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第75話 『晦日の繁華街』

「ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」


 目をまん丸く見開いて、少女はその大通りをぱたぱたとせわしげに動き回っていた。


 なにか最近驚いてばかりのような気がするが、毎回毎回本気でびっくりしているのだから仕方がない。


 人混み、雑踏、物売りの威勢のいい声、喧噪……

 こちらの世界に来てから初めての大きな街である。


 初めて人里に降りた時も驚いたものだが、あの時の村落とはそれこそ規模が違う。

 しかもこれはこの街の全てではない。城壁の内側に収まり切らなくなった新市街……いわば街のおまけのようなものなのだ。

 あまりの人の多さに少女は酒を飲んだこともないのになにやら酩酊したような気分になってきた。


「あんまりはしゃぐな。うろうろすんな。おのぼりさん丸出しじゃねえか」

「だって、だってだっておのぼりさんなんだもんっ!」


 瞳をキラキラ輝かせながら振り返る少女に、人の姿をしたアールヴは呆れたように眉をしかめた。


「ともかくあんまり目立つな。いいな」

「はぁ~い」


 どことなく面白くなさそうな顔で返事をしたアリサは、けれどそすぐにわそわしながら周囲に目を走らせる。

 一方でアールヴの方は街の中だというのに妙にテンションが低い。まるで周囲の喧噪に欠片も興味がないようだ。


 二人の態度の違いは街への慣れも無論あるのだろうが、本質的には月齢の影響が大きい。

 今宵は晦日(みそか)……つまり新月の一歩手前である。


 人狼たるアールヴはその影響を受けて落ち込む……というほどでもないがだいぶ落ち着いた雰囲気になっている。

 無論亜里沙の精神にも月の満ち欠けが働きかけてはいるのだが、彼女は人狼混じりであってその影響はさほど大きいものではないし、今は彼女の人間としての本来の好奇心の方が勝っているのが現状のようだ。


「……ふん、ここか」


 地図を見ながら目当ての店を探し出すアールヴ。大通りから一本外れた裏通りの店だ。

 見た目はあまり宝石を扱うような店には見えない……というか、そもそも商品を扱っている店舗にすら見えぬ。

 なにせ看板もなければ呼び込みもない。軒先を見ただけではどんな店かすらわからぬのだ。


「これ、お店なの?」

曰くつき(・・・・)を扱うためのな」

「ふぇ? でもでも、酒場のおじさんからもらった普通のお品だよね?」

「曰くつきは俺らだよ」

「ああ……」


 確かに彼らが用意した宝珠はあの店主の言葉が正しければしっかりした来歴の品のようではあった。

 けれどそれを売る側の人間……もとい人狼には探られたら困る来歴があるのだ。


 そうした曰くつきの客を相手にしたり、あるいは曰くつきの品々を売買しているのがこうした店、というわけである。


「まあだいぶ買いたたかれるだろうが、貴重な現金収入のチャンスだからな」

「私は一緒にいた方がいーい?」

「んにゃ、外で適当に遊んでてくれ。後で迎えに行く」


 そこまで告げると扉の向こうに消えてしまうアールヴ。

 少女は「ちぇ~」と呟きながら道ばたの小石を蹴って大通りへと目を向けた。


「よし、じゃあせっかくだから遊んでくかな!」


 とはいえどれくらい遠くまで行っても大丈夫なのだろうか。

 こんな大きな街、完全に視界から消えてしまっては探し出すのも大変だと思うのだが。


「……やっぱり臭いで探すのかな?」


 けれど人間の姿をしてるときの鼻はそこまで微細にかぎ分けられない気がする。

 少女は巨大な狼の姿になったアールヴが鼻をくんかくんかとしながらあの大通りを闊歩する様を想像してぶんぶんと首を振った。

 さすがにそんなことはしないと思うが……さて、どうなのだろう。


「えっと……帽子を目深にかぶって……と」


 ぱたぱた、と裏通りから表通り……いわゆる大通りまで小走りに駆けてゆく。

 先刻と同様、たくさんの人間がそこを行ったり来たりしていた。

 その混雑ぶりは少女が向こうの世界で都会に行った時に感じたものに近い。

 とは言っても実際の人口としては天と地の開きがあるのだろうが。 


 少女はとりあえず大通りに沿ってとてとてと歩いてみた。

 入ってきた方角とは逆方向に向かって。


 しばらく歩くとだいぶ人口密度が上がってきて、立ち止まっている人が多くなる。

 こんな往来で何をしているのか……と少女は人混みをかき分けて先に進むと、そこには大きな城門が控えていった。


「あれ? 出口……なわけないか」


 先刻己が潜ってきたものよりも壁も門もだいぶんに立派である。

 少女は少しだけ考えて、これが旧市街への検問だと気づいた。


「ああ、だからみんな並んでるのか!」


 要は街の外から旧市街に直接入るのも、新市街から旧市街に入るのも同じくらい面倒だ、ということらしい。

 逆に言えばだからこそ外から新市街へと入る検問は甘かったわけである。

 先刻の彼女の推測は的を得ていたわけだ。


「へえ~面白~い!」


 己の出した結論に一人納得し瞳を輝かせる少女。


 けれど……少女は気づいていない。

 新市街への検問は甘く、そこから旧市街への検問が厳しいと言うことは、この新街には単純に旧市街から流入してきた者達だけでなく、検問が甘いことをいいことに、あまり素性のよからぬ連中も巣喰っているという事に。


 そんな街の成り立ちまでには考えの及ばぬ少女は……

 久々の雑踏に興奮して、再び新市街の往来へと走り出していった。


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