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第87話 『再びの眉月の人狼混じり』

「お前なあ……」

「だってそうでもしないと助からなかったんでしょ? それじゃ仕方ないじゃん」


 呆れた口調のアールヴにあっけらかんとそう言い切る亜里沙。

 事実彼女はそれほどの衝撃を受けていなかった。

 アールヴに少し近づけた……そう思うとむしろ少し嬉しいくらいだ。


「そりゃあそうだが……本当にわかってンのか?」

「わかってるかって聞かれると……よくわかんないけど。だって人狼になんてなりかけたことないし」

「……そりゃあそうだな」


 完全に人狼化してしまったわけではないらしいが、それでもアールヴが謝るくらいなのだから結構危険なことなのだろう。

 少女は己がどれほどの危険人物になったのか腕を組んで考え込んで……その後ハッと気づいて自らの腕をまじまじと凝視した。


 毛は……生えていない。

 ホッとすると同時に疑念が浮かぶ。


 人狼混じりになったときは狼耳が生えた。

 ならば……それがいっそう進んだ今、いったい自分はどんな姿になっているのだろう。


「あっ、アールヴ! ちょ、ちょっと泉まで行ってくる! っきゃーっ!?」

「おい! 病み上がりなんだからそんなに慌てンな! 危ねえだろ……ってほれ言ったそばから!」

「だーいーじょーうーぶー……」


 勢いをつけて飛び起きて、そのまま階段を駆け降りようとしたところですっ転びそうになり慌てて壁に手をつきことなきを得る。

 気のせいか身体のバランスが妙に取りやすい。

 その後アールヴの叫びとともに首輪が紫の光を放ち、大慌てだった彼女は頭からざんぶと水を浴びたようにたちまち落ち着いた。


「う~ん、これも心が書き換えられたってことなのかなー」


 そう考えるとなんとなくイヤだけれど、アールヴに言われて落ち着けた、と考えるとそれはそれでさほど嫌ではない。


「結果はおんなじなのに……ヘンなのー」


 散歩にでも出かけるような足取りで、ゆっくりと森の中に入る。

 やけに凹んでいる不気味な胸は、勢い良く走ったりしなければそこまで痛まなかった。


「ふう、ついたついた……」


 湧き水豊富ないつもの泉にたどり着き、少女はおもむろに両手を合わせてお祈りを始める。


「神様仏様……ああそういえば神様ってどうなってるんだっけ?」


 なんとなく仏様はこの世界にいないような気はするけれど、神様みたいな存在はいるような気がする。

 以前も少し気になったけれどそういえば聞きそびれたままだ。


「とにかくお願いします! 鼻とかおひげとかは勘弁してください……っ!」


 ……とまあ、少女の願いは単純であった、

 女の子として許容できぬレベルでの外見の変化だけは避けたかったのだ。


 彼女自身自分が魅力的で可愛いという自覚はさっぱりなかったけれど(街であれだけ同世代の子供たちを誑かしておいて!)、それでも自ら望んで醜くなるのを好むところではない。

 まあ容姿が狼に近づくことを醜くなるだなんて言ったらアールヴは怒るかもしれないけれど、完全に獣化するならともかく中途半端な変化は違和感が大きい気がするのだ。


「あり……?」


 だが……泉をのぞき込んでも特に変化は見られない。

 容姿も元のままだし、鼻が伸びているでもないし、毛深くなっているわけでも髭が生えているわけでもない。


「じゃあいったいなにが変わったんだろ……」


 まあなんにせよ致命的な変化は避けられたようだ。

 少女は安心して尻尾をぱたぱたと振って……


「って尻尾ー!?」


 がば、と泉を再び覗き込む。

 自分の背中越しに……なんとも可愛らしいしっぽがぱたぱたと揺れていた。


「こ、これは……」


 泉に背中を向けながらうなじ越しに振り返り、己の背中を確認する。

 なんとも無理な体勢だけれど、他に鏡らしい鏡がないので仕方がない。


「わわ、ほんとにしっぽだ! しっぽ生えてる!」


 現在彼女が身に纏っているのはこの世界で購ったワンピースタイプの衣服であり、彼女の尻尾はスカートの下からその後ろ側を持ち上げるようにしてぴんと立っち、左右にはさはさと揺れていた。


「って……きゃー!?」


 ぽむ、と顔から火を噴きそのまましゃがみこむ亜里沙。

 だってこれでは背後から見たらスカートの中身が丸見えではないか。


「ど、どうすればいいんだろう。どうすればいいのかな? かな?」


 アールヴならどうするだろう……と考えてすぐにその選択肢を消した。

 どうせ彼ならそんなもの見えても別に気にもならんとかそんな返しをするに決まっている。


「どうしよう……ん~、尻尾用の穴を開けておくとか? 尻尾穴?」


 確かに針も糸もミスリル造りの短剣もあるし、それなりに手を入れをすれば尻尾用の穴は何とかなりそうな気がする。

 けれど……そんなことをしたらその衣服で街に行くことは諦めなければならないだろう。

 まああんなことがあった後にアールヴが街行きを許諾してくれるかどうかはわからないけれど。


「と、とりあえずなるべく尻尾を立てないようにすれば大丈夫かな……ひゃふっ?!」


 少女が少し気落ちしたせいか、尻尾はくるりとまるまっって彼女の股ぐらに収まった。

 そのふわふわの毛並みがお尻や股間を刺激して、少女は思わずみっともない叫びを上げてしまう。


「や~ん! これも困る! なんかこれも困るよー、アールヴ! アールヴー! ひゃぅうんっ!?」


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