知らせていいもんじゃねえからな。特に魔法使い相手にゃ。だからここいらじゃあ親しい奴以外なら大概通り名とか渾名で呼ぶのが慣わしだ」

「まほー、つか、い……?」


 ぱちくり、と目をしばたたかせる。

 なんとも荒唐無稽な話になってきたではないか。

 けれど狼と当たり前のように会話している今だって考えてみれば十分に非現実的である。

 というか、むしろこの状況にさほど動揺していない自分の方がおかしいのではないだろうか。


 だが……なんとなく少女は思ってしまったのだ。

 この狼は悪い人じゃない、安心できる人……もとい狼なのだと。

 だから緊張感や恐怖が抜けて、こんな異常な状況を受け入れつつあるのかもしれない、と。


「おう。魔法使いだ。 ……なんだ、お前の国にゃあいねえのか?」

「う、うん、いない……かな?」

「なるほどな……商用の共通語も通じねえとこ見ると相当遠くから来たんだな、お前」

「そ、それがその、よくわからなくって……」

「あン? どういう事だ」

「ええっと、上手く説明できるかわからないんですけど……」


 少女は自分の身に起こった事をなるべく詳しく語り始めた。

 突然誰かに攫われたらしいこと。

 気づいたら地下蔵のような場所にいたこと。

 そこで怪しげな老人に首輪を付けられたこと。

 必死で逃げ出したけれど街どころか道路も見つけられなかったこと。

 体も心も疲れ果て、倒れたところにアールヴが現れたことなどを。


 彼女の話を一通り聞いたアールヴは、片眼を閉じてぐるるる……と唸った。

 何かに警戒している唸り方だ……と亜里沙にはなぜかわかってしまう。


「ははーん……そりゃあれだな、お前魔法使いに別の世界から呼び出されたんだな」

「へ……?」


 亜里沙は思わず間抜けな声を上げてしまう。

 目の前の狼はさらりと……けれどとんでもないことを言ったような気が、した。





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