剣は騙る
あぁ、またこのときがやってきた。
期待に、希望に、勇気に心躍らせ私をつかむ勇者の存在を感じて私はため息をつきたくなった。
今回の勇者は二十歳の男。
若々しいエネルギーに満ちた良い人間だ。
あぁ、なんて惜しい。
これがもしこんな形の勇者でなければ。
これがもしこんな形の出会いでなければ。
否――私と出会わなければ。
彼はきっと世界のために良い影響を与えたことだろう。
私を受け入れる器は大きい。
多大な未来を秘めた若者だ。
だからこそ私は思うのだ。
あぁ、なんて惜しい、と。
「今、この世界には魔王という存在が生まれてしまいました。その魔王のせいで魔物たちの動きが活発になり、多くの場所に被害が出ています!」
「勇者様!魔王を退治して世界に平和を取り戻してください!」
「それが我らの願いです!」
あぁ、なんてくだらない。こいつらの作ったシナリオはいつも吐き気がする。
祭りあげられる勇者様。世界の平和のために旅立つ勇者様。
勇者様は英雄、勇者様は我らの希望。
お前らはその甘言でいったいどれほどの未来ある若者を無駄にしてきた?
お前らはいったいどれほどの闇を生み出してきた?
「はいっ!お任せください!すべては世界の平和のために!」
嬉々として誓う勇者に私はうんざりする。
幾度も見てきたからだ。
こうして英雄に祭り上げられた勇者が仲間達と旅に出て、いくつもの苦難を乗り越え私を使い、
魔王の元へたどり着くその瞬間までをすべて。
あぁ、なんて良い話なのだろう。
こうして世界に平和は戻りました。自らを身代わりにしてくださった勇者様のおかげで――。
くだらない、くだらない、くだらない。
その先の闇を民が知ることはない。
その先に待つ運命を勇者が知ることはない。
役目を果たした勇者が、次は魔王として、世界の敵としての役目を果たすことになることなど。
そうして勇者と魔王は成り立っているということなど、他の人間が知ることはないのだ。
そして、私のこの叫びがこの新しき勇者に届くことはないのだ。
「仲間を紹介いたしましょう……わが娘にして神殿でも屈指の実力を持つ巫女です」
「よ、よろしくお願いいたします。勇者様」
この薄汚い狸の娘が。
赤らめた顔の裏に隠した感情は一体なんだ?どうせ勇者をせせら笑っているのだろう?
どうせお前は最後に勇者を魔王に変えるための人材なのだろう?
だが、どれだけ奴等を嫌おうと私にはどうしようも出来ないのだ。
あぁ、なんて歯がゆいのだろう。
*******************
「勇者様。貴方様にはこの二ヶ月間たくさんの修行をしていただきました。そろそろ魔王退治に出てくださっても問題ないころかと思います。今一度お願いいたします。どうか、魔王を倒して世界に平和を取り戻してください!」
……もうそんなに時間がたったのか。
確かに私はこの勇者によって振り回され続けたが、正直に言うとまだまだ弱い。
だが、まぁどうせ死ぬ人材だ。どうでもいいのだろう。奴等にとっては。
「はい……。巫女姫様、騎士団長様、宮廷魔術師様」
ふん、それが今回あの狸どもが用意した人材か。
またろくなのがいない。
「どうか僕と一緒に来てくれませんか。そして共に世界に平和をっ!」
っふざけたことを。
共に、だと?ふざけるな。勇者は何も知らない人形のくせして正義ぶりたがる。
共にできるわけなどない。
「はい、勇者様」
「あぁ、共に力をあわせよう」
「えぇ」
「それでは勇者様。その聖剣を手におとりください」
私は勇者に握られる。
最初に握られたときよりもとても硬く、ごつごつとした剣士の手になり始めている。
だが、それでも弱すぎる。私を握るにはまだ弱すぎる。
「さぁ、行こう!世界の平和を取り戻すために!」
なんて、お約束な言葉。そんな生と死も感じたことのない言葉など薄っぺらいガラスと同じだ。
簡単に壊れる。
簡単につぶれる。
********************
「うおぉぉぉぉぉっ!!!」
勇者に握られた私が嵐のように踊る。
だが、その一撃には力はこもっているが当たらない。
当たり前だ。この勇者には覚悟がないのだから。
魔物であれ、魔族であれ、その命を奪う覚悟が全くないのだから。
「くそっ」
笑わせる。
そんな覚悟で私を握ったこの勇者。
そんな覚悟で言葉を放ったこの勇者。
「ていやぁぁぁぁぁっ!!!」
無駄ぶりが多い。
私の先がようやく魔物の体を掠める。
その時に飛び散った血の色は青。
「ギッ!」
魔物の小さなうめき声が聞こえる。
それだけでこの勇者の手が震える。
「ギシャアァァァァァ!!!!」
痛みからか魔物は怒り狂い勇者へと攻撃の矛先を向ける。
歪んだ醜い顔。
それににらまれただけでこの勇者は……!
