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1話 夢と現実

ゆっくりとマイペースに投稿していきます


  ———物心ついた頃から、不思議な夢をよく見ていた。

 

 大地を埋め尽くすような白い花が豪華に咲き誇る場所に、顔も名前も知らない一人の女性が悠然と佇む。

 腰まで伸びた金色の髪は煌々と輝き、純白のドレスは穢れを知らない無垢なお姫様(プリンセス)のよう。

 見惚れてしまう綺麗な女性が見上げると、視線の先に無限に広がる空も、人を照らす太陽も、月もない。

 麗しい花が大地を埋め尽くしてるはずなのに。殺風景に映る不思議な場所で女性は哀しそうに祈りを捧げる。

 その夢は毎回同じ内容。花園で独り祈りを捧げている最中に意識が覚醒していく。

 その間、オレには何も出来ない。手を伸ばすことも、声を出すことも出来ず。意識だけが存在してる無力な傍観者でしかない。

 それは夢。所詮眠っている時に見ている一瞬の幻覚。だというのに子供ながらに、こう思った。

 

  ———儚くて哀しい夢だろう、と。

 

 一面に広がる花は彼女を祝福するように咲いているがそれだけ。他には何もない。

 人も、生物も、広々な青空も。あるのは彼女と無数の真っ白な花だけ。

 女性が最後どうなるのか。


 ———孤独の花園で独り寂しく暮らすのか。

 

 ———それとも誰かが現れて手を伸ばして連れ出すのか。

 

 ———それとも自力で抜け出したのか。


 その結末を知る者は誰一人としていない。

 

 幼い頃、あの人の結末を観れないことに無性に腹が立ったことは今でも鮮明に覚えてる。

 何もない楽園に、誰かが訪問したならそれでいい。孤独から解放されて、幸福な結末(ハッピーエンド)なら手が痛くなるほど喝采を奏でよう。


 ———だが、その逆は?誰も訪れることはなく、あの場所で独りで祈り続けていたら?

 

 考えれば考えるほど、そんな不幸なの結末(バッドエンド)に腹が立った。

 子供というのは実に単純だ。というよりも幼い頃のオレが大馬鹿だった。

 存在だって不確かで、幻でしか無いのに、幽閉されている女性をどうにかしたいと強く想った。

 夢に出る女性がいた場所や、咲いていた白い花の種類を調べるため、孤児院の本棚にある本を片っ端から読み漁った。

 必死に読み漁ってる途中で、年上だからとお姉さんぶるお転婆な顔馴染みも手を貸してくれた。

 その顔馴染みと一緒に、村中を駆け回った。

 世話をしてくれるシスター、村に住む物知りな老爺と老婆を訪ねても、みんな知らないと首を横に振る。

 本で調べても、自分たちより長く生きている人に聞いても分からない。

 諦めればいいのに、意固地になって、幼稚な頭で必死に考えて、考え抜いて、ある一つの夢が浮かんだ。

 

 ———そうだ。英雄になろう。


 物語に出てくるような英雄になれば、彼女が居る場所にきっと辿り着ける。

 連れ出す人が誰もいないなら、自分が腕を引っ張って孤独の花園から連れ出そう。

 世界は美しくて、素晴らしくて、楽しいものは沢山あるんだと。色んなことを体験させ、哀しみに満ちた顔を、溢れんばかりの笑顔に変えよう、と。


 荒唐無稽な夢を、手伝ってくれたお転婆の顔馴染みにいの一番に伝えた。

 月が満月で、満天の星の下で将来の夢が決まったこと、英雄になると、高らかに公然と表明した。

 彼女はその話を相槌して、黙って最後まで耳を傾けていてくれた。

 オレの話が終わると、ゆっくりと口を開いて———


 『———クラウンくんなら、きっとなれるよ。わたしを救ってくれた英雄(ヒーロー)だもん』


 空を照らす満月よりも、惹かれる綺麗な笑顔で彼女はそう云ってくれたのを覚えてる。

 その言葉は、世界で誰よりも期待していて、誰よりも信じてくれて、応援してくれていた。

 

『うん。わたしも決めた。君が英雄を目指すなら、なれるようにお手伝いする。隣で君を支えるね——約束するよ』


 星空の下で、明日も遊ぼうと約束するようにお互いの小指を絡める。

 2人の子供の小さな約束。子供の頃の約束なんて、大人に成長していく中で薄れていくものだが——このちっぽけな誓いを破りたくないと想った。

 この日に決まったのだ。夢に出る女性と逢うために、小さな約束を守るために。

 オレは、クラウン・ベゼルスは決意したんだ。英雄になるのだと———。

 

◇◇◇

 

 封印迷宮3層で、一匹の鼠と相対していた。

 命が掛ってるはずなのに緊張はない。その原因は、うんざりするぐらい見慣れたモンスターだからだろう。

 強襲されないよう片手剣を正面に構え、互いに睨み合ってるが不毛でしかない。

 

「キュキュキュ!!」

 

