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水晶の街  作者: iuと猫
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ネオスクリプト・ワンダフル・ナイルカードと…

「ナイルは恐ろしくて、本当に強い男でした」


回顧覚めやらずで、管理人はため息ばかりついている。さすがに自身の敗北秘話、寂しげだ。


 ケンイチは、話のどこかの段階からか只々聞くばかりで、ほうけたようになっていた。


本当だろうかと、にわかには信じ難かった。テロリストとは、それほどに強くて圧倒的なものだろうか、昼間あの金狼を子ども扱いにした管理人が、歯が立たなかったという程に。


 湯水のように大資本を拠出する白い部屋の老人。対立する悪のテロリスト。確かに戦闘機でやってきたし、それを目撃もした。が、そんな話が世の中にあるのだろうか。スケールが違うというか身にかけ離れすぎた話で、ピンと来ない。


ただ管理人の話は、不思議に満ちた美術館で過ごした日々の様々に、合点を匂わせていた。


そもそもフェルメールの【恋文】は、そこいらの転がるただの名画ではないのだし、美術館の在りようは極端に浮世離れしていた。資金繰り、運営形態、目的、何もかもが。


 背景には大きなうねりがあったのだ。


それでもすんなりと了解して呑込めないのには、しばらくをここで過ごしたにも関わらず今まさにこの時まで、何も知らずにいたという疎外感を、ケンイチが感じていたせいもあった。


(オレは、随分場違いな場所にいたんだ)


ケンイチは話を聞き考え入るほどに、わびしさをつのらせていたのである。


 そんな時に「私は場違いな役者でした。私は何の役にも立たなかった」と、管理人が呟いたので、偶然であってもその心理の附合に思わず(え?)


ケンイチは意外に感じても、すぐに察する。この損な役回りを演じた大男にしても、同じだったと。管理人とて、あまりに不本意に異質の世界に巻き込まれたのだ(で、あろう)


 ケンイチはここでようやく、じゃあ大変だったんだなと、痛み聞いてやる思いに辿り(たどり)着いたのである。


この長い回想は謎解きではく、管理人・矢野龍介の痛みの吐露であったのだ。


 管理人は今以て、ナイルの巨悪の実像は知らなかった(ナイルについて、ただとてつもなくケンカが強い野郎、位の認識だ)だからケンイチに話した事は、ナイルとはと断片だけを聞き、少しの時に自身が身をもって触れ知った、おぼろげな感触に過ぎない。


彼が事実を、ナイルがただ強いだけでなく、まさか様々な意味で常軌を逸した魔物のようであった、と知っていれば果たしてどうだったか。ナイルと拳を交えた管理人にさえ信じがたく、改めてはナイルを実感できなかったかもしれない。


体験は現実味を失い、人に語る事、例えばケンイチに話す事も躊躇ためらわれたかもしれない…それ程にナイルとは、非日常の存在であった。


「気を失った私を介抱してくれたのは、3号爺でした」と、管理人は続ける。


「気が付くと私は管理人室の畳の上に寝かされていました。慌てて{ナイルは?」と問う私に、3号爺は笑って「アイツはお前を、弱すぎて話ならん、とか何とか評して帰っていったぞい」と。私が目覚めた時ナイルは既に、丘を立ち去っていました」


ここで、管理人が軽い笑みを込めて「3号爺とは、あの人の自称です。実はその理由が痛快です」


 おお、やっと笑顔の会話だ、とケンイチは安堵になる。管理人は面白そうでいて、どこか困ったような顔をして見せた。


「3号爺はたまたま美術館を訪問して、死闘の場面に遭遇したようです。直後に彼は(ナイルに捕まり)ナイルと話をしたのだそうです。ナイルは3号爺に対して、何と言ったと思いますか?」


もちろん、ケンイチは見当がつかないのでスルーだ。素振りで、いいからドウゾ話して。


ニヤリと管理人。


「ここは面白そうなので私も管理人になろう―です」


「は?」


 複雑な想いを、大きく腕組みしてまず管理人が表現する。遅れてケンイチも同じポーズになった。


「ナイルは勝手に管理人を請け負った、のだそうです。勝手に、私に次ぐ2番目の管理人です。何かあったら連絡をよこせと、3号爺は(無理強いに)約束をさせられ、あの人はその時から3号爺を名乗るようになりました。彼も勝手にです。つまり「ワシぢゃ、3番目の管理人は、ワシぢゃ」です。また勝手にというか自発的に、彼は翌朝から美術館の入口に陣取るようになりました」