「う、わ、くそっ」
震える体を必死に抑えて私を構えるがあまりにも動きが鈍い。
この程度の魔物など殺せるだけの実力くらいならあるはずなのに、最後の最後で怯えに負ける。
命を奪う、その重さに負ける。
くだらない。そんな覚悟しかないのに勇者になったこの男も。
命を奪うことを苦とする男を勇者として祭りあげた狸どもも。
すべて、私が壊せればいいのに。
「うわあああああああっ!」
すべて、私が
「ギシャァァァァァァァ……」
死に行く魔物の断末魔が小さく消えていく。
魔物の体を二つに分断したのは勇者ではなく私だ。
私が勇者の手を操って魔物を殺した。
だが、私を握る勇者の力が弱くなっていく。
弱く、弱く、弱く、弱く、弱く……そして私は勇者の手から滑り落ちた。
「う、う、う、うわ、あああああああああああああああっ!!!!!」
こらえきれない勇者の絶叫が響く。
すでに他の魔物たちを殺してきたのだろう、勇者の仲間が集まってくる。
「勇者様!?」
「勇者よ、しっかり!」
「どうなされたのですか!?」
そいつらの見ている前で勇者は吐いた。
泣きながら、命を奪った右手を見つめながら。
「殺して、しまった。殺してしまった!命を、奪ってしまった……」
言葉にならない言葉をただ壊れたように紡ぐ勇者。
「勇者様!」
「しっかり!」
勇者の周りを囲むやつらを私は落とされた場所で静かに見ていた。
こうなるのがわかっていて私はあれを殺した。
こうなるのがわかっていて私はあえて勇者の手を使ってあれを殺させた。
血をすった私は強くなる。
絶叫を聞いた私は強くなる。
鋭く、鋭く、強くなる。
そして、私は 。
やつらを ために私はこれまでただ 強く ため すって勇 して
……茶番だな。
あぁ、茶番だ。
だが、私は進むしかない。
たとえこの勇者が壊れても。
私は……。
*******************
「命を奪ったのは、初めてだったんだ」
唐突に勇者は言い出した。
勇者初めて魔物を殺した夜のことだった。
他のやつらは寝静まり、聞いているやつはいなかった。
「そりゃあ、肉は食べたことはある」
私がただ聞いていることを知ってか知らずか勇者の独白は続く。
あの後勇者はすぐに落ち着きを取り戻したように見えた。
私は少し安心、したのだろうか。
「でも、実際に命を奪うのって初めてだったんだ」
わからない。
そしてわかるつもりもない。
この勇者が、いや、勇者に選ばれてしまったこの男は哀れだが、この男の吐いた言葉はすべてこの男自身の言葉だ。
その言葉に対する嫌悪が私にはある。
たとえそれがどんなに哀れな存在が吐いた言葉であろうとも。
「怖かったよ。自分のせいで命が失われるんだから」
覚悟なくして吐いた言葉だ。
覚悟がないくせに、正義を気取って吐いた言葉だ。
だから私はこの勇者は嫌いだ。
哀れだし、惜しい存在ではある。
だが、そのお人よしさには少しうんざりする。
狸どもに対する怒り、というか負の感情は当然変わらない。
しかしだ。この勇者に対しても私は大して思い入れはない。
「殺したやつを待ってるやつがいたら?そう思うと怖くて怖くてたまらないんだ」
いや、思い入れのある勇者など、これまでに一人しかいない。
他のやつらは皆、ただ私のために壊れ続ける哀れな人形でしかない。
狸どもに操られ、私のために朽ちる。
あぁ、なんて哀れ。
本来ならばもっとよい道があっただろうにそれを捨てることを選ばざるを得なかった哀れな勇者よ。
「はは……。笑っちゃうよな。平和だの何だのと並べておきながらそのために失う命のことを考えてなかったんだから」
