第38話 『八日月の手料理』
「んー、まあ悪い臭いはしねえな、喰いもんだコリャ」
狩りから帰ってきたアールヴがくんか、と鼻を鳴らして答える。
亜里沙が森の中で漁ってきた果実やいい香りのする草……いわゆるハーブ類だろう……の匂いを嗅いだ後の感想である。
「やたっ! でもやっぱりアールヴは食べたことないんだ……」
「肉喰ってりゃあ大体事足りるからな。まあ人間の姿になりゃあ普通に喰えるんだろうが」
肉食獣は草食獣の肉を食べることで彼らが摂取している草食性の養分を得ることができる。
理屈で言えば人間もそのはずなのだが、そのためには成分の壊れていない生肉を食べる必要がある。
結果として人間の場合野菜もしっかり摂取しなければならない理屈になるわけだ。
「えーっと、とりあえず火を起こして……でもそのままだと葉っぱが燃えちゃうし……水かける? でもでもそしたら火の勢いがさー……ああそうだ、じゃあ穴も掘った方がいいのかな?」
うーんと腕を組んで考え込む亜里沙は脳内でなにやら実現したいイメージがあるようなのだが、それがなかなかに形になってくれないようだ。
「んー? 穴ぁ掘りゃあいいのか?」
「あーる、う゛、やってくれるの?」
「まあそんくらいならな。ただ火の方はお前がやっとけよ」
「はーい!」
燃えやすい枝は既に確保してあるし、今回は炎の腕輪の助けもある。
少女はアールヴが穴を掘っている横で以前から焚き火に使用していた小さな穴に木の枝を敷き詰め、ゲルダに教わった合言葉を呟くと、前回燃やした際に集めておいた灰を軽く巻いて火起こしにかかる。
効果はすぐに現れた。小さな火種が生まれ、灰の助けを借りて簡単に枝が燃え上がってゆく。
木々が燃えた後に残る灰には助燃作用があることを、少女は以前キャンプに行ったとき父に教わっていた。
「お、今回は早いな」
「この腕輪の力があるからねー……ってあーるぶも早っ!!」
「アールヴだつってんだろ!」
前肢を使って器用に穴を掘ってゆくアールヴの姿は、まるで埋めた骨を掘りださんとする犬のようであった。
実際しっぽはばたばたと振れているし、もしかしたら少女の手伝い云々を別にして単に穴が掘りたかっただけなのかも知れない。
「で……どんだけ掘りゃあいいんだ?」
「あ、うん、それくらいで十分だと思う」
少女の下半身がちょうど埋まるくらいの穴……短い間によくもまあこれだけの穴が掘れるものだ、と亜里沙は感心する。
少女に言われて穴掘りを辞めたアールヴはよく見れば無言ながら尻尾をぴんと立て、顔を斜め上に向けてなにやら得意げな表情であり、己の為し遂げたことにいたくご満悦であることが見て取れた。
「えーっと……えらいえらい」
「ふふん、褒めてもこれ以上はなにも出ねえぜ」
偉そうな口を叩いている割に、彼女の言葉で尻尾が再びぱたぱたと揺れはじめていて説得力が皆無である。
少女はいっそ指摘してあげようかとも思ったが、下手にそんな事を言えばへそを曲げてこういう姿は二度と見せてくれなさそうなので黙っておくことにした。
「で……穴掘って何しようってんだ?」
「んー……ごはんの準備?」
「あン?」
亜里沙は何を思ったのかすっかり燃え上がった焚き火に幾つもの石を放り込む。
そこそこに大きな、丸っこい石どもだ。
何をしているのかわからず首を捻るアールヴに、少女は今日の狩りの獲物を尋ねる。
「兎が二羽か……じゃあ今の内にお肉取り出しちゃおう!」
「お、やる気だな?」
ミスリルの短剣を取りだして兎の皮を剥ぎ、肉を取り出す。
流石に二回目以降ともなれば多少は慣れるものらしい。
とはいえ調子に乗って失敗しないように少女はできる限り丁寧に処理してゆく。
「料理するんだろ? よし、皮のなめしはこっちでやっといてやる。そっちは好きにやってみな」
「うん! ありがとうあーるぶ!」
「だからアールヴだっつってんだろ!」
がうっ! と吠えたアールヴは、作業がしやすいように珍しく人型になる。
以前は人の姿になると亜里沙に言葉が通じないため殆どこの姿になることはなかったが、今はゲルダにもらった耳飾りのお陰で自由に会話を交わすことができるため、必要なら普通に人間の姿を取るようになっていた。
「えーっと……」
亜里沙はその間に準備を整える。
大きな葉っぱの上に生肉を置いて、その上に果実と香草、それに水を少々入れくるりと包んだ。
その後腕輪の力で焚き火の火を落とし、十分に熱した石を木の棒で突き押しながら先刻アールヴが掘った穴の中に転がし入れる
そしてさっき作った葉っぱの包みをその上に置いて……さらに小さな石を上に置き葉っぱが開かないようにした。
最後に大きな葉っぱで穴の上を塞ぎ、これで準備は完了である。
「よし、こっちは終わったぞ……ってなんだコリャ?」
「んー、一応それっぽいものはできたんだけど……どれくらい待てばいいのかなあこれ」
「知るか」
結局少女は1時間ほど待って、穴からもくもくと煙が出てきたあたりで取り出すことにした。
葉っぱの中の肉は香ばしい匂いを放っていて、なんとも食欲をそそる。
亜里沙は火傷しそうになりながら葉っぱを開き、熱々の肉を軽く短刀で切り分けて……一口食べてみる。
「んー……美味しい! これは上手くいったかも!」
「なに? これが美味いのか?」
「うん! あーる、う゛も食べてみて! あ、生じゃないときは人間の姿のがいいのかな?」
「さあなあ。ま、一応そうしてみっか」
人化したアールヴが「あちち! あち!」と叫びながら肉を頬張る。
「……ふむ、悪くねえな」
「でしょー!?」
肉を焼くでもなく蒸すのとも少々違う、だが果実の甘味やハーブの香りがついた、肉の素材そのものを活かしたような素朴で、原始的な味わい。
彼女が発想したそれは、パプワニューギニアなどで行われている伝統料理、ムームーのそれに近い調理法であった。
調味料は未だ手にしていないが……その日は、少女にとってじつに実りのある一日となった。
彼女は……こちらの世界で初めて『調理』を手に入れたのである。




