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水晶の街  作者: iuと猫
39/40

ネオスクリプト・流星群(終話前半)

今回だけ〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が含まれています。

15歳未満の方はすぐに移動してください。

苦手な方はご注意ください。

 ケンイチは慌てふためいて、弾けるように管理人の傍ら(かたわら)から立ち上がり、フロア奥の事務机に走っていた。


惑乱しうわづりながら「きゅ、救急車」と、いったん机の電話機に触れるものの「いや、気道確保か」と、そこを離れる。管理人室に飛び込み、茶箪笥をがちゃがちゃ探って、なんだか手に割り箸をで握リ締める、そして再び事務机にと、突っ伏すように舞い戻ってきた。


「110番、いや、119番!」


電話機のプッシュボタンをガチャガチャと乱暴に叩きながら、しっかりしろよ管理人、と念じ呟く。


救急にはすぐに繋がった。


「…Z市地区管轄救急救命センターです。どうされました?」


「人がぶっ倒れた、痙攣してる、重体だ」


「頭を動かさずにそっとしておいて下さい、呼吸はどうですか―そちらの住所を教えて下さい」


 受話器の奥から冷静な声色で住所を問われ、ケンイチは住所?と面食らう。よく考えたら知らんゾ、と心中で叫びながら、落ち着けケンイチ。


机に重ねられた書類をひっくり返して拡げ、探してみるが判らない。そういえば公団から届く黄色い封筒があったと思いつき、机の隅に束にして重ねられていたそれを調べてみるが。


どの封筒にも、どこにも。水晶の塔・美術館御中と、宛名だけしかない!?


「―回線を調べました。そちらは市内中央商工ビル…水晶町住宅公団オフィスですね?」


市内?明らかに食い違う所在を告げる声に、ケンイチは色を失って。


「違う!此処は郊外、水晶町だ、Z市内じゃない、水晶の塔・美術館だ!」


はたと、思い当たる節がある。ケンイチは血の気が引く思いだった。


世間に対しておおやけには住宅公団が表立っている、と管理人は言っていた。徹底的な秘匿はないにしても、伏せがちのではないか?運営はそうだった。住所、電話回線なども、一度住宅公団を経由するのだとしたら?内にいたケンイチに気付き得ない、外から見れば閉鎖的な運営だったとしたら?


 それが今は裏目に出たのではないか…


ケンイチは、力任せに机を叩いていた。ちくしょう!致命的だ。からくりは簡単で、それで支障なくやれるのかもしれない。だが今、もたもたしてる場合じゃない。


「―もしもし、では美術館で検索します。何か目印になる建物はありませんか?」


「丘だ!山を目指せ、GPSとか何かで」と。


 ここでケンイチは「あっ」と、閃いていた。GPS機能…といえば?管理人がそう言っていた、ワンダフル・ナイルカード!


ケンイチは受話器を放り出し、管理人に走り寄る。探り当てて、彼の財布を乱雑に振り回すと。


バサバサと、少ない紙幣やレシート類に紛れて、数枚のカードが床に散乱する。


その中の、薄いペラペラの緑色のカード、これだ。3号爺が持っていたワンダフル・ナイルカードだ。


さあ、使い方はどうだったか?3号爺は簡単に使ったゾ。


(矢印がある、ここをどうする、こするのか、タップか?)


ケンイチが床に座り込んでカードをいじっていると、管理人がひときわ大きく体を引きつらせて…


「ああ、くそっ!」


その時だった。カードが黄色く輝く表示を閃かせた…CALLING。


よくわからん、だが!とケンイチは立ち上がっていた。CALLINGだ、連絡か何かがともかく走ったぞ!


慌てて机に戻り、受話器を握りしめるケンイチだったが、受話器の奥の声は沈黙だ。


(そりゃそうだ、くそ!オレの馬鹿野郎!)


だが「…こちらはナイル・コールセンターです」と、突然女性の声が響く。


ギョッとして、ケンイチは受話器を握り締める。繋がった?だが?救急センターは?


