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第6話 『三日月の目覚め』

「ん……あ、ん、んんっ、あ、ン……っ!」


 熱い。熱い。

 まるで自分の身体が炎そのものになってしまったかのよう。


 亜里沙は激しい熱に浮かされたようにその身を悶え、くねらせていた。


「ふぁ、ん、ぁ、ぁ……ん、んんっ!」


 熱い、苦しい、まるでお腹の底から渦を巻いて火の玉が飛び出てきそうな気分。

 とても辛い……けれどなぜか嫌ではない、不思議に掻痒とした感覚。


「はぁ、ん、あ、あ、ぁ……っ、ああああああああああああああっ!」


 びくん!

 大きく身体を跳ねさせ、四肢を痙攣させる。

 太ももの汗がぴちりと散って床に落ちた。

 そして……少女はそのままぐったりと床に転がり、微かにその身を震わせつつ荒く湿った息を吐いた。


 体の芯を焼いていた火照りがゆっくりと冷めてゆく。

 燃えるような熱は未だに身体の内に燻っているけれど、それは埋め火のようになっていて、誰かが焚きつけなければ再び燃え上がることはなさそうだ。


「はぁ……ん、ぁ、ふぁ……っ」


 涙混じりの息を吐きながらごろんと体位を変える。

 全身が汗みずくで少し気持ち悪い。


 ぼんやりする頭で「ああ、シャワーでも浴びられたら気持ちいいだろうなあ……」などと場違いなことを思いのぼせる。

 ここにシャワーなんてないけれど。

 いやそれどころか我が家の場所も、ここがどこだかさえもわからないけれど。


「…………?」


 ゆっくりと薄目を開けて、まとまらぬ頭で周囲を窺う。

 窓から陽の光が差している。どうやら朝のようだ。

 ガラスなどない、ただの壁をくり抜いただけの穴……それを窓と呼んでも良いのなら、だが。

 そんな窓の向こうからぴちち、ぴちちと鳥の鳴き声が聞こえてくる。なんとものどかな空気ではないか。


「ふぁ、あああああああああ……っ」


 大きく伸びをしながら亜里沙は身を起こした。どうやら木の床に寝転がっていたらしい。道理で身体の節々が痛むわけだ、と少し年寄りじみた感想を抱く。


(違う? あれ、これ、もしかしてベッド……かな?)


 けれどよくよく見てみれば、彼女が寝ていた場所には藁が敷き詰められていた。

 完全な木床ではなく、一応身体を横たえるに足る最低限の準備はされていたものらしい。

 柔らかな小学生の肌には、それでもだいぶ厳しい環境ではあったけれど。


 それにしてもここはどこだろう。周囲を見渡してわかるのはここがどうやら木造建築の家らしい、ということと、隣にある階段から自分がその二階にあるベッドで寝ていたらしいことくらいである。

 ただ木造と言っても日本家屋ではない。雰囲気的には西洋風の、ログハウスの一種かなにかだろうか。けれどそれにしては何か妙な違和感がある。


(あれ、階段の続き……じゃあ三階もあるのかな?)


 後方を確認して新たな発見をする。

 階段の向こうにはしばらくなにもない空間が広がっていて、その後こちらのような床があり、窓があり、そこから燦々とした朝日が降り注いでいた。


 段々と頭がはっきりしてきて、同時にこの家の構造がなんとなく理解できるようになってきた。

 大きな円形の家の壁際にぐるりと部屋があって真ん中がすっぽりと吹き抜けになっており、そこに螺旋状の階段が備え付けられているようだ。


(あれ……何か、変、じゃない?)


