第71話 『眉月の気のいい店主』
「ふむふむ、これはなかなかの大物だね。本当にお前のとこは狩るのが上手いな」
「当たり前だ、本職だぞ……なんだ、ルイサ」
「ご、ごめん……なんでもない……」
己の隣やや後方で口元を抑えながらくすくすと笑っている少女にやや不機嫌そうな視線を向けるアールヴ。
片手を前に上げて謝罪しながらなおも含み笑いを止められぬ亜里沙。
少女のツボにはまったのは彼の本職という発言である。
ここの店主は当然アールヴ……もとい彼にとってはファルス、だろうか……の発言から彼が猟師だと思うのだろうが、実際には猟師でも何でもない、大きな大きな狼なのだ。
だが獲物を狩る、という意味においては間違いなく本職であり、その意味では彼は何一つ嘘を言っていない。
そのギャップが何か妙におかしくて、少女は笑いを堪えることができなかったのだ。
「ふむ……まあ全部でこんなものか」
「悪くないな。それで頼む」
「いったぁぁ~~?!」
2人が商談している後ろでくすくすと笑っていた亜里沙は、背後を振り返りもせずに放たれたアールヴのげんこつを頭頂部に喰らい、痛みで床にうずくまる。
どうやらアールヴが少々機嫌を損ねたらしい。
とはいえ彼女は別にアールヴを侮蔑したり嘲笑したりしているつもりは毛頭なかった。ただ純粋におかしかったのと……あとはまあ、単純に嬉しかったのである。
アールヴが取り出した毛皮は大半が彼の作ったものだが中には彼女が手がけたものもある。
とはいえ少女が作り上げはしたものの商品にするには足りぬとアールヴにダメ出しされたものもあり、ここに持ち込まれたもので彼女作のものはそう多くはないのだが。
さらに言えばば店主が褒めるのはそのほとんどがアールヴ製であり、彼女のものは大概そのままスルーされてしまっていたのだが。
だが……それでも。
それでも自分が作ったものが賞品として売られて代金が支払われる、ということに、少女は例えようのない喜びを感じていた。
誰かに自分の存在を認めてもらう……そんな根源的な喜びである。
ただ、その他にも理由はあった。
先述の通り彼女の作った毛皮は大概スルーされてばかりだったが、アールヴの作ったそれは割と評価が高い。
それは毛皮を仕上げる技術のこともあれば純粋にその動物が希少だったり狩猟困難だったりするような連中だったからというケースもあったが、いずれにせよ店主はアールヴを随分買っているようであった。
間の中にも彼のようにアールヴを認めてくれる人がいる……
亜里沙は、それが無性に嬉しかったのだ。
「で、アー……ルイサ、何か欲しいものはあるか?」
「え? 欲しい……もの?」
アールヴが呼び名を間違えそうになったことに少しだけ唇をとんがらがらせる(なにせ自分は首輪のせいで間違えられぬのだ!)が、彼の言葉に怪訝そうにキョロキョロと当たりを見回す。
「? ?? ファルス?」
「なんだ」
「ここって……あれ? 道具やさんは?」
「こんな小さな村にそんな大層なもんがあるか。外から来た大概のモンはこの酒場でなんとかしちまうのさ」
「へぇ~~~……」
意外そうに目をまん丸くする少女に、店主は愉快そうに笑った。
「旅の連中や行商人は大概酒場に立ち寄るし、ここで品物と引き替えに食料や水を手に入れることもあるからね。ま、持ちつ持たれつって奴さ」
「なんとなくわかります。ええっと……」
「ああ、名前かい? 俺は豚の尻尾だ」
「ぶ……っ」
亜里沙は噴き出しそうになるのを必死で堪える。
なにせ彼の顔はずいぶんとふくよかで、言われてみれば確かに豚や猪の面影があるし、禿げ上がった頭のてっぺんにはまるで申し合わせたかのようにくるりと巻き毛になった毛が生えている。
見ようによってはそれも豚の尻尾に見えるではないか。
けれどおかしくない。笑ってはいけない。
だってそれが彼の通り名なんだもの。
そう、この世界では名前を迂闊に言うのは厳禁なのだ。だから普段使うのはあくまで通り名やあだ名であり、あだ名ならそんな名前が付けられていてもなんら不思議ではない……はずである。
「あ、あの、ごめんなさいっ!」
思わず笑い出しそうになった少女は慌てて大きく頭を下げる。
「別にいいんだよ笑っても。むしろここは笑いどころなんだからね」
ハッハッハ、と恰幅のよい腹を揺すって笑う。本当に気のいい人物のようだ。
まあやけにぶっきらぼうで人付き合い……というか人間付き合いが苦手そうなアールヴとやっていける時点でだいぶ人当たりのいい人物であることに間違いはないのだろうが。
「まあともかく見立ては終わったよ。で、どうするね。現金がいいかい? それとも……」
「ブツを見せてくれ」
「OK、わかった、ちょっと待っててくれ」
アールヴの言葉に店主……ピッグテイルは店の奥に引っ込む。
「……ブツ?」
「普通は金をもらうんだろうが俺らみたいに街住まいじゃねえ連中もいるからな。そういう場合はここに集まった道具とか商品なんかを値段分もらったりするのさ」
「へぇ~……」
要は物々交換というわけである。
原始的ながら亜里沙にとってはなかなかに興味をそそるシステムのようで、彼女は瞳を輝かせながら店主が戻ってくるのを待ち受けた。




