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水晶の街  作者: iuと猫
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中編・4

 西野陽子は、乗り付けたミニ・クーパーを丘の小径の途中に停め、後は歩んで此処にやって来たようだった。控え目に、目立たないように、3号爺の関門を(ワン・カップ酒1つの手渡し、オ?ホイホイ行け行け小娘、で)穏便に乗り越えて。

 不意の女性の来館者だ、位に考えて事務仕事から顔をあげた管理人だった。彼は、変哲のない笑顔で会釈した陽子に迂闊うかつに笑顔で応えてしまって、慌ててかしこまり「おや、これは」と席から立ち上がる。

 陽子は会釈を重ね管理人に近づきながら、チラチラと視線を上にあげていた。

 其処から2Fフロアのロビーに面する長椅子が見える。其処には、乱暴に体を投げて陽子に気づかない風を装ったケンイチがいた。横顔の表情をピクリとも変えない。そうしていれば彫刻だと言わんばかりに。

(返って、やりにくいなぁ)と、陽子は苦く思う。

 ケンイチにしてみれば、陽気な1日の始まりか位に首を伸ばしてみると、遠目に見た事のあるミニ・クーバーだった。いささか慌てて、どう対応しよう、また騒ぐのだろうか、今度はしっかり追い返すゾ、などと考えがまとまらないままの格好だ。もちろん、朝から面倒だと憤満やるかたなしだった。

(アイツめ。また来やがった、何しに来た)

 階下の、挨拶を交わす管理人と西野陽子のやり取りが聞こえる。管理人が「今日はどのようなご用件でしょうか?」と問うと、「ええ、それが……」

 その続きが無い。変な間になった。おや?

 ケンイチが手摺りから顔を覗かせると、丁度2Fを気にして顔を上げた陽子と軽く目が合った。

 彼が即座に「帰れ」と言い放たなかったのは、その西野陽子の印象の為だった。前回とどこか違う。険しくはない、何か静かな風だ。彼女は、管理人から更に「どうしました?」と重ねられると、視線を戻しても「えーと、その」と困り顔で返答できないでいる。

 よく見ると容姿も違っていた。この日の陽子は、淡いグリーンのサマーセーターにオフホワイトのテーラージャケットを羽織り、細身のジーンズ、素足にカーキのキャンパススニーカー、髪を後ろ手にくくってというラフな姿だ。(内心、始めから口論になると想像していたケンイチだったので、今階下にいる彼女ではもじもじしているただの小娘で)拍子抜けである。

「おい」

 幾分控え目にだが、それでもケンイチの呼び掛けは刺のあるものだった。

「今日は日曜日じゃねーか。役人ってそんなに暇なのか?」

 キッ、と陽子が頭上のケンイチを睨み付ける、筈だった。

 だが予想に反して、彼女はそうしなかった。我慢をして下を向いたのだ。ようやく、ケンイチは不審をあらわにする。

「何だよ?」

 手摺りをつかみ、立ち上がったケンイチを見て、陽子は「あの」と言う。意を決してという感じだった。

「ご・ごめんなさい」

「え?」とは勿論、男達の口から同時に漏れたのである。

 陽子は深々とお辞儀をして、見せる笑顔は苦しげだった。

「前回は取り乱してしまって、ごめんなさい。実は、美術館の調査は打ち切りになりました」重ねる。

「経緯は申し上げられませんが、色々ありまして。今思うと、私は随分失礼をしました。恥ずかしくなって。それで謝りにきました」

 目をパチクリさせていた管理人は、頭を下げ続ける陽子を見て、我に返っていた。机を離れながら頭を上げて下さいと言い、陽子の傍に歩み寄り、そこでケンイチを仰ぎ見た。

(どうしたのでしょうか?)

(どうしたんだろーな?)

 男達のやり取りの最中、不意に陽子が顔をあげる。うって変わってにっこり笑ったので、上と下の彼らはぎくりとした。

「それで」と切り出した陽子は、また意を決した様子だ。彼女の言葉は意外なものだった。

「今日は、見学にきました」

「え?」再び、男達は驚いた。陽子はそれに輪をかけて驚き返す。

「えって?え?なぜですか。見学です。見学がいけませんか?」

 いたって冷静な陽子なのに、対する管理人はいやいや、まあ貴女、落ち着いてと変な汗をかく。ケンイチはロビーに降りてくる。足音は、何だ、どうした、何があった、だった。

「何でそうなるんだ」

「じゃあ、遊びです。遊びに来ました」

 今度は正真正銘ケンイチを睨み付ける陽子だったが、それも一瞬の事で、即座に申し訳なさそうに「いけませんか?」

 反応出来ないケンイチを尻目に、彼女は更に展開していた。

「どうして貴方はいつも――」そこで耐えられないと口元を押さえて笑い出し「そんなにアホなの?」

 呆然とするケンイチだった。会話は、既に笑われて完結していた。気付くと目の前の陽子は、それこそ友達のように笑っているのだから怒るタイミングを逸してしまった。今や何がそんなに楽しいのだろうと眺めるばかりだ。

(ダメだ)

 ケンイチは弱々しく、管理人に救いを求めていた。

(オレは、この女と口論しても絶対勝てないと思う)

 つまりこういう事でしょうか、と興味深そうに口を開いた管理人は、ケンイチに対してはうすら笑いだった。

「当・美術館に対して、貴女と役所の不信はなくなった。そして貴女は別件で此処に来た。別件とは、見学です」

 頷く陽子を観察しながら。

「見学は、純粋に見学ですか」

「はい」

 答える陽子は瞳をキラキラさせている。

 管理人はケンイチに目をやる。ケンイチは始めイヤイヤと首を横に振っていたが、何となくだ。強いて拒否する理由もないと思い始めて、仕草が曖昧になっていく。それで決まりだった。

 管理人は、コホンと咳払いをし「見学ならば大いに結構です。では改めましょう」

 彼のお決まりのセリフはウインク交じりに、それは赤毛のケンイチ、西野陽子どちらに送ったとも取れなかったが、ケンイチには苦くだがまんざらでもないと笑わせるもので、陽子には期待に応える言葉だった。

「水晶の塔・美術館へようこそ。西野陽子さん、歓迎致します」

 あらぬ方向に、グット・ジョブと親指を突き出す陽子。それはどこかで、と目を細めるケンイチ。管理人は憑き物が取れた、という顔をしていた。

「本当に見学に来たのか?」

 小声になったケンイチが念を押すように質問すると、陽子の笑みは勢い込んだものになる。手荷物をかざしてみせる。

 手荷物は。見ると右手に下げられたレジ袋だ。

 男達が見ていると、ゴソゴソと探り取り出された物は、市販の音楽CD数枚だった。 

「私に、証明出来る事があります」

 首を傾げる管理人とケンイチは、陽子に比べるとかなり大柄な男達だ(管理人など怪物なほどに)。彼らを注目させ、ディスクを自慢のカード・コレクションのようにおおぎに拡げて笑っている彼女の図は、まるで野蛮なゴブリンに魔術をかける妖精のようで、事実笑みは屈託のない少女の可憐さで、大人の女性らしい美しさも少しはあり。

 やればできるじゃないかの西野陽子、だった。

2012年6月、加筆。改行スペースを削除しました。すみません間が空きました。最後までがんばります。

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