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第70話 『眉月の酒場』

「うわああああ……」


 帽子をぎゅっと目深に被りながら、キョロキョロとあたりを見回す亜里沙。


「そんな物珍しいもんがあるわけでもねえだろ。田舎村だぞここは」


 人の姿となったアールヴが呆れたように呟くが、少女の興奮はなかなか収まらぬ。


「へー、へぇぇー」

「あんまりはしゃぐなよ。言ったろ、目立つのは嫌いだ」

「う、うん、がんばる!」

「頑張るのかよ!」


 アールヴに釘を刺され多少は大人しくはなったものの、少女はきょろきょろと周囲の建物に視線を走らせてしまう己を抑制できなかった。

 大きな建造物などひとつもない、それこそ十数軒の家屋を数えただけで終わってしまうような小さな村ではあったが、それでも彼女にとってはこの世界に来てから初めての人里である。それは少しは興奮もしようというものだ。


(最初のお屋敷は……近くに民家とかなかったよね、確か)


 僅かに残った記憶をたどるがどうにも判然としない。

 少なくとも屋敷を飛び出し森の中に駆け込むまでは他に一切の建造物を目にすることはなかったが、もしかしてあそこが村外れか何かで、あの屋敷の背後には他に民家か何かがあったのやもしれぬ。

 とはいえあの時は追われていたこともあったし振り返る余裕もなかった。いずれにせよ人里にいたとは言い難い。


 ぶるり、と僅かにその身を震わせる。

 あの時のことを思い出して身の毛がよだったのだ。


「あ……」


 頭部に何かの感触を感じ顔を上げてみれば、アールヴが帽子越しに己の頭に軽く手を乗せていた。

 そしてそのまま気を落ち着かせるようにゆっくりとぽんぽん、と帽子を軽く叩く。


「んふ……っ」


 思わず甘い声が漏れて亜里沙は慌てて口をつぐんだ。我が家でならいざ知らず、さすがに他人に聞かれるのは少し恥ずかしい気がする。


「落ち込んでるよりははしゃいでる方がマシだ」

「あ、うん、ありがと……」


 アールヴはぶっきらぼうに、言葉少なにそう告げたけれど、それが自分を気遣ってくれてのことだとすぐにわかって少女は嬉しくなる。


「なんだ」

「ううん、なんでもな~い!」


 妙に甘えたい気分になって、アールヴのズボンのたるみを指でつまんでとててて、と歩調を合わせる。

 アールヴは口では迷惑そうにしながら、けれど彼女を振り払うようなことはなく、歩調も心なしかゆっくりになった。


「えーっと、ところでさファルス」

「あン?」


 アールヴの後ろから集落をきょろきょろと見聞しながら、少女は素朴な疑問を投げつける。

 名前をまるで間違えないのは首輪の力だろうか。


「道具屋さんとか鍛冶屋さんは?」

「ねえよそんなもんは」

「えええええ?!」


 あっさりと答えるアールヴに思わずすっとんきょうな声を上げる。


「え? でもでも毛皮売りに来たんじゃ……?」

「おう、ここでな」

「むぎゅっ?!」


 アールヴが一軒の建物の前で足を止め、ほぼ密着して歩いていた少女はそのまま彼の足にどすんとぶつかってしまう。

 まあ体格差から吹き飛ばされるのはむしろ彼女の方なのだが。


「ええっと……?」


 鼻面を押さえながら少女はその建物を確認した。平屋で他の家より若干大きい。

 玄関とおぼしき部分はスイングドアとなっている。いわゆる西部劇なでよくみかけるタイプだ。

 昔両親と一緒にマカロニウェスタンの映画を見たことがあって、少女はなんとなくそんな連想をした。


「酒場……かな?」

「お、よくわかったな。ひょっとしてイケる口か?」

「の、飲まないよう!」


 冗談めかしたアールヴの言葉に必死に言い返す亜里沙。

 未成年なのだから当然お酒なんて飲めるはずもないのだ。

 けれど考えてみればここは日本ではない。法律も当然違うはずで、だからもしかしたら子供が飲んでも大丈夫な世界なのかもしれない。

 まあ法的に飲める飲めないは置いておくとして、いずれにせよ少女は酒を飲む気にはなれなかったが。


「おお、久しぶりだなファルス!」


 酒場の主人らしき男がカウンターの向こうで皿を拭いており、アールヴが扉をぐいと押して店内に入ると快活そうな声をかけた。

 耳元に髪の残滓はあるが凍頂部はすっかりはげ上がった恰幅のいい中年男で、顔は丸みを帯びていて鼻下にちょび髭を生やしている。第一印象だけで見るならずいぶんと気のよさそうな男に見える。


「あうっ!?」


 一方で押された扉はその通り名の如くスイングして勢いよく戻り、続けて店内に入ろうとした少女のやや広めのおでこにクリーンヒットしていた。


「あううううう~」

「なにやってんだお前」

「だぁってぇぇ~~」


 額をさすさすとさすりながら涙目の亜里沙に呆れ顔でアールヴが突っ込みを入れる。


「お? なんだ? 珍しいな、今日は連れがいるのか。妹さんかい?」


 そう言えば互いの人間関係を決めていなかったとぶるんっと勢いよくアールヴの方に顔を向け、彼がこくんと頷くのを見て委細を了解する。


「ええっと、妹のルイサです」


 両手を前に揃え、ぴょこんと大きくお辞儀する。

 酒場の店主はそれを見て愉快げに笑った。


「ハハハ、お前の妹にしちゃずいぶんと礼儀正しいじゃないか!」

「ほっとけ」


 どうやら……見た目だけでなく中身も快活で気のよさそうな男のようだ。


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