王宮のペテン師達
わたくし達は、秘密を抱えている……
「君を愛することはない」
王宮の二人っきりの応接室で、ソファに向かい合って座った王太子殿下がそう口に致しました。
王家からの婚約打診への返事をしに参内したわたくしに対してです。
「それならなぜわたくしに婚約の打診をなさったのでしょう?」
純粋な疑問を口にしたつもりですが、問うた言葉に少々棘がありましてもそれは仕方がありませんでしょう。
「怒りは最もだ。だが、婚約者候補の中で私の話を冷静に真面目に聴いてくれそうな令嬢は【天上の百合】とご令嬢の間で評判のレリーヴィット、君しかいないと判断したんだ」
まあ、殿下ったらその呼び名をご存じでしたのね。
へームルフトゥ侯爵家の娘レリーヴィット・へームルフトゥ、それがわたくしの身分と名前でございます。
確かにわたくしは、わたくしを慕ってくれているご令嬢方に【天上の百合】と呼ばれております。
ほとんど白と言っていい白金の髪にペリドットの瞳、透き通るように白い肌は侯爵家の娘として誇らしいと言ってもよいでしょう。性格は少々キツイところがあるのは自覚しておりますが欠点と言うほどではないと思っておりますし、控え目に言っても同世代では随一の淑女であると自負しております。
そんなわたくしにふざけたことを言ってきた王太子殿下は我が国プラハロード王国の第一王子ロズエデル・プラハロードとおっしゃいます。
美形揃いの王家にお生まれになり、ご本人はその中でも【至高の薔薇】と呼ばれるほどの美貌をお持ちです。光り輝く金髪に湖水のような優しげな青い瞳、適度に健康的な肌艶に甘い容貌となれば、国の内外を問わず縁を結びたいと願う女性は掃いて捨てるほどいるでしょう。
「愛するつもりもない婚姻を結ぼうとする殿下のお気持ちが理解できませんわ。せめて、わたくしが納得できるだけの理由がございませんと……」
いくら【天上の百合】と呼ばれていようとわたくしは聖母でも聖女でもありませんもの。これくらいは要求させてもらいます。
「ふふ、君なら冷静に私の話に耳を傾けてくれると思っていた」
不敵な笑みを浮かべた殿下は傍らの、ローテーブルの上にあったベルを鳴らしました。
ベルの音に促されて部屋に入ってきたのは殿下の侍従であるヘリフ。
殿下の乳兄弟ルブルー・スペルヘーノの弟で、その縁で殿下の侍従となった、いわゆる幼馴染です。
黒に近い焦げ茶の巻き毛を形よくカットした髪はふわふわで、少し垂れ目の大きな目、鼻は小さく形よく、ほどよい厚さの唇は血色のいいローズの色。有態にいって美少年と言っても過言ではありません。
「おいで」
礼を取ったまま動かない彼を、殿下が呼びつけました。
その声のなんとお優しいこと!
