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水晶の街  作者: iuと猫
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ネオスクリプト・黒い秩序①

 管理人は、おもむろに話し始めていた。


「私が半信半疑のまま、日々は流れていきました。真実は明かされましたが、何も変わらない、淡々とした日常でした。私はあまり深く考えない事にして、それなりに納得し、落ち着いて