「―今後受話器は戻して待機して下さい。貴方の行為は数秒間のロスとなりました」


相手などお構いなしの、冷静沈着な声は続く。


「回線は本通信が介入しています。如何なる第3者もこれを解除できません。所属と組織を明示願います」


ギョッとしたままでケンイチ。


「所属は?…わからねー、だけどここは水晶の塔・美術館だ」


女性の応答に一瞬の間があった。


「…用件をどうぞ」


「管理人が倒れてるんだ、重病だ、救急車を呼んでくれ」


再び間があり「おい?」「ヒットしました」と、両者の声が重なる。


「…水晶の塔・美術館・管理人―キーワードがヒットしました。緊急度をSランクに変更、コール地点を確定、一斉指令が北半球全域下に発令されました」


「は?」


「上海、韓国両空域、哨戒部隊からアンサーバック。そちらに向かいます。到着所要時間は、最短で2分30秒後、最長で3分後です。更にハバロフスク空域、グアム空域よりアンサーバック…大規模な動員が必要ですか?」


「いや、救急車は1台で…」


「では、案件は満たされました。グッド・ラック」


「ま、待て、何だ、それ!」


「…規則を破っちゃいけないんだけどね」


えっ?とケンイチは受話器を握り締める。女性の声はトーンが落ち、聞き覚えがあるものに…


「ケンイチさん、よくやった。管理人を助けるんだよ…グッド・ラック」


 それきり切れてしまった通話だったが。


ケンイチは呆然としていた。今の声は間違いない、食堂の女主人だ。


だがどうして?スパイか何かかと、しかし、ここで首をひねってる暇はなく。


ケンイチは体を変えて管理人の容態を伺う、今は現場で出来る事をやらねばならない。


 管理人は呼吸が切れ々だ。苦しげに不規則に、大きく背中を曲げる喘ぎを見せている。


(喉が詰まってる!?)


ケンイチがゲンコツで力任せに背中を叩くと、管理人がそこに激しく嘔吐する。だがそれでも尚に気管を詰まるのか、管理人の苦悶が続く。


ケンイチはすかさず口をこじ開け、顎内に割り箸を握り締めた手をねじ込ませていた。テレビで見た。こうやって上から割り箸で舌を押さえつけて、巻き込ませないようにして…


その途端、管理人は引きつけを起こして、歯を立てあごを閉じてしまった。慌てて、左手をねじ添えるが、時既に遅く、ケンイチの右手先はその奥歯で噛み付かれてしまっていた。


 油圧の力のような、凄まじい顎のかしめだ。


ケンイチは目を血走らせて、ぐぅっとくぐもった声でうめく。管理人が頑強に歯を食いしばっていて、そのあまりの激痛に一瞬気が遠くなる。


親指あたりの骨が軋んでる、だが管理人、呼吸させてやるからな!


管理人の口から、血が流れ始める、ケンイチの指先からの出血だ。それでも抑える手は戻さない。


痺れに震える体で押しやり、血液を飲ませない風に管理人の頭を動かすと、管理人が一つ大きく吐息をついたのが分かる。


(よし!)


だが、管理人の顎部の緊張は解けるどころか、更に強度を増す。波浪のように押し寄せては退く激痛がケンイチを翻弄ほんろうしていた。


 くそっ、くそっとその波の耐えがたきに耐える。涙が止まらなかった。


痛みが来るほどに、その度に泣けてしまう。


悲しい程に、鮮やかに。管理人と過ごした陽の当たるこの丘の日々が、脳裏に浮かぶのだ。


大丈夫だ、これ位何でもない、わはは、だな?管理人。


鈍い音がした。骨が噛み砕かれた激痛が来る。チクショウ、やりやがったナ…だけど。


「オレは言ってなかった」


出血が、吹き出すおびただしいものになった。指がちぎれていく…それでも。


「ありがとう、世話になった、管理人!」 


―ケンイチが永劫のような時の長さを感じ、涙を枯らし、痛みに朦朧となり何も分からなくなった辺りで、ナイルの救護班が到着したのは、通話後から本当に3分以内だった。


 ケンイチは、この時の事をぼんやりとしか憶えていない。


濃紺の戦闘服の兵士姿の男達がばたばたとやってきて、救命処置を行い、数人がかりで管理人を運んで行った。


(そりゃ大男だし、宜しくたのむゾ…)


「…お前の右手の親指は、もうだめだ。ここで切断するぞ」


兵士が顔を覗き込んでそう言っていた、ケンイチの治療をしてくれた彼が、腕に局部麻酔をしたのを憶えている。


(や?来てくれたのか?救急車よりめっさ、速かったナ…)


麻酔は、ケンイチの酒による酔いも呼び戻していた。ここで、ケンイチは気を失ったのである。





ザワザワする。


第六感が寄せ来ている…


次にオレが見るものは何だろう…





気が付くと、ごく自然な日常だった。


ケンイチは、図書館の机についていた。


静かな空気、ただ、思索や、検索の人息ひといきがする。


ページをめくる乾いた紙が立てる音、書籍棚の回廊に宛てを尋ね彷徨う靴音、ブツブツという、沸き囁かれる独り言、筆記具の奏でるかすかな作業音…そんな静寂達が、空調の利いた乾いた空気の中に流れ、行き届いた寒系の間接照明に満たされた館内を漂っている。