わたくし、殿下のこんな甘々な声音を初めて聞きましたわ。
呼ばれたヘリフは大人しく殿下の側へ来たのですけれど、あと一歩と言うところで立ち止まって、残りの一歩をなかなか踏み出しません。わたくしを気にしているようです。
そんなヘリフに焦れた殿下が中腰になって彼の手を取り、そのまま自分のほうへ引き寄せ、抱いたままソファに座りました。
お二人の様子を見たわたくしは、半分だけ納得いたしました。
なるほど、彼が殿下の意中の方なら、確かに王太子妃はおろか、側妃にも寵姫にもできませんわね。
殿下はわたくしに二人の関係を受け入れ呑み込み、そのうえで王太子妃や王妃の責務を負ってくれるのをお望みなのですわね。
さて、どういたしましょうか……。
「見ての通りだ。
私とヘリフは相思相愛。だが、そばに置くことはできても結婚はできない。そこで……」
「皆まで言わずともよろしいですわ。それはよぉっく分かりましたので。ですが、その程度であればわたくしであってもなくても制約魔法で縛ってしまえばよろしいでしょう? なぜ、わたくしで、こうやって打ち明けてくださるのです?」
そう、王族の権限で婚約時に魔法で制約させてしまえば相手が誰であれ秘密は保持されるはず。なにもこうしてわたくしに告白して了承を取り付ける必要はございませんのよ。
「制約魔法は相手方に約束事を強いる魔法だ。できれば使いたくない。なにより、私と婚約、結婚したというのに私からの愛は得られないのだ。閨を共にする気も無いから子供も望めない」
「まあ! それではお世継ぎはどうなさるおつもりですの?」
「将来、弟につつがなく男児が生まれれば養子にいれようと考えている」
それでしたら王家の血が途絶えるなどということにはなりませんでしょうけれど……。
「本音を言えばヘリフと一緒になれるなら王位もいらないのだが、君も知ってのとおり弟は学者肌で王に向かないし興味も持っていない。貴族達の調整もせねばならないから私まで〝いらない〟と言うわけにもいかない。
だが、私がヘリフを手放せない以上、私の妻となる人は私の愛が無いだけでなく世継ぎの重圧を抱えて生きていくことになる。制約魔法はそれを強いてしまうが心までそういうわけにはいかないから、きっとその人は心を病んでしまうだろう。それはさすがに…………普通のご令嬢には可哀そうだろう?」
まるでわたくしが普通の令嬢ではない言い方ですけれど、制約魔法を使いたくない理由は呑み込みましたわ。でも、それだとこの状況にわたくしなら耐えられるとお考えなのか、それともわたくしなら病んでも構わないと思っていらっしゃるのか……。それはありませんわね。殿下はわたくしを説得するおつもりなのですから、わたくしが進んでこの婚約を結ぶ策をお持ちのはず。
「では、その〝普通のご令嬢であれば病む〟であろう立場にわたくしが甘んじるだけの対価は用意してございますのよね?」
「ああ、もちろん。
私は婚約者を決めねばならないと父上に言われた時から、ずっと君を観察していた。自分の我を通すために、君を脅すのか懐柔するのか模索しながら」
「まあっ! それで脅迫と懐柔、どちらになさいますの?」
「それはね……。ヘリフ、呼んできてくれるかい?」
「承知いたしました」
殿下の頼みにヘリフはするっと殿下の腕から抜け出すと、礼をしてから退室していきました。呼んでくるとのことですから、また誰かが来るのでしょうけれど。
ほどなくして鳴ったノック音に殿下が許可を出すと、ヘリフがドレスを纏った少女を連れて帰ってきました。
ヘリフに伴われてわたくし達の側まで来ると、彼女はまだ馴染みきっていないたどたどしさの残るカーテシーで礼を取ります。
「彼女はヴェルワンテ家の三女、メイリーシュだ」
殿下が「どうだ?」と言わんばかりの誇らしげな表情で紹介して下さいます。
「ヴェルワンテ家といえば……」
「そう母方の叔母上の嫁ぎ先の伯爵家だ。メイリーシュはだから私の従姉妹に当たる。
メイリーシュ、こちらが私の婚約者候補のレリーヴィット・へームルフトゥだ」
「ただいまご紹介に与りましたメイリーシュ・ヴェルワンテと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
メイリーシュは栗色の緩くうねった柔らかそうな髪にアーモンド形のくりっとした緑色の瞳の可愛らしい少女です。緊張からなのか、高揚した頬は赤く染まって初々しい感じがとても好ましい。楚々とした様子のなかに、かなり緊張しているのが見えます。年のころは十五……いいえ、十三、四といったところでしょうか。
「わたくしはレリーヴィット・へームルフトゥ。こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ。可愛らしいかた」
笑顔でそう返せばメイリーシュは頬どころか耳まで真っ赤に染めて恥ずかしそうに俯いてしまいます。
「三女ということですけれど、申し訳ありませんが、わたくしヴェルワンテ家のご令嬢はお二人しか存じ上げませんわ」
「それは仕方がないんだ。メイリーシュは体が弱くてね。両親と離れてずっと保養地で療養していたんだ。だから十歳式にもデビュタントにも出ていない。最近になってやっと体が出来てきて出歩けるまでになったんだ。
だからね、彼女は社交界では全く知られていない令嬢なんだ」
デビュタント。
それは我が国では十三歳になった貴族子女が行う社交界へのお披露目。それに参加できないほどお体が弱いなんて……。
なんて儚くて愛おしいのでしょう!
