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第68話 『眉月の毛皮の帽子』

「んー、まだ持ちそうだがこっちのが早く悪くなるだろうな」


 干し肉を作ってから数日後、その保存具合を検証する二人……もとい一人と一匹。

 亜里沙は干し肉を作る際に様々な部位で試作しており、それらを食べずに保存しておき、こうして味や保存状態を確認していた。


「へえ、脂身が少ない方が日持ちがいいんだね」

「そうみてえだな」


 そうした調査は次回以降作る際の参考になる。少女は忘れまいとしっかり心に刻んでおいた。


「ふう……でもだいぶお塩使っちゃったなー。また今度作りに行かないと」


 少量ならば森の湿地帯で取れる灰塩で十分なのだが、多めの量が必要ならば海で作る方が手っとり早い。

 次はもっと上手に手際よく作ろう、とこれまた心に誓う少女。


「あーでもやっぱり香辛料が欲しいなー。あとはニンニクとか……まあ味噌とかお醤油は無理だろうけど」

「ミッソー? ショユ? なんだそりゃ?」

「ほらちゃんと翻訳されないー」


 塩や干し肉のように自分でなんとかできないだろうか……少女は腕を組んで太めの眉根を寄せる。

 醤油は大豆が原料だというのは知っているし、発酵食品だとも聞いてはいる。

 けれど具体的にどういう製法なのかまでは彼女にはさっぱりわからなかった。

 突然異世界に呼び寄せられたのだ。なんの準備もしていない小学生の少女にその手の知識を求めるのは酷というものだろう。


 真面目に自作するならば小麦と大豆と大量の塩が必要で、塩はとりあえず現状入手可能だし、その他もまあ類似した代替物が見つかるかもしれない。

 けれど彼女も知っているように醤油は発酵食品であり、作成には麹菌が必須である。さらに製造には細かな温度管理が必要となるし、仮に上手く醤油の元となる諸味(もろみ)ができたとてそこからさらに一年熟成させる必要がある。

 そう考えると異界に放り出された少女が試みるには施設も用具も材料も期間もあまりに不足と言わざるを得ない。


「……なんなら村に行ってみるか?」

「ふぇっ?!」


 アールヴの言葉に驚いて思わず飛び上がる。


「村って……人間の村?!」

「獣は村なんぞ作らねえよ」

「そ、それはそうだけど……」

「まあニンゲンじゃねえエルフの村もあるにゃああるが、連中はすぐにこっちの正体気づいちまうしなあ」

「エ、エルフ?!」


 目をまん丸にして己を凝視する少女にアールヴは呆れたように鼻を鳴らす。


「なんだ、お前の世界じゃニンゲンはいてもエルフは珍しいのか?」

「いや珍しいっていうか……いない、けど」

「いねえもんをなんで知ってる」

「あ、うん、えっと……こう、映画……じゃわかんないか。あの狼男とかと同じようにお話とかに出てきたりね?」

「ふうん、ともかくエルフの村は危ないからダメだ。ニンゲンの村で我慢しとけ」

「う、うん。わかった」


 絵本や映画などでしか知らないエルフが実在するらしいというのも驚きだったが、それと同じくらい人間に会える、というのも少女の心を浮き立たせた。

 なにせアールヴは人狼だし、ゲルダは巨人の血が流れていると言うし、厳密な意味での人間など殆ど会ったことがなかったのだ。


「………………っ」


 ぶるり、と少女の体が震える。

 潜在的な恐怖心が彼女の背筋を凍らせた。


 なにせ彼女が知っているこの世界での人間らしき連中は、己を隷従させようとした魔法使いの老人と己を拐かそうとした人さらいどもである。

 無論人間が全員ああいう連中だなどとは思わないが、こっちに来てからあまりいい思い出がないのも確かだ。


「どうした、行くのか、行かないのか?」

「い、行く行く! 行くけど……」

「けど……なんだ」

「ええっと……そうだ、あの、なんでいきなりそんなこと言い出したのかなって……今までは人間の街とか村とか、いつも黙って出かけてたじゃない」

「んー、そうだな、別に大した理由じゃねえが……」


 地べたに座り込んでいたアールヴは前脚を突き出し、背中を伸ばすようにしてんー、とその身を反らすと、次の瞬間人の姿となってよっこらしょと立ち上がる。

 そしてすたすたと切株の家の裏手まで行くと、何かを持って戻ってきた。


「毛皮が割と溜まったからな。まとめて売りに行くつもりだったんだ。お前を連れてく理由は……まあ、これだな」

「ふえ……?」


 アールヴが少女の頭にそっと何かをかぶせる。

 柔らかくて暖かい、なんとも心地よい代物だ。


「えーっと、ふかふか……毛皮?」


 亜里沙は己の頭上に乗せられたものを外して確認してみる。それは……毛皮で作られた帽子だった。

 灰色味がかった柔らかな毛皮の、つばのほとんどない形状で、簡単な耳当てがついており日除けよりは防寒を重視しているタイプのようだ。いわゆるロシア帽(ウシャーンカ)に近いものだろうか。


「うわ、すごーい、え? これ私に?!」


 アールヴからの贈り物は無論嬉しい。とっても嬉しい。

 けれど人里に連れていってくれることといいこんな素敵なプレゼントといい、なぜこうも重ねてくるのだろうか。


「当たり前だ。それを被らねえと人里にゃ下ろさねえぞ」

「? ?? なんで?!」


 わけもわからずう、だがアールヴが存外に強い剣幕なので驚いてすぐに帽子をすっぽりと被った。


「なんでってお前……その耳ひけらかしてニンゲンどもの間をうろつくつもりか、あン?」

「ああーっ?!」


 がびーん、とショックを受けた表情で完全に硬直する亜里沙。

 呆れたようにため息をつくアールヴ。


「すっかり忘れてた……」

「忘れんなよ、ニンゲンだぞお前は」

「そうでした」


 アールヴの言葉にぺこりんと頭を下げる亜里沙。


「それができあがる前に人里に連れてけって言われても困るからな」

「それでずっと黙ってたんだ……」


 少女は帽子をぎゅっと深くかぶり直し、月が欠けてきているというのに浮き足立つ気持ちを必死に落ちつけた。




 ……ニンゲンの住むところに、行ける。





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