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第99話 『再びの六日月の取り扱い注意(厳秘)』

「健康……奪う?」


 ぞわ、と背筋に戦慄が走る。

 なんて恐ろしい宝石なのだろう。そんなものをあの少年達は何も知らずに大切にしていたというのか。


「ええ。おそらく死を専門にした魔導師が誰かの依頼で作ったのでしょうね。依頼主の病気の治療や延命のために」

「で、でも……その人の怪我を治すためには、えっと、人の命が……」


 泣きそうな顔の少女を見つめながらゲルダはくすりと笑う。


「見ず知らずの人の命にそれ程入れ込めるだなんて、不思議な才能ねえ」

「わん……?」


 少女にはゲルダの言葉の意味がよくわからなかった。

 誰かが傷つき死んでしまうかもしれない……それを心配するのは当たり前のことではないだろうか。

 なぜそれが才能なのだろう。


「大丈夫よ。人の命を“奪える”だけで、別に奪い尽くす必要はないから」

「ど、どういうことですか?」


 亜里沙の真剣な瞳に、ゲルダは小さく頷いてその髪を蠢かせる。

 壁の端にあった可動式の黒板が彼女の髪にひっぱられ、すいー、とゲルダの背後にやってきた。


「まずその宝石を手に持ちます」

「はい。持ちます」


 よくわからないままに持たされた宝石をぎゅっと握る。


「そして合言葉を唱えます」

「はい。唱えます」

「そうするとその宝石が淡く光るから……これが術の発動ね。その状態で誰かに触れれば術の効果が発揮されます。別に服の上や鎧の上からでも大丈夫よ」


 聞いてみると思った以上に簡単である。

 そんなことで人の命が奪われてしまうのだろうか。


「ただし……その宝石は相手の健康を奪い続けるもので、逆に言えば触ってすぐに離せばそんなに酷いことにはならないわ」


 少女との会話の最中……ゲルダの髪の毛は忙しく動き、背後の黒板になにやら絵図を書き上げていた。


「たとえば健康な人の命……生命力ね、これを数値で表すとして……仮に100としましょう。その人が病気になって生命力が現在50、さらにこれが毎日1ずつ減っていきます。どう思いますか、生徒アリサちゃん」

「大変です! 50日後に死んじゃいます先生!」

「ええ、大変よくできました。そこでこの宝石を使います」

「そしたら使われた人が死んじゃって……」

「死なないわ。例えばその病人の近くに健康な友人……そうね、生命力が90くらいの人がいたとして、その人から生命力を5奪います。そうすると病気の人の生命力は55になって少し健康になるわよね? そして85まで生命力が低下した友人は、元が健康だから数日安静にしていればまた元の体力である90に戻ります」

「あ……」


 ぱちくり、と目をしばたたかせた後、少女はようやく得心した。


「ちょっとずつ他の人の健康を借りればいいんだ……!」

「ええ、そういうこと。おそらくこの宝石の作成を依頼したのはどこかの金持ちで、家族もしくは自分で雇った健康な人間から毎日交替で少しずつ生命力を吸い取って、それで健康を維持しようとしていたのでしょうね」

「……なんとなく、それならなんとなくわかります」


 つまりは向こうの世界でいえば点滴や輸血などのようなものなのだ。ただ医術が発達していないこの世界に於いてはそれが別の手段によって賄われているだけで。


「でも……それならやっぱりアレックス達が持ってたのは……」

「多分ただの偶然なんでしょうね。子供の腕で盗み出せるような代物ではないし」

「けど、それならなおのことアレックス達が危ないんじゃ……!」


 少女の叫びに、だがゲルダは静かに首を振った。


「捕まえる気ならとっくに捕まえているはずよ。魔法使いの中には占いが専門の人もいるから。ただ……これまで追っ手らしい追っ手がかかっていないところを見ると……さっきも言ったけれど依頼主側がその宝石を探す意味がなくなった、と考える方が妥当でしょうね」

「意味……?」

「宝石の作成を依頼したお金持ちだか貴族だかが死んじゃったんじゃって健康を維持する必要がなくなったから宝石も不要だし、そも当人が周りの人間にその宝石について秘密にしていた可能性もある。そうして行き場のなくなったその宝石を……その子達が偶然拾った、そんなところじゃないかしら」

「あー……」

「まあ見てきたわけじゃないから合っているのかどうかなんてわからない、ただの推測だけれど」


 少女は嘆息した。

 見事な推理である。この大きな魔女はまるで探偵か何かのようではないか。


「さ、というわけだから……この宝石はアリサちゃんが持っていなさい。合言葉も教えてあげる」

「きゃふんっ?! ど、どどどどうして私が?!」


 少女は驚きの声を上げ、耳と尻尾をぴんと立てながら髪の毛に黒板の図を消させているゲルダを見上げた。


「だってその宝石はその男の子からアリサちゃんに譲られたものでしょう? なら現在の所有権は貴女じゃない」

「で、でも、そんな危険なもの……!」

「相手を殺さないような使い方もできると言ったでしょう? だからその宝石が危険かどうかは宝石が決めるんじゃないの」


 目を細め、にこやかな……けれど真面目な顔でゲルダが告げる。





「使い手である貴女が……決めるのよ」






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