「だけど安心して欲しい。本人のたっての希望で急ぎ淑女教育を受けている最中だが順調に身に着けている。君が連れて回りたいなら次の社交時期に間に合うだろう。そっと閉じ込めておきたいならいまのまま社交界には出さない選択もある」
まあ、それって……。
「それって、このヴェルワンテ嬢をわたくしにくださるということ? 王妃殿下はご承知ですの? わたくし、ヴェルワンテ家に恨まれるのは不本意ですわ」
「すべて根回し済みだ。
行く行くは世間体のためにヘリフと娶せるが、ヘリフは私と、メイリーシュは君と、添い遂げるんだ。
この場は君とメイリーシュのお見合いの場でもある。彼女は君の好みにぴったりだと思うんだがどうだろう?」
そう言われて改めてメイリーシュを眺めます。背はわたくしの目線より下。体が弱かったということもあってこれ以上伸びることは無いでしょう。ふわふわとした髪は初めて見た時から触ってみたくて仕方がありません。緑の瞳には熱が籠っていて、決して殿下の言いなりになってここへ赴いたのではないと察せられます。
「あなたは、それでよろしいの? せっかく健康な体を手に入れたのだもの、もっといろんなことが出来ますわよ?」
それでも一応、本人に確認してみれば
「わ、わたし、ずっとレ……へームルフトゥ嬢に憧れていたのです……」
思わぬ言葉が飛び出しました。
「名前で呼んでくれて構わないわ。わたくしもメイリーシュとお呼びしても?」
「は、はい……!」
「それで、憧れていた……とはどういうことかしら? ずっと保養地にいたのならわたくしを知る機会なぞ無さそうですけれど。最近の話……ではないのですわよね?」
「ロズエデル殿下から、ずっとレ……レリーヴィット様のお話を伺っていて……。
健康で、お美しくて、聡明で、人望もおありになって、何もかもがわたしとは正反対の淑女の鑑と謳われるご令嬢。そんな夢のようなお方がいらっしゃると聞いて、わたしは夢中になってロズエデル殿下へレリーヴィット様のお話を強請りました。
そのうち、一目でも良いから、遠くからでも良いから、この目で拝見したくなりました。でもわたしの身体はその頃はまだガラクタのように役立たずで……」
「だからね、私は言ったんだ。頑張って健康を手にすれば、レリーヴィットに会わせてあげられる……と。その言葉は効果覿面だったよ。それまでなかなか思うようにいかなかった体力作りや苦手な食材への挑戦がみるみる実を結んで、こうして約束を果たしてあげられた。
やはり恋する乙女の底力というのは大したものだと思うよ」
「そ、そんな……恋する乙女だなんて……」
殿下の言葉にメイリーシュが真っ赤に染まった頬を隠すように両手で挟んで俯いてしまいます。
まあまあまあ、本当に可愛らしいっ!!
