第76話 『晦日の少女探検隊』
「えーっと、あの青い旗が目印だから……うん、大丈夫!」
亜里沙は大通りを中心に駆け回り、周囲の地理を把握してゆく。
アールヴが入っていったお店もすぐにわかった。
人狼混じりになったからなのか、それとも人間として大きな街に慣れているからなのかのか、少女は走る先から脳内の街の地図を最新版に更新してゆく。
「あそっか、じゃあここを曲がれば……はい当ったりー!」
通ったことのない道でもこれまでの地図と照らし合わせれば繋がりを推測することができる。
幾度か軽く迷いながらも、少女はこの新市街の構造がだいたい飲み込めてきた。
「なんか……迷路みたい」
普通に通路が続いていると思いきや突然壁が飛び出してきて、しかもそれが左右にぐるっと広がっている。
ところどころで壁が取り壊されて道にようになっているが、まるで川にかかる橋のようにまばらなのだ。
そしてそのような壁が何重にも街を覆っている。
幾つかの大通りはそれらをすべて貫通しているので致命的という程ではないが、ここに住んでいる住人たちは結構不便なのではなかろうか。
「んーっと、壁がここからこう出てるから……あれ?」
道ばたに転がっていた金属の棒で地面に街の構造を簡単に描いてみたところで、少女はとある法則に気づいた。
「あ……そっか、この壁って旧市街の城門を囲むようになってるんだ……!」
つまりはこういう事である。
この街が発展してくるにつれ人口が増加し、遂に街から人が溢れることになった。彼女の故郷と違って城壁に囲まれたこの世界の街は無制限に拡張していくことはできないためだ。
そこで城門の一つを選び、そこに新市街を作ることになった。彼女の想像力の及ばぬところだが、もしかしたら街から溢れた人間がその辺りに野営するなりして屯していたのが事の起こりかもしれない。
当然外敵から守るために城壁で周囲を覆う。旧市街の城門を中心に、元の城壁と繋ぐように半円を描いて。
予算なのか溢れた住人の価値の問題なのか、壁はだいぶ低かったけれど、それでもそうして簡易な城壁が築かれ、人が住む用意が調った。
……が、旧市街から溢れた人間、あるいは外からそこに移り住む人間がどんどん増えていって、結局は新市街もいっぱいになってしまった。
そこで彼らはその外側に新たな城壁を築き、新市街を拡張したのだ。
けれどそこもまたすぐに埋まってしまい、さらに外壁を築き、そしてその都度壁と壁の間の町並みは詰め込むように埋められてゆく。
結果として……そこは幾重ものかつての外壁に囲まれた、混沌とした町並みが誕生したわけだ。
「……タマネギみたい」
少女は全てを理解したわけではなかったが、それでもこの街が拡張を続けた結果こんないびつな形になったという事は理解できたらしく、スカートからまろびでた健康的な生脚を組んで、太めの眉を顰めて考え込む。
「なんか……面白そう!」
そしてぺっかーと瞳を輝かせて、背後の雑踏渦巻く大通りの方に顔を向けた。
「よーし、あーるう゛が戻ってくるまで街を探検しよー!」
一人で「おー!」と片手を挙げて返事をすると、そのまま駆けだしてゆく。
一番内側の壁、その次の壁、またその次の壁……次々と見て回りながらそこにひしめき合っている建物を物珍しげに見学する。
彼女は故郷で欧風の建築物というのを見たことがあったが、それらとは受けるイメージがだいぶ違う。
もう少し雑多というか、いい加減な作りのような気がした。
ただそれでも故郷の建物より収まりがいいと感じてしまうのは、やはり周囲の建物と均整がとれているからだろうか。
故国のそうした建物はたいがい他の日本家屋とセットになっていて、単体ではともかく遠間で眺めると少々間抜けであった。
それを解消するにはテーマの決められた団地などにするしかないが、大概そうしたところは高級住宅地が多く、少女には無縁の場所だった。
一方でこの街の建物は雑多な造りながら全て似たような材質と構造であり、背後の城壁も併せて実に落ち着いた佇まいがある。
少女はこの街がすっかり気に入って、走るのをやめた後もとてとてと第三壁の外側を散歩していた。
「……おい」
「ふえ?」
と、そこで唐突に声をかけられる。
数瞬してそれが己に対するものだと気づいた少女は、怪訝そうに振り返った。
「……私?」
「ああ、オマエだオマエ。オマエなに人の縄張り荒らしてんだよ」
家でも建てるのか、積まれた石の上に腕組みしながら立っていたのは……
この街の住人らしき、腕白そうな少年であった。




