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第77話 『晦日の子供たち』

「お前! 俺の縄張りで何やってんだよ!」

「ふえ? 縄張り?」


 少し高い位置で腕組みをしてふんぞり返っているその少年は、世辞にもいい身なりとは言い難かったがなんとも元気が有り余っていそうな雰囲気がある。

 年の頃は8つかそこらあたりだろうか。種族による寿命差などには考えの及ばぬ少女には、少なくとも己より若干の年下に見えた。

 まあ、身体的特徴を見る限りまず人間に間違いはなさそうではあるが。


「そうだそうだ! 兄貴の縄張りだぞ!」

「よそもんがうろちょろするなよ!」


 背後からの声に驚き慌てて振り向くと、いつの間にか自分を取り囲むようにさらに二人の少年がいた。

 いずれもややみすぼらしい格好で、かつて少女の周りにいた男の子と比べるとやけに目つきが鋭い。彼らの年齢はさらに低く、それぞれ6つか7つあたりだろうか。


 彼女がすぐに連想したのは学校のガキ大将である。

 まあ向こうの世界ではもはやなかなかお目にかかることができなくなったしまった存在ではあるが、子供向けのアニメなどでは未だにお馴染みの連中である。

 ただその手のキャラクターは基本体格がよくやや太り気味で、容姿としては十人並に描写されることが多いのだが、現在少女に講釈を垂れている彼らの容貌は彼女の知識的にはむしろ外国人……それも欧州の子供のそれに近く、目鼻立ちもなかなかに整っている。

 きっと大きくなったら結構な美男子になるのではなかろうか。

 そんなギャップが妙におかしく感じた少女は、思わずくすりと笑ってしまう。


「てめえ! 何がおかしい!」


 ガキ大将らしき少年が目をひん剥いて亜里沙に食ってかかる。

 実際彼らのような存在には注意しなければならぬ。この街のような経緯で成立した新市街は旧市街に比べて外からの流入が多く、往々にして治安が悪くなる傾向がある。

 となれば自然法で対処できぬいざこざを解決するための非公認の組織が幅を効かせるようになるものだ。

 それが自治団体や自警団のこともあれば犯罪者のこともあり、あるいはその両者を兼ねていることもあるのだが、いずれにせよ権力や暴力に長けた組織になることが殆どである。


 そうすると……貧しい子供達にも彼らの末端としての役割が与えられている可能性がある。子供だからとて安心はできないのだ。

 逆に彼らにそうした組織の息がかかっていないとしたら、むしろなかなかに目端の利く、侮れない集団であると言うことを意味する。


 子供だとてナイフ一本あれば人は殺せるのだ。

 なんとも物騒な話だが……見知らぬ土地では重々に気をつけるに越したことはないのである。


 だが……幸か不幸か、亜里沙にはそこまで思考を巡らせることができなかった。

 ただ彼らが怒っていることと、それが自分が街を勝手に動き回っ事が原因である、ということはすぐに察した。


「ごめんなさい。あなた達の縄張りだって知らなかったんです。これから気をつけますから」


 ぴょこたん、と頭を下げて素直に謝る。

 なんとも礼儀正しい態度にそのガキ大将は一瞬鼻白むが、同時に調子に乗ってますますいきり立つ。


「ダメだね。許さねえ」

「許さないんですか?」

「おう、お前の持ってるモンなんか置いてけ。身ぐるみ剥がされたくなかったらな!」


 ヘヘヘヘ……と卑しげに笑う後ろの少年二人。


「えーっと、えっと、渡せるものってなんかあったかな……?」


 ぽんぽんと自分の身体を確かめるように軽くはたく少女。

 無防備な態度と素直な言動、ずいぶんと立派な服装。


 少年達の視点で見れば、彼女は結構な資産家のお嬢様か何かに見えただろうか。

 こうしてみるとなかなかに愛らしい少女である。

 下層階級らしき少年達の視線にどこか下卑たものが混じるのは仕方ない事と言えるだろう。


「あ、こいつ生意気に毛皮(ファー)なんて持ってやがるぜ!」


 子分らしき少年が少女の腰に結んである兎の毛皮に目を留め、手を伸ばす。


「あ、それはダメッ!」


 一瞬のことだった。

 大声で叫んだ少女はまるで鳥のようにその場から大きく跳躍すると、彼らの背丈よりも高く宙を舞い、空中で背を反らしてくるりと半回転、そのまま片手を地面についてバク転をしながら距離を取り、腰を落としていつでも逃げられるように低く身構える。


 ……が、鋭い視線で様子を窺っていた少女の太めの眉が、暫くしてやや怪訝そうに顰められる。

 少年達の様子がどうにも妙だ。

 瞳を輝かせてこちらを見入っているような気がする。


「? あれ?」


 首を傾げる少女を見ながら……取り巻きらしき少年達がぼそりと呟いた。


「すっげー……」

「かっこいい……」


 そしてその言葉を聞いて……ガキ大将らしき子供がハッと我に返った。

 正味のところ彼もたった子分どもと同様少女の動きに見とれてしまっていたのである。


「あれっくらい俺にだってできらあっ! お前ら! そいつをふん捕まえろ!」

「合点!」

「わ、わかった!」


 兄貴分の命令に奮起し、たちまち見ず知らずの少女への敵意をむき出しにする子分ども。

 そんな彼らを見ながら……亜里沙は不思議なくらい落ち着いていた。


(捕まったらヒドいことされるかな?)


 恐怖も威圧感もあまり感じないけれど、だからといって安心はできない。ここは異世界で、自分の知らないことだらけなのだ。

 軽い気持ちで気を許したらどうなるか……少女は以前の人さらいの一件で嫌と言うほど骨身に染みていた。


(あーるう゛に迷惑をかけるわけにはいかないもんね……)


 足の親指に神経を集中し、いつでも走れる準備をしておく。

 皮肉なことに、その軽挙ゆえに危地に陥ったあの人さらいの一件があったからこそ……今、少女の心は沈着を保っていられた。

 だってあれより怖い経験なんて、そうそうありはしないのだから。


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