「では、わたくしに会いたい一心で健康になる努力をしたということですの? それはとても光栄ですわ」
わたくしはそう言ってメイリーシュを抱きしめました。
細い体はわたくしでも腕の中に囲い込めるほどに小さくて、そうしていると愛おしさが込み上げてきます。
そういう意味では、わたくしとロズエデル殿下の好みはとても似ているのかもしれません。
自分より小さくて、可愛らしくて、健気で、真っ直ぐで、そして一途に自分を想ってくれる同性。
わたくしを慕ってくれるご令嬢方がわたくしを【天上の百合】と呼ぶのは、そう言う意味なのです。
ロズエデル殿下は一つの誤解もなく正しくわたくしの呼び名の意味をご存じだったということなのですわね。
そして殿下もまた【至高の薔薇】という呼び名が、ただ華やかで美しいというだけの意味では無かったということなのでしょう。
貴族の中でもごく一部、子息令嬢の中でもごく一部だけがその真実を知る小さくて大きいわたくし達の秘密。
「メイリーシュ、あなた、わたくしのモノになりたいの?」
「! お、お傍に置いていただけるならこれ以上の喜びはありません! お慕いしております、レリーヴィット様……」
「まぁ! 本当に可愛らしい……。ねえ、〝お姉さま〟と呼んでみて?」
「……レリーヴィットお姉さま……」
恥ずかしげに、それでもきちんとわたくしの要望に応えるその姿! たまりませんわっ!!
「殿下、本当にこの娘をわたくしにくださるのね?」
「ああ、私と婚約してくれれば君の真の伴侶とするといい」
「分かりました。では、ロズエデル殿下との婚約、謹んでお受けいたします。
メイリーシュはわたくしが囲ってしまいましょう。名目はわたくしの特級専属侍女として、社交界には出しません。個人的なお茶会などには連れていきたいので、淑女教育はそのまま頑張ってもらいますわ。といっても私的な場に限りますから、わたくしが合否を決めます。それでよろしいかしら?」
「そのあたりは私は口を挟まないよ。メイリーシュに無理強いしない範囲で君の好きにするといい」
「まあ、わたくし、お気に入りの娘は大事にいたしますわよ。一緒にお茶をしたり、似合うドレスを作ったり……。そうだわ、お揃いのドレスを作るのも良いですわね。今から楽しみで仕方がありませんわ」
こうしてロズエデル殿下とわたくしは正式に婚約を結び、一年後に成婚の運びとなりました。
そのさらに一年後にヘリフとメイリーシュが結婚し、わたくし達は仲の良い王太子夫妻とその側近夫婦となったのです。
どちらも子には恵まれませんでしたが、当初の予定通り王弟殿下の長男を養子にして王太子としました。
ヘリフ達はもともと子は望んでおりませんでしたし、側近としてヘリフが賜った爵位も現実的に一代限りとなりましたが元より未練はないということですし、わたくし達にとってはなんの問題もありません。
少しだけ変わったことといえば……。
「お姉さま、お茶を淹れましたわ。ご休憩なさってくださいませ。陛下もどうぞ、一息お入れください」
「そうね、いただくわ」
わたくしがそう言って執務の机から立ち上がると
「今日のお茶菓子はこちらです。僭越ながら、僕が作らせていただきました」
「へぇ、美味しそうだね」
今では国王となったロズエデル陛下も立ち上がって、休憩用のソファに移動します。
普通ではありえないことですが、国王陛下と王妃殿下の執務室を一緒にして、こうして四人で過ごす時間が増えました。
いいえ、四人で過ごす時間を増やすために執務室を一緒にしたのです。
なんだかんだ、わたくし達は馬が合ったらしく、四人で過ごすのが心地よい関係になりました。
もちろん、わたくしの一番はメイリーシュですけれども、仲睦まじくしている陛下とヘリフを、メイリーシュと眺めるのも楽しいと感じるのです。
わたくし達は、秘密を抱えています。
とても大きな秘密。王家に仕える貴族達、国を支える国民。
それら国全体をペテンに掛けた、わたくし達はペテン師です。
でも、それが何だと言うのでしょう。
わたくし達は幸せで、国もきちんと機能していて国民は平穏で、どこにも不幸な人はいません。
それならそれで良いではないかと、わたくしは思うのです。




