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第72話 『眉月の必需品』

「んーっと、えっと、これと……これ?」


 悩んだ末に亜里沙はやや小さめの、底の深い壷と土鍋を一つずつ選ぶ。

 火にかけられるタイプで、ある程度の大きさがあって、それでいて持ち運びが簡単そうなものだ。

 なにせ現状の生活に於いて製塩は必須であり、そして大量の塩づくりには海辺まで行く必要がある。海水、あるいはかん水を蒸発させるための鍋があると非常に便利なのだ。

 ただしそのための鍋や持ち運びようの壺などは自分たちで運搬しなければならぬ。

 あまりに大きいものは持ち運びには不適だろう。


「あとは……あれ? これって……?」


 畳まれた布を広げてみた少女は、その布に見慣れたものを見つけて広げてみた。


「お洋服だ!」


 そう、襟元と長い袖、そのまま足下のスカートまで一体となった、子供用の……それも女性用のワンピースタイプの衣服である。

 基本的には無地でボタンもなにも付いていない簡素なものだが、胸元に刺子……いわゆる刺繍による赤い模様があしらってあって、デザインも悪くない。

 腰の部分からそのまま足下までスカートが伸びているが、腰帯がついていてそれで胴回りを整えるらしい。

 手触りは毛皮とはちょっと違っていて、詳しくはわからぬが麻か何かだろうか。


「ファルス!」


 嬉しそうに、相手から見れば試着しているようにも見えぬ格好で亜里沙はアールヴの方へ服を突きつける。

 アールヴは視線で店主の方に尋ね、まだ値段の内だと知るとそのまま少女に肯首した。


「やたっ!」


 大喜びでぎゅっと服を抱きしめる亜里沙。

 服が気に入ったのもあるが、なにより服が一着しかないという現状が少女にとってなんともストレスだったのだ。

 ずっと着たきりでは服が傷むし汚れるし、だからといって服を洗濯し乾かしている最中はずっと全裸でいなければならない

 着替えがある! そう考えるだけでなんとも心強いではないか。


「えへへへ~♪ あとはねー」


 なんともうきうきとした気分で物色していた少女は、けれど途中でその足を止め、アールヴの方へと視線を向けた。


「ファルスは何を買いに来たの?」


 そう、アールヴはいつもこの酒場に来て、店主に毛皮を売って金品などを得ていたのだろう。

 つまり少女が来る以前から交流があって、彼が普段買っているものもあるはずなのだ。

 自分はあくまでそのおまけに過ぎないのである。己の欲しいものだけ求めるのは我儘に過ぎるというものだろう。


「いい()だねえ」

「…………」


 店主……豚のしっぽ(ピッグテイル)の言葉にアールヴは反応しない。

 彼の言葉に何も感じなかったわけではない。

 ただ単にアールヴにとってその問いは当たり前すぎて、わざわざ答える必要がなかっただけだ。


「心配すんな。俺の欲しいモンはこの前来たときに一通り揃えてる」

「ホントー?」

「くどい」

「ぷー」


 アールヴが自分を気遣って嘘を付いているのでは……そんな疑問をぶつけた少女は、けれど一言で切って捨てられて不満げに頬を膨らませる。

 だがそれ以上追求することもできずに、帽子を目深にかぶって再び商品の物色……いや見学だろうか……に戻った。

 塩袋はありがたいが今は自作できるし、壺や鍋があればより効率的に集めることもできるだろう。

 ただ少しは期待していた香辛料に関してはひとつも置いていなかった。

 商品そのものがないのか、それとも今日用意した毛皮では届かないほどの高値だから並べてくれなかったのかはわからないけれど。


 そんな様子をカウンターに肘をつきながら眺めていたアールヴは、何やら自分も適当なものを(あがな)っておかないとまたその少女がいらぬ気を使うと気づき、面倒臭そうにぼりぼりと頭を掻いた。


「なあテイル、残りの値段分で適当な掘り出し物はあるか」

「はは。ずいぶんといい兄貴じゃないか」

「茶化すな」


 吐き捨てるようアールヴの物言いに、けれど慣れているのか笑顔で応じた店主は、しばし腕組みをした後思い出したように手を打った。


「……そうそう、そういやこんなもんがあったんだ」


 彼が奥の部屋に引っ込んですぐになにやら小さな布袋を持ってくる。

 袋を開けると……そこには色とりどりの美しい珠が入っていた。


「宝石か?」

「え? 宝石!? 見せて見せて!」


 少女は何かの袋を手にしたままぱたぱたとアールヴの足下まで駆けてくる。そしてぴょんこと軽く跳んで大体の高さを確認すると、そのままえいやっとカウンターに上半身を乗せ、脚をぶらぶらと浮かせて彼らの話題の渦中にある小袋の前に顔を突き出した。


「こらルイサ、行儀悪ィぞ」

「えー、だってこうしないと私じゃ見えないんだもん!」

「まあまあ、いいじゃないか。しかしファルスが行儀を言い出すとわね……ははは、これは愉快だ」

「うるせえな!」


 からかわれて不機嫌となるアールヴの横で、少女は瞳を輝かせながらその小袋の中を覗いていた。

 美しい色付きの石はほぼ完全な球体となっていて、明らかに何者かに加工されたもののようだ。


「旅の男が置いていったもんなんだがね。都の方で売ればそこそこの値段になるはずなんだが……遠い上に最近向こうに行く連中があまり通りかからなくなってね。なにせほら、北の街道が復旧したろう?」

「これを……俺に?」

「まあお前が都に行くかどうかはわからんが、あって困るもんでもないだろ?」


 すっかり亜里沙が気に入ったらしき店主は……瞳を輝かせてその珠に見入っている少女を見つめ、その後アールヴの方へ顔を向け片目を閉じた。


「今ならお嬢ちゃんが持ってる袋までおまけしてやろうじゃないか」






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