第25話 『上弦の贈り物』
「ふう、火ぃ起きたよー!」
「おう、じゃあ火が強くなったらコイツとコイツな。水はちゃんと用意してあるな?」
「う、うん……ってうわっぷ! す、すごい煙……っ!」
「おう、山火事でよく煙を出す連中だ。ヤニがつえーんだよ」
「けほ、けほっ、そっか、松ヤニみたいなのだったら確かに防水に使えそうだもんね……けほんっ!」
先日なめした兎の皮にさらに幾度か処理を重ね、なんとか完成した毛皮を棒にくくりつけ煙で燻す。
「それが終わったら逆側もなー!」
「けほっ、うえっぷ! う゛ん゛、わかった~!」
煙にむせながらなんとか燻し切る亜里沙。
こんこん、と少し可愛い咳をしながら戦利品を意気揚々と掲げる。
「できたー!」
ぴょんこと飛び跳ね、思ったより高く跳躍している自分に驚く。
人狼の血が少し混じっているせいだろうか。
「おお、初めてにしちゃあまあまあの出来だな」
「これ売れるかな! かな!」
ぴょんこぴょんことはしゃぎながらアールヴの周りを回る。
この世界に来てから初めてまともに役に立った気がして、彼女の気持ちは高揚していた。
「んー、まあ悪くねえ出来だがまだ粗が目立つし、売っても大した金にゃならんよ、それに兎はもうちっと数をこなさにゃあなあ」
「そっかぁー……」
一気にしょぼんと沈み込む亜里沙。
自分で作った毛皮を売ってお金に換えて、これでアールヴに何か買ってあげたい! なぞと少々遠大な野望があったのだが、どうやらそれは次の機会にお預けのようである。
「じゃ、じゃあこれどうしよう。売り物にならないんだよね?」
「ならねえわけじゃねえが……ほれ」
「わあ……っ」
人狼の姿になったアールヴは、少女から兎の毛皮を受け取ると、彼女の腰辺りに軽く巻きつける。
「昼はともかく夜の森は案外冷えるからな。一応お前が持っとけ」
「え? え? い、いいの?!」
「悪いと思ったらいちいちこんなこたしねえよニンゲンじゃねえんだから。なんだ、いらねえのか?」
ぶるんぶるんと首を大きく振る亜里沙。
「なら大事にしとけ。お前が初めて作ったモンなんだからな」
「う、うん、うんっ! そうする!」
こくこくと幾度も頷き、頬を染めて己の戦利品を見つめる。
片足を爪先立てて、上体をひねりながら腰に巻かれた兎の毛皮……ファーの具合を確かめてみた。
「ね、ねえねえあーるぶあーるぶ! 似合ってる? これ似合ってる?」
「んー、まあ似合ってるんじゃねーの?」
「そっかぁー。えへ、えへへへ……♪」
あまり気が乗っていないアールヴの台詞。
けれど亜里沙は少々みっともない笑顔でその言葉を受け止めた。
ふにゃふにゃと顔を蕩けさせ、唇をむにむにとさせる。
なぜか顔が崩れてしまって元に戻らない。
だってそれは……少女が初めて父親以外の男性からもらったまともな贈り物だったのだ。
作ったのは自分だけれど、渡されたのは確かに彼からだった。
それが幼いながらも彼女の女心を刺激して、足もとが浮つくほどの多幸感を湧きあがらせる。
「どうしたい、妙なツラしやがって」
「なんでもないっ、なんでもないよー。へへー♪」
「あン? 変なヤツだな……」
怪訝そうな顔をしながら少女の奇異な様子を観察していたアールヴは……だが突然がう、と小さな警戒の声で鳴くと、少女の肩を掴んで家の中に引きずり込む。
「わふっ!? あ、あーるう゛、ど、どうしたの?!」
「……昨日より光が強くなってねえか?」
「あ……」
アールヴの視線の先にあるのは……首輪だ。
少女の首にかけられたあの紫の首輪である。
「そ、そうかな? ってゆうかあーるう゛も気づいてたんだ」
「当たり前だろ。毎日見てんだから」
闇の中で眼を細め、少々剣呑そうな顔つきとなるアールヴ。
「なんかこの光、あんまりイイ予感はしねえなあ」
「わ、私もそう思う……」
この世界に少女を呼び出した魔法使いが真っ先につけた首輪である。
それが少女に益をもたらすと考える方がおかしいだろう。
けれど……彼らは真の意味で事の重大性がわかっていない。
だってその首輪は見たところ革製ではないか。
魔法の品だろうとなんだろうと、たかが革ならアールヴの鉤爪で断ち切れそうなものではないか。
だというのに彼らはそれを嫌な予感がする、程度で済ませている。
とっとと切り裂いて問題を根本的に解決しようとは考えもしない。
いや……思いつかぬように“されている”のだ。
魔法と聞けば火の玉や稲妻のような派手な力ばかりに目が行きがちだが、真に恐ろしいのは目に見えぬ力である。
そして……彼らはそれに気づいてさえいない。
未だその目的も用途も不明なままの不気味な首飾りは……
少女の首に巻かれたまま、淡い光芒を放っていた。