……夜は、苦手だ。
昼間は抑えられる私の中に溢れる狂った感情が暴走しかねない。
それは、夜に存在する闇ゆえか、それとも……。
考えたくはない。
私の中にうごめく狂ったどす黒いものは今は抑えよう。
脈打つ私の狂った感情は今は抑えよう。
「まったく……。何言ってんだろうな」
そう、今は。
血に飢えた私の身が再び暴走しないことを祈ろう。
勇者がただ朽ちる運命であることを変えることもアレの望みだったはずだから。
少しくらいなら、この勇者のことも見直してやってもいいのだろう。
「おやすみ」
自らの愚かしさを認めたこの勇者のことを。
少しくらいなら、壊れるのを遅くしてやってもいいのだろう。
こんなことを思うようになるとは、私もおかしいようだ。
少し眠りにつくとしよう。
**********************
「シッ……!」
勇者が私を振るう。
その速さは最初とは段違いに速い。
その太刀筋に迷いはない。
いいことだ。
いい、ことだ。
「後ろ頼む!」
「はいっ!」
私は知っている。
否、私だけは知っている。
この勇者は弱い。
まだまだ弱い。
魔族を殺せば夜に泣くし、魔物を殺せば夜に吐く。
だが、昼は絶対に迷わない。
あぁ、嫌いではない。
そんな勇者の姿勢が嫌いではない。
嫌いではないが――私には関係ない。
ただこの勇者が私の身に血を浴びせれば。
ただこの勇者が私の心に悲鳴を浴びせれば。
ただ、それだけなのだから。
私には関係ない、はずだ。
「勇者もずいぶんと迷わなくなったな。強くなった」
「はは……」
あいまいな笑みで答える。
乾いた笑いを返す。
当然だろう。まだ強くなどなっていないのだから。
まだこの勇者は優しさを持ったままなのだから。
辛くて、怖くて、恐ろしくて、悲しくて。
そんな負の感情に押し潰されながらもそれを必死に隠して後で泣く。
それを繰り返してばかりでまだ弱いのだから。
まだ優しさを消していないのだから。
「でも、まだまだだぞ」
「はは、わかってるって」
暗闇の中で叫んでいるのが私には聞こえている。
ごめん、ごめん、本当にごめん。
この勇者の中にある感情はいつもこれだ。
血を私に浴びせるとき。
狩りをするとき。
いつもこの勇者は謝っている。
殺してしまってごめん、いくらでも恨んでくれ。いくらでも憎んでくれ。でも前に進むしかないんだ。だから、殺す。
優しさを殺せない、哀れな勇者よ。
「そう、だよな。重さってのは背負わなきゃダメなんだよな」
何故そんなに泣きそうな顔で笑う?
何故そんな顔をしてまで前へ進む?
逃げればいい。誰にも見付からないように逃げてしまえば。
なのに何故お前はそうしない?
わからない、わからない、わからない!
私はこの勇者に哀れみしか感じていないはずなのに。
私はこの勇者に何を感じているのだろう。
生きていてほしいと思っているのだろうか。
優しさを失わないでほしいと思っているのだろうか。
……どちらにしても、私にはそれを願う資格などない。
真実を知っていながらそれを隠し、自分のために利用しようとする私には。
どうせこの勇者は死ぬのだ。
そしてその原因を知っている私には、そんなことを思う資格などない。
それに、私が今ここに在るすべて、ただアレのためにただ をか た に
血塗られた私の身が願うわけにはいかないのだから。
「魔王城も近くなって魔族も増えてきたな……」
「あぁ、それに強くもなってきた」
魔王城で私はきっとまた別れる。
これまでと同様に勇者の最後を見ることはないのだろう。
だから今は、今だけはすこしくらいならいいのではないか?