 (ネズミ)とは云ったが、街中で見かける遊び盛りの子供ぐらいの大きさの巨大鼠。

 そのモンスターの名は『カーフ・ラット』。

 新米はそのサイズに気圧されるだろうが、鈍臭く注意すべき点は前歯以外ない、冒険者入門モンスター。

 前歯に気をつける訳は、発達した前歯は毒があり、一度噛まれると一週間は咳が止まらない。

 噛まれたら当然痛いが、毒も弱く命に別状もない。咳が出て、喉が痛くなるだけ。地味に迷惑なモンスターである。

 

「キューウ!!!」

 

「前歯鳴らして、威嚇するしか出来ないのか?それしか芸がないから新米冒険者(ニュービー)にも侮られるんだよ」


 毛を逆立てて、ガチガチと歯を鳴らして威嚇する『カーフ・ラット』へ人差し指を曲げて挑発する。

 

「キューーーーッ!!」


 下から数えた方が早い弱小モンスターでも、見下されるのは嫌いらしい。

 人間へと脅威があるモンスターなのだと、矜持(プライド)を守るため突進してくる。

 その意地には称賛を送りたいが、狙い通りの行動をしてくれたことに感謝の笑いを零しちまう。

 

「間抜け!そんなんだから、冒険者入門モンスターから卒業できねぇんだよ!」


 鈍足で、迫力もない渾身の一撃を躱し、持っていた片手剣(ショートソード)で首根を深く斬りつける。

 

「キュ………っ!」


 首根を斬られた(ネズミ)は悲鳴を上げ地面に倒れる。

 斬られた箇所から赤い血が漏れ、両手両足を動かして悶え苦しんでいるところへ、頭部へ剣を突き刺す。

 致命傷を負ったネズミは小さく鳴き声を上げ、ただの肉の塊へと成り下がる。

 

「これで10匹目。まっ、上出来だろうよ。鼠狩りも板についたもんだ」

 

 ダンジョンに潜って、これで10匹目の(ネズミ)討伐。

 倒した後は、当然戦利品を忘れない。

 発達した前歯を、片手剣(ショートソード)で剥ぎ取って、腰に携えている袋に収納する。


「一旦引き上げるか……?頼まれていた数は倒しているからな」

 

 命のやり取りにしてはどの戦闘も味気なさすぎたが、精神と肉体の疲労は蓄積されてはいる。

 しかしだ。欲を言えばもう5匹。それか他のモンスターを討伐して金銭を稼いでおきたい。


「……まぁ、帰るか。ネズミ狩りに時間が掛かるって勘違いされるのは不名誉だからな」


 少し悩んで選んだのは金銭ではなく、冒険者としての意地(プライド)

 初心者向けモンスター狩るのにも、時間が掛かると他の冒険者に馬鹿にされる方が死活問題だ。

 冒険者になって、約一年。その割には軽すぎる収納袋に顔を顰めて、迷宮(ダンジョン)から引き上げた。


 

「そら、頼まれていた依頼こなしてきたぞ」


 ダンジョンを運営管理するギルドに戻り、受付窓口で業務をしていた担当受付嬢に声を掛ける。

 

「クラウンさん。お帰りなさい」

 

 書類から視線を外し顔を上げると、彼女は穏やかに頬を緩ませる。

 彼女の名はエリゼ・エレーシア。受付嬢でありながら、迷宮都市『シギルム』で上から数えた方が早い有名人。

 ショートカットのラベンダーの髪に、丸眼鏡が似合っている美人受付嬢。

 男女問わず愛嬌よく、業務に真面目で、どんな時でも落ち着いた物腰で丁寧に対応し、迷宮でも、ギルドでも困ったことを相談すれば九割は解決する完璧超人。

 彼女が親身に相談に乗って、その事にうっかり惚れた男どもが頻繁に食事に誘って玉砕するのは有名な話。

 男女問わずに人気で美人受付嬢で有名だが、それ以上に彼女の名前が知られているのは元冒険者だからだ。

 

 ——エリゼ・エレーシア。別名『鋼鉄の聖女』

 

 如何なるモンスターが相手でも勇敢果敢に挑み、傷を負おうと、顔色ひとつ変えず必ず討伐する。

 鋼のような精神力に、他を寄せ付けない戦闘能力の高さで数多くの勝利を齎してきた。その姿に畏怖と尊敬を込め『鋼鉄の聖女』という二つ名が与えられたらしい。

 迷宮探索の最前線の1人として活躍し、冒険者として順風満帆な人生を送っていたのに、数年前突然と冒険者を引退。

 当時大勢の人間が引き留めたようだが、当人は頑なに首を左右に振り断り、辞める理由も最後まで語らなかったという。

 その後、冒険者を支援する冒険ギルドの受付嬢として働いている。


「ギルドからの要請を引き受けてくれてありがとうございます。とても助かりました」


「冒険者として当然の行いをしただけだ。ギルドから依頼されていた『カーフ・ラット』10匹分の前歯が入っている」


 ギルドから配給されていた収納袋を彼女に渡す。

 失礼します、と一言断りを入れ中身に間違いがないかと確認が始まる。


「『カーフ・ラット』10匹の討伐確認しました。本当にありがとうございます。脅威度は高くありませんが、繁殖しているのを見過ごすわけにもいかなくて」


「報酬は安いくせに繁殖能力だけは高いんだよ。鼠の報酬、もう少し上げた方がいいんじゃねぇの?」


「ギルド長に何回も提案しているのですが、『カーフ・ラットが種として進化しない限り、人類に対する脅威度を上げる理由がない』と却下されてしまって……」


「……まぁ、ぐうの音も出ない正論ではあるな」


「打診する度に正論を返され、正直心が折れそうです……『カーフ・ラット』は新米冒険者でも簡単に倒せるモンスター。群れを率いる様になれば報酬額を見直されそうですが……今のままだと、ギルド長は許可を下さないでしょうね」