「…何、ソレ」


「3号爺は、緊急連絡用のカード端末を持っています。昼間の騒ぎに、あの金髪の大男が危険だと思ったのでしょう、3号爺はカードを使った訳です。もう少しで、美術館の丘が戦場になるところでした」


ケンイチの脳裏に、3号爺が使ったカードの光景が浮かぶ。signal・NAILシグナル・ナイル、あれか?


「いいや、あれはもう止めとけ!」と、事態を呑込んだケンイチは慌てて。


「ナイルが来るのか?大変だ、3号爺にもうカードを使わせるな、取り上げろ!」


 ハハッと笑う管理人は、ここで不意に顔を歪めて「痛い」


早くも二日酔いなのか?「頭痛がします」と、彼はこめかみを押さえつつ、痛みに中で笑っている?


ケンイチは鼻を鳴らし(ふん、飲みすぎだ)


ただ管理人の額に大粒の汗が浮かんでいて、それは少し気になったのだが。


 管理人の、頭痛の波が退いたのかのタイミングの、話し始めた語調が明るくなっていた。


「ところで、そのカードですが、案外優れものです。ナイルが話したところでは、GPSの機能や携帯端末になる。それでだけでなく、プリペイドカードでもあるらしいです」


「(スマン、よくわからん)は?」


「3号爺が、試しに街で自動販売機に差し込んだところ、じゃんじゃん買えるんだそうです。水晶の街に7UP(セブン・アップ、炭酸清涼飲料水)を売る自動販売機が有ります。あの人は毎朝の美術館訪問前にカードで7UPを買って、飲でいるそうです。それが楽しみなんだとか」


「あのじじぃ、何をやってる」


「でも、それが、それで」と、管理人が頭を掻く。モジモジしてる?


「(ア、ソコもわからん)うん?」


「カードですが、実は私も持っていまして」


「え?」


「だって3号爺は2枚を受け取っていました。その1枚は私に、と無理やりです。もちろん使った事はありませんよ。捨てる訳にもいきません。破棄してそれがばれたら?あの恐ろしいナイルが、怒ってやってきたら?きっと7UPを買って飲む3号爺もろとも、私は今度こそ殺されるでしょう。ちなみに我々はそのカードを、ワンダフル・ナイルカードと呼んでいます」


見せましょうかと、何だか得意げに腰の財布に手を伸ばす管理人だったので、顔をしかめてケンイチはそれを制していた「見せるな、いや見たくない」


ワンダフル・ナイルカードだと?ふざけたネーミングだ。呆れるというかゾッとするというかのケンイチに、管理人は弱り切った笑顔なのだ、2人は肩をすくめる破顔となってはいたが。


 管理人は、幾度目にもなる嘆息をついた。


「私がナイルに敗れたところで、日常に何の変化もありませんでした。例えば管理人を辞めさせられた訳でもなく、(給料が)減棒されたでもなく、穏やかな日々が続いています。私の本来の仕事は、やはり美術館の管理人です。ナイルと戦ったのは、無理があった、ただの巡りあわせだったのでしょう」


「ただし(白い部屋の老人は、この美術館は正義を貫くためにあると言いましたので、それを信じるのならば)正義の勢力と、せめぎ合い敵対する悪の勢力は、事実あるのでしょう。私は、正義の勢力の側で奇妙な体験をした、と言う訳です。不思議なのは、悪の勢力までがここを守護するという、矛盾する奇妙な事になった点です。いつしか此処は善悪を超えて、特別な場所になった…」


「私は今やここ水晶の塔・美術館は、善や悪、白や黒、光と闇、そんなくくりではない邂逅かいこうの場所であると確信しています。残るもう一つの出来事をお話ししましょう。これこそ、もっと不思議です。私の幻覚だったのかもしれません、少年ケケという不思議な少年の話です…」

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