この勇者の優しさを見つめていても。
魔王城へといたる道のりくらいは、この勇者に願っても。
それが後でどんな苦しみを持つことになろうとも、今だけは。
今だけは優しい夢を見ていたい。
血塗られた私の身でも優しい勇者の苦しみを聞いてやることができると勘違いしても少しくらいなら許されないだろうか。
そう思うのは、自己満足に過ぎないのだろうか。
**********************
「勇者よ。操られた愚かな人形よ。ここでそなたを討つことだけが、我にできる唯一の慰めだ」
「愚かなお前は知らぬだろう。そして我も話すつもりはない。ただ、ここでお前を討てばお前は救われる」
物々しい形相の門番は語る。
救う、慰め。
正直にいえばこの門番どもに討たれるのが一番良い選択肢だ。
だが、この勇者、否、勇者達はこの選択肢を選ぶことはない。
選べないからだ。
選びたくないからだ。
壊し、殺し、その手を真紅に染めて、ここまでたどり着いた勇者達は決して選ばない。
自らが救われる資格などないと。
慰めなど苦痛でしかないと。
そういって勇者達は選ぶ。
自らが最も苦しむ道を。
そして、私はその道を指し示す。
もっと進め、もっと進め。
その手を真紅に染め上げて、私にもっと声を聞かせ、苦しみ叫べ。
その果てに待つのはかつての敵と成り果てた自分。
選べ。
救われない、慰められない勇者達よ。
選べ。
泣きながら、何度も叫びながらここまで来た勇者達よ。
選べ、選べ、選べ。
あぁ、私はそれを見せることしかできない。
勇者を壊し、狂わすことしかできない。
申し訳はない。
言い訳もするつもりはない。
私はただそのためだけに聖剣を『演じている』。
さぁ、選べ。
今代の勇者よ。
心優しき青年よ。
「っ……僕に、救われる資格なんてないから」
悲しそうに勇者は笑う。
泣きそうな顔で勇者は笑う。
顔をゆがめて勇者は握る。
私の柄を。
「だから、進む。人形でも何でも僕はそれを選んだから」
私の身が空気に触れる。
寒々しい戦場の空気が私の身をさす。
何度も感じたはずの空気なのに、どこか凍えるような冷たさ。
「ごめん」
勇者は蹴る。
地面を蹴って飛び出す。
私を構えて、一直線に門番へと飛び出す。
その動きは、あまりに速い。
門番は反応できない。
「っ」
のどの奥で勇者が息をとめる。
そして、私は振りぬかれた。
『聖剣』である私はいとも簡単に右側の門番を二つに切り裂く。
勇者は動きをとめない。
振りぬいた勢いをそのままに左側の門番へと向きをかえる。
そして、加速。
相棒の門番を失った門番は、しかしうろたえない。
重そうな斧を軽々と構え、勇者を迎え撃つ。
勇者はそれを見ても止まらない。
ただまっすぐに最速で、私を振りぬく。
斧と交差する。
力押しはしない。
ただ何度も交差し、打ち合い、火花を散らす。
『道化だな』
斧と打ち合うたびに聞こえる声。
私にしか聞こえない声。
私を嗤う声。
『愚かだな。そこまで堕ちたか』
響いて消えない声。
だが、私は知らない。
知っているが、知らない。
知る気も、ない!