「報酬が安くて討伐する奴がいねぇからギルドが冒険者に依頼することになってんだろうに。モンスターが地下迷宮から溢れないの良いことに手抜いてるんじゃねぇの?」


 立場上同意するわけにもいかず、エリゼは曖昧に笑って誤魔化す。

『カーフ・ラット』を討伐していたのはギルドから要請を受けたからだ。増殖していた鼠を、担当受付嬢のエリゼ経緯で依頼され承諾した。

 モンスターの脅威度が高ければ報酬は高く、低ければ安い制度。

 冒険者は装備や道具を整えるので、それなりに出費をしてしまう。生活していく上で、報酬が高い方へと流れていくのは必然の成り行きなわけで。

 『カーフ・ラット』のような脅威度と報酬が低いモンスターは新米卒業すると討伐しなくなる傾向が高い。

 誰も彼も討伐しないと繁殖していくので、定期的にギルドが信頼できる冒険者に依頼して防いでいるわけ。

 ギルドからの依頼を受ければ普段よりも報酬が多いメリットがあるものの、報酬を見直す方がギルドの負担も軽くなりそうなんだがな。

 どんな思惑があるのか、ギルド長は改善せず現状維持を続けるらしい。


「では、報酬をお渡しします。ギルドからの要請協力として報酬を上乗せし、合計1000ユーノになります。お手数ですが、お間違いないかのご確認を」


 報酬の金額が正しいか目の前で数えていると、袋の中は200ユーノ多い。

 顔を上げると、オレの反応を予想していたエリゼがお茶目にウインクする。

 200ユーノ多いのは手続きミスではなく、個人的な贈り物(チップ)らしい。

 

「今後ともご協力の方をどうかお願いします」


「助けを求める庶民に手を伸ばすのは当然の行いだからな。なんせオレは———」


「———英雄になる男、ですもんね」


 悪気や計算のないエリゼの屈託な笑顔にうっかりと見惚れてしまい、鼓動が早くなっていく。

 頭では「決め台詞取るなよ」って、呆れながら指摘するイメージはできてる筈なのに。

 

「…………っ!」


 天使のような笑顔に魅入られていたが、それは僅か5秒という短い時間で現実に引き戻される。

 会話している最中、ずっと感じていた数多の嫉妬から昇格してしまった醜い殺意によって。

 地下迷宮に潜っている時より濃厚な死の気配。

 モンスターとの激闘の末の栄光ある死ならともかく、この場にいる大勢の男の嫉妬が爆発して殺害されるとか笑い話にすらならねぇよ。

 人間に授けられた命は一つだけなんだ。馬鹿馬鹿しい理由で失くす前にさっさっと退散だ。


「おい!クラウン!いつまでもエリゼちゃんの仕事の邪魔をするんじゃねぇ!」


 我慢の限界のようで背後から野次が飛んできやがった。

 主に頭にバンダナ巻いてる顔見知りに。というかソイツの声しか聞こえねぇ。


「うるっせぇな!?声掛けることも出来ないヘタレは静かにしてろ!……たくっ。叫んで喉痛くなるっての」


「ふふふっ。それにしては嬉しそうな顔してますよ?」


「勘弁してくれ。アレと仲良いとか。ただの勘違いだっての。そんじゃ、また明日な」


「はい。クラウンさんのこと、明日もお待ちしていますね」


「てめぇ!!エリゼちゃんとサラッと会う約束取り付けてるんじゃねえぞぉ!」


「だからぁ!うるせぇなぁ!担当受付嬢だって何回言えば通じるんだ!文句あるなら追いかけてこいよ!このヘタレ野郎!!」


 文句だけは一人前のヘタレに、見えるよう中指を突き立て挑発すると、それはもう効果覿面。

 机を囲ってギルドメンバーと会議していた奴が椅子から飛び出して、憤怒の形相でこっちに向かってきてる。

 エリゼを除いた全員がまたかよ、っと呆れた視線がオレたちに集まる。

 いつもの光景と受け入れられている事態に抗議したいが、悠長にしてたら嫉妬で狂ったヘタレに捕まっちまう。


「今日という今日はお前を捕まえて吐かせてやるからな!待ちやがれ!」


「人とぶつからないよう気をつけてくださいね!」」


 鬼に追われるってのに律儀に待つ奴とか、世界中を探しても存在するわけないだろ。

 ギルドに響く怒号と、ズレた心配をしてくる声に見送られながら冒険者ギルドを後にした。

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