 亜里沙は(若干太めの)眉を顰め、すぐ隣にある階段を凝視する。

 一階から続いていた階段はちょうどベッドの少し後ろのあたりで踊り場になっており、その後しばらくしてから再び上り階段になっている。

 けれどベッド脇の廊下……なのだろうか。壁らしきものが一応あるが扉もなにもないため、ベッドから直に続いているようにも見えるが……ともかくもその廊下の床と、階段との間に、継ぎ目らしきものがどこにも見当たらない。


 いや……階段だけではなかった。

 彼女は改めて周囲を見渡し、先刻感じていた違和感の正体に気づく。

 この家には、ログハウスなら当然のように見受けられるはずの木材を組み合わせた継ぎ目がどこにもないのだ。

 これでは……これではまるで、


「大きな木をくり抜いて造った家……みたいな?」


 ぼそり、と呟いた後、くく、と小首を傾げる。

 まさか、そんな馬鹿な。

 だって階段越しに見える向こうの部屋……正確には廊下だろうか……向こうの壁際まで20mくらいはあるように見える。

 そんな大きな木が存在するものだろうか。仮に存在したとしてそれをどうやってこんなに綺麗にくり抜いたのだろうか。



 ただそれをあり得ないと断ずるには……少女が昨日までに体験したことはあまりにも異様だった。



 思い出すだけでぶるりと震えが走る。

 何物かに攫われ、なんとか逃げ出して、森の中を彷徨い、びっくりするほど大きな草原に怯え、そして疲労からやがて倒れて……


(……あ)


 そうだ、と少女は思い出す。

 確か自分が倒れた後、大きな犬に出会ったのだ。


 いや……そもそもあれは本当に犬だったのだろうか。

 犬にしてはやけに大きすぎたような気がしたけれど……意識が朦朧としていたのでどうにも判然としない。

 ともかくその犬に必死に話しかけたけれど、彼は大きく口を開けて……


(っ!?)


 がば、と慌てて己の身体をまさぐる。

 大きな怪我はない……ような気がする。


 ここが実は彼のお腹の中……と考えるのは流石に想像力が過ぎるだろうか。そもそれなら窓から差す朝日の説明がつかぬ。

 まさかにこの奇妙な木造の家が天国だとも思えない(それならせめてもう少し寝心地をなんとかして欲しいものだ!)。


 自分は確かにあの時あの大きな犬に食べられたはず。

 気を失う寸前の、彼のぱっくりと開けた口を思い出す。

 そして首筋にこう……がぶりと牙が突き刺さったはずだ。


「あれ? ……ない」


 首のあたりを手指でまさぐって太めの眉を八の字に寄せた。

 触った感触では傷跡らしき傷跡はどこにも見つけられない。

 鏡……せめて水鏡でもあればはっきりするのだろうが、生憎とそれらしきものは見つけられなかった。


 さて、とりあえずすっかり目は醒めたけれど、状況はさっぱり飲み込めない。

 なぜ犬に食べられたはずなのに傷がついていないのか。

 もしかしてただの夢だったのか?

 ならば何故目覚めたのが自分の家ではないのだろう。

 そういえばこの家の家主は?

 一夜の宿(寝心地はお世辞にも良好とは言い難かったが)を貸してくれた相手をこの場で待ち受けるべきなのだろうか?


 そんな事を色々と考え、頭を悩ませていた亜里沙は……やがてぴくん、と耳を立て(・・)、再び階段の方へと首を向ける。


 足音が……する。

 誰かが階下から登ってくる音だ。


 一瞬呆然としていた亜里沙だったが、自分が起き抜けであることに気付き、慌てて身繕いをする。

 たっぷりとかいたらしき寝汗で服が張り付き少々不快だったが、生憎とタオルは用意しておらず、ハンカチだけでは到底足りそうにない。


「あ……」


 その足音は……やがて階段の踊り場で停止した。

 そこに立っていたのは一人の男。年は三十代……あたりだろうか。髭はなく、精悍そうな顔をしており、手に皿か何かを持っている。

 髪は綺麗なグレーで、下半身には白地の簡素なズボンを履いていた。


 一方で上半身には何も身に付けておらず、引き締まった筋肉が朝日に照らされて目に眩しい。

 少女は思わず赤面して両手で顔を覆い、けれど指の隙間からこっそりとその男を覗き見た。


 彼の表情はどこか憮然としていて、喩え世辞であっても少女に笑顔で話しかけるようなタイプには見えぬ。


 この人が……自分を助けてくれたのだろうか。

 少女はゆっくりと手を降ろし、床にへたり込んだまま彼を見上げていた。





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