 ケンイチの服装は、綺麗な綿のシャツに、清潔な色のジーンズ、適度にこなれた白布地のスニーカー、卸し立ての澄んだブルーのM1ジャンバー、清潔で、さっぱり爽やかな青年の風だ。


 彼の向かいに座り、雑誌に目を落としている女性がいる、若き日の、ケンイチの母親だった。


正面に座る同世代の男性が、まさか自分の息子だと知らない彼女は、ケンイチを気にとめず、ただ雑誌に興味をうずめている。向かいあう距離はたっぷりと遠い、それはごくありきたりの館内の机に向かう利用者の姿だった。


 ケンイチに母の認識はあった。だがそんな取り立てた興味を感じない。ただ母という人物だ、同世代という立場で眺められる奇異な機会だというだけの、特別でない独りの女性の姿を見ている感覚だった。少し前からじっと、彼女を見ていた。


机上の数冊の雑誌の中に、育児物がある。写真で見た事しかなかった若き母は、今丁度ケンイチを身篭った頃合なのだろう。そんな雑誌を彼女は静かに読んでいた、小さく息をしている、時々、うん、と記事に納得させられている…


母は、透き通った白い肌をしていた。皮膚を感じさせない白すぎるそれは、妊婦だからだろうか。痛々しくも見え、育もうとする命が、まだ淡く頼りないもろさを滲ませているのだ。


はらりと、長い髪が額から垂れる。正面にいるケンイチを少し気にして軽くそれを掻き揚げながら、思いをめぐらせるものがあるのか、紙面を離れた瞳は宙を見つめる。時々顔をあげ、首を傾げ考え事をしながら、そんな風にひと時を過ごしていた。


 穏やかなたたずみだった。


柔らかな模様が動くだけのピントの合わない背景の中で、透明な水の中に置いた玉石のようにくっきりと光る透徹した瞳は。迷いなく優しく、ただ正しい物を見ようとだけしていた。


遠慮がちな、彼女の女性らしい柔らかい仕草はしばらく後の、帰る身支度となり退席する姿まで貫かれ、それは同じように見えた。


 彼女がその間際、持ち帰る雑誌の中にしたり顔を見せたのは、資格の関する書籍だった。そういえば母は若かりしこの頃、会社勤めをする働き者の女性だったのだ。


 パリンと、何かが割れる感覚を体に覚え、気配を耳にしたような気がする。空席になった向かい側の机上を見つめるばかりだったケンイチは、いつしか変わった季節を季語で今不意に実感した、そんな顔をしていた。宙を見やり、考えに想いをはせるそんな横顔は、母のまるで生き写しだった、ケンイチは、彼女の息子なのだし。


 ぼんやりとするケンイチは、不思議な安息を迎えた気分だった。


 蒸発した母だった。


心のどこかに在ったわだかまりが一つ消えていた。母親に激昂したがそのじつ、最期まで彼女を苦しめたうしろめたさがケンイチにはあった。この人はずっと苦しんで生きてきたのだろうか、オレの為に…


 だから若き日の母の、少なくとも溺愛や、疎ましさの中にだけ生きていなかった姿を見、迷いなくその時を生きていた事を知り、少し救われたのだ、そして思い出していた。


「人は等身大で、それ以上になれないしそれ以下でもない。気にせず、歩んで行きなさい」


 それが彼女の口癖だった。きっと母は、息子に教えながら自身に言い聞かせていたに違いない、つまり、やはり今を頑張るしかないと。それで何かに辿たどり着きそこから見える美しい景色に、その時に問いたければ価値を問うべきなのだ、と。


 ケンイチはここで不意に目をやって、机の上に置いた自分の右手に驚き、すぐに気付いていた。右手は清潔な包帯が巻かれ、その少しだけ根元を残し親指は、失われていて。


(ああ、そうだったナ)


 光景の視界の左隅から、白く薄い光がやって来る。


それは押し寄せて一瞬で輝度を増し、視界一杯に広がりケンイチに同化する。


体があっという間に潰れて、あっという間に爆発的に広がる感覚がある。


視界の白い光は、急激に前方一点の焦点に殺到して更に集中していく、訪れるスターボウ。


ケンイチは純粋にエネルギーに変換され質量を虚数域にシフトし、光の速度の理論値を越え跳ぶ、時間という制限を破って。

すみません、終話も長いので2つに分割しました。


ところで、iuあいゆーと猫。

猫の名前はミェネコといいます。

彼女によるとiuは小説を描く時、いつも小さいのだそうです、目を閉じて何か呪文を唱えているのだそうです。

そんな彼女が、朝顔の葉っぱを運んできます、それを食べながら、iuは頑張るのでした。

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