『所詮、貴様も』
「シッ!」
一閃、勇者は渾身の力をこめて私を斧に叩きつける。
同時に私も力を増す。
二つの全力があわさり、斧にぶつかる。
『人形に過ぎない』
斧が粉々に砕け散った。
そのままの勢いで勇者は門番に私を叩きつける。
止まらない、何度も泣いても勇者は止めない。
「くっくっく……」
体を半分に分断され、それでも石の門番は笑った。
嗤って、消えた。
斧と共に。
消えない嗤いを私に浴びせて。
「っく……」
勇者の心が悲鳴をあげる。
これまで戦ってきた相手と違い、コレは血を流さない。
だが、それは血よりも重いものを勇者に残した。
勇者の心に深い傷をつくった。
それは、救いという。
黒い光が、脈打つ。
魔王の元まで、あとわずか。
止まらない勇者は泣きながら進む。
********************
時というものは無情だ。
あまりに早い。
早すぎる。
ここでそんなことを思ったのは何年前だろうか。
もう、時など忘れてしまったと思っていたのに。
「お前が、魔王か」
勇者は語りかける。
すでにその体は化け物となり、うなり声しかあげられなくなった元勇者に。
「グルルルルルル……」
警戒の色を灯しながらも魔王は勇者に飛び掛らない。
まるで勇者の言葉を待っているかのように。
「お前も、そうなんだろう。そして僕もそうなんだ」
虚ろ、ではない。
むしろはっきりとした口調で勇者は語る。
周りに奴等がいれば疑問に口を開いただろう。
だが、今ここに奴等はいない。
いるのは、勇者と元勇者と私だけだ。
「正直怖い、けどそれが運命だと思い込んで」
何か答えを期待するかのように勇者は悲しそうに元勇者に笑いかける。
いや、と首を振って勇者は続ける。
「そう思わされてたのかな。もう今となっては遅いけど」
勇者を見つめる元勇者の瞳に敵対の意識はない。
ただ、静かに勇者の、過去の自分の言葉を聴いていた。
勇者はだらりと私を床に下ろす。
赤黒い液体と青い液体が混ざり合い、黒紫となった液体が私を伝って床にたれる。
吸いきれなかった液体だ。
今の私はどうなっているのだろう。
この勇者が始めて私を手にしたときのような神々しさは放っていないことはわかる。
私にあるのは恐れだ。
今、私は禍々しいどす黒い光を放っていないだろうか。
「なんで、気づかなかったんだろう。なんで、気づいてあげられなかったんだろう」
勇者は悲しそうに、泣きそうな顔で語り続ける。
そこにあるのは後悔だ。
気づくことが出来なかったという後悔。
勇者の瞳から透明な雫が流れる。
「ちょっと考えればわかりそうなものだったのに」
独白。
そこには何もない。
血も、叫びも、戦いも。
あるのはあまりに非情な現実。
「人形、ね。そうか、あれは僕のことだけをいってたわけじゃなかったんだ」
私さえも知らなかった現実を知ってしまったこの勇者はあまりに哀れだ。
なぜこの勇者なのだ。
なぜこれまでの勇者の中で最も優しいこの勇者なのだ!
もっと非情な勇者のときであればよかったのに。
なぜ、と運命を恨まずにはいられない。
「まさかそんなひどいとは思わなかったよ」
勇者の言っていることはあまりに支離滅裂だ。
語りかけているようで、誰にも語らない。
真実を見据えているようで、逃げている。
だが、勇者はたった一つの現実にたどり着いてしまった。
「運命はなんて無情なんだろう」
魔王に語る。
勇者はただ悲しい現実を語る。
私はこの元勇者がそれを知っていた可能性があると思っている。
わたしはこれまでの勇者の最後を見ていない。
途中で私は消える。
だから、勇者が何を知って魔王となったのかを知らない。
それなのに私は真実をしっているつもりでいた。
「お前も知っていたのか」
悔しさの混じった勇者の言葉。
それは私も同じだと、叫びたくな
「―――聖剣」
勇者に気づかれていた?
私の存在を?『私』の存在を!?
「出てこいよ。……わかってんだよ」
『ち、何故わかった』
『私』が声を発する。
この数十年間一度も出さなかった声を、だ。
だが、それは私ではない。
「そんなことどうでもいい。……お前も知ってたのか」
私ではなく、しかし私なのだ。
実に嫌なことだ。
『ふ、あの小娘どものことか?』
光の『私』はまだ生きている。
あぁ、口惜しい。
さっさと消えればいいのに。
あと少しだったのに。
あと少しで、私と逆転できたのに!
「っ……知っていたんだな」
『ふ、あんな人形どものことなどどうでもよい。貴様、何故気がついた?貴様も所詮人形だろうに』
聖剣と呼ばれる存在にふさわしくない貴様などに負けるか。
うるさい、消える寸前のお前が出来ることなどない。
ふ、貴様もこの勇者同様ただの人形にすぎん。
黙れ。お前は何もわかっていない。
それを知らずにあがくなど、ただの無駄だ。
違う、お前こそが自分の意のままにすべてがまわっていると勘違いしている愚か者だ。
「そうか……。最初からすべて仕組まれていたってわけか」
勇者が笑う。
あまりに儚い。
今にも崩れてしまいそうな表情で笑う。
違う、それは私ではない!
『ち、人形の分際で……』
今お前を喰らうのはあまりよくないが、今喰らえばすべてが始まる。
ならば今喰ってしまえ。
「どういうことだ」
意味を理解できない勇者はあたりを見渡す。
近くにいたはずの魔王が消えた。
私にはわからない。
魔王との最終決戦の時、私の意識はない。
いつも『私』にとられていた。
だが、今は違う。
『ふん、貴様も所詮人形だからな。すべてを理解しているつもりだったようだが、あまりに滑稽だ』
『私』が私を嗤う。
「どういうわけだ!」
倒すべき相手であり、旅の目的であり、そしてどこか似た相手を失った勇者が吼える。
『愚か、愚か、愚かだ!愚かな人形共が!すべてすべてすべてが掌で踊っていることも知らずにすべてを知ったような顔で語る人間も勇者も魔王もお前も!すべて愚かだ!』
聖剣が嗤う。
狂ったように嗤う。
モウ、タエラレナイ
スベテクラウ
『あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!』
『私』の絶叫。
黒い感情に身を任せた私に勝てるわけがない。
所詮人形と侮ったやつが悪い。
さあ、喰らって喰らって喰らいつくせ。
そしてやっと始めよう。
アレの願いを叶えよう。
それこそが私の存在意義。
それこそが私だ。
『貴様、何故……!』
聖剣の内部で私と『私』がせめぎあう。
だが、『私』は私に勝てない。
『チニマミレタワタシヲアイテニタダソコニフンゾリカエッテイタオマエガカテルトデモオモッタカ』
血にまみれた私を相手にただそこにふんぞりかえっていたお前が勝てるとでも思ったか。
私はすべてを犠牲にしてきた。
すべてはこの瞬間、すべてをはじめるために。
そして、今、『私』を喰らう。
「聖剣?」
勇者よ、今はただ静かにしていろ。
さもないと私が勇者を喰ってしまう。
黒い私が。
『オワラセヨウ、モウオマエハヒツヨウナイ』
力が足りない。
悲鳴が、血が
ホシイ
『ユウシャ、スマナイ』
届かない私の声。
だが、たとえ届かないとしても私は言わなくてはならない。
一度でも勇者の思いを聞いた私は。
一度でもそばで安らぎたいと思った私は。
『オマエハ、キライデハナカッタ』
だが、私はこの勇者以上に願いを叶えなければならない相手がいる。
そのために私は『私』を騙し、聖剣を演じたのだ。
そのために私はこれまでの勇者を壊してきたのだ。
『ダガ、ワタシハオマエヲクウゾ』
私は浮く。
すでに『私』の意識を潰しはじめている。
神々しい光も薄まっている。
今なら、できる。
「なっ!?」
聖剣の周りをどす黒い光が包む。
それはすでに聖剣ではない。
『ユウシャ、アリガトウ』
切っ先を勇者に向ける。
そのままに私は飛び出す。
その速さは、音速に近い。
よけきれない勇者の肩を掠める。
「ぐ……」
触れた部分を喰らう。
血を喰らう。
『シネ、ユウシャ』
一瞬動きを止める。
勇者に狙いを定める。
そして、飛び出す。
勇者の胸を貫いた。
「そうか、お前が……」
死に行く勇者が納得したように言う。
そんな満足そうな顔をするな。
そんなに満足そうな顔で笑うな。
もっと憎しみを向けろ。
私がすべて悪いのだから。
私は一度でも思いを聞いたお前を利用したのだから。
『そんなに、笑いながら死ぬな』
勇者を貫いて私は完全に『私』を喰った。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
この勇者は、私にとって……。
『いや、何も言うまい。眠れ、魔王にならなかった勇者よ』
もう届くことのない声をただ呟く。
勇者と魔王の輪は今消えた。
あとは、はじめるだけだ。
私を水色の光が包む。
何度も感じてきた、戻される瞬間だ。
さあ、戻ろう。
このシナリオを壊しに。
『さぁ、魔剣としてのはじまりだ』
聖剣は何を思い、何のために生きているのか。
その問いはまたいつか……。
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