表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/134

第51話 『宵待月の穴掘り』

「わー! うーみーだーっ!!!」


 丘を降ったアールヴの背から待ち切れぬように飛び降りてぱたたた、と砂浜まで駆けてゆく。

 途中で靴が砂に沈むともどかしそうに靴を脱ぎ捨て、そのまま波打ち際まで小さな足跡を付けた。


「……こんな飲めもしねえ水の何がそんなに嬉しいんだか」

「泳いだり遊んだりできるもん!」

「そりゃ近くの川だってできるじゃねえか」

「う~~、とにかくいーの! 見てるだけでおっきな気持ちになれるじゃん!!」


 アールヴの一見もっともなつっこみにむー、と露骨に不満を露わにして反駁する。

 目を丸くして彼女の剣幕に驚いたその巨狼は、やがてがぶふっと吹き出すように一声吠えると尻尾をばたんと揺らした。


「はは、違ぇねえ。そうだな、でっけえってなあ悪くねえ」

「でしょー♪」


 アールヴの方に向き直りながら、腰に手を当て、両足を左右に大きく広げ、会心の笑みを浮かべる少女。

 その右半身横に燦々とした陽が差して、健康的な二の腕や太股が陽光に映える。


 その狼は少しだけ意外そうな顔で彼女のそんな姿を見ていた。

 これまでのとは違う何かを、確かにその少女から感じたのだ。


「……? どうしたのあーるぶ」


 ぱたん、ぱたん。

 アールヴがゆっくりとだが尻尾を振っている。

 機嫌がいい証である。

 けれど今の話の流れでなぜ突然尻尾が振られたのだろうか。

 いきなり海が好きになったりでもしたのだろうか。


「な、なんでもねえ! それとアールヴだっ!」

「きゃんっ!?」


 首輪が強く輝き、紫の光を迸らせる。

 強い陽光の下だろうと視認できるその眩い光は、毒々しいほどに不気味で、どろりとした粘性を伴っていた。


「ア、アールヴ……ッ!」

「うおっ、悪ぃ、大丈夫か?!」


 慌てて彼女に駆け寄るアールヴ。


「う、うん、平気。ごめんね、いつも名前上手く言えなくって……」


 少し苦しかったのか、こんこんと軽く咳き込みながら、どこか掠れた声で……けれど気丈に言葉を返す。


「いやそりゃいいんだが……ともかく平気か? 休むか?」


 くーんと鳴いているアールヴの尻尾はへにょんと垂れ下がっている。自分の不注意のせいで少女を苦しめたことに責任を感じているのだろう。


「大丈夫だよぉ。心配しないで、私平気だから」

「……すまん」


 ただ一言、けれど珍しく素直に謝罪する。

 それだけでその少女はすべてが許せるような気がした。


「さて……と、この世界でも干潮満潮ってあるのかな……?」


 今日は満月の一歩手前。もし地球と同じなら大潮が近く、干満の差が大きくなる時期のはずである。

 亜里沙は周囲をぐるりと見回した。

 綺麗な砂浜の割に人影はない。もしこれが日本ならきっとたくさんの海水浴客でごった返しているはずだ。


 なおも視界を巡らせてみる砂浜のあちこちに点在してるものに目が止まった。

 貝殻や海藻、流木どもである。


「まだ濡れてる! ってことはさっきまでそこに波が来てたってことだから……今から引き潮?」

「引き……なんだって?」


 ばっ、と顔を上げた亜里沙はダッシュで砂浜を走る。

 一方でアールヴは怪訝そうな顔だ。少女は少しだけ不思議そうに首を捻った。

 野生の獣なら潮の満ち引きくらい本能で知っていそうな気もするのだが……やはり生活基盤が海から離れているとわからぬものなのだろうか。


「おい、どうした、アリサ!」

「アールヴ! そのあたりに穴掘ってくれる?! 広くて浅い奴!」

「ん? お、おう、任せろ!」


 未だ首輪の力が効いているのか、少女の口からしっかりと己の名前が飛びでてきてアールヴは目を丸くする。

 だたともかく狼が穴を掘れと言われて遠慮する理由はない。

 アールヴは尻尾をばっさばっさと振りながら早速砂を掻き始めた。


 さて亜里沙が目指した先には幾つかの流木が砂浜に打ち上げられている。

 急いで物色した少女はそこから細い板切れを拾い上げた。

 見た感じ明らかに人工のものである。

 ということはこの世界の船かなにかだろうか。


「そうそう、そんなことより……!」


 亜里沙は急いで取って返してアールヴと合流した。

 彼は尻尾を大きく振りながら砂浜を掘り返し、機嫌良さそうにばうばうと吠えている。


「あーやっぱり穴掘り好きなんだ……」


 すっかり機嫌を取り戻したらしきアールヴにほっと息をつくと、少女はその穴の一端に板切れを当て、ざくざくと掘り進める。

 ちょうどアールヴが掘った穴に通路を付けているような案配だ。

 そしてその穴を……波打ち際まで一直線に伸ばしてゆく。


「よし、繋げた……けど、足りない!」


 少女が開通させた水路では勾配の問題で海の水を導水できぬ。掘られた穴がやや高いところにあるためだ。


「もっと深く掘らないと……」

「あそこに繋げりゃいいのか? よし、任せな!」

「アールヴ!」


 尻尾をぶんぶん振りながらわっふわっふと通路に前脚を当てて器用に掘り進めてゆくアールヴ。

 彼の爪の先からゆっくりと浸食してくる海の水。


 やがて最後のひと掘りが終わると……アールヴが掘り広げたプールに海水が流れ込み始めた。


「わー、やっったあ!」

「おう、やったな! で……どうすんだこれ。水遊びすんのか? 潮くせえぞ? 潮くせえぞ?」


 機嫌がいいからか同じ事を繰り返すアールヴ。


「えー、違うよー」


 くすくす、と笑いながら亜里沙は彼が掘った穴を確かめている。

 海水が溜まってゆくのがわかる。十分に導水されているようだ。


「今からねえ……試しにちょっと作ってみようかなって」

「作る……何をだよ」

「んー……お塩!」

「……はぁ?」




 亜里沙再びの満面の笑みに……

 アールヴは怪訝そうに首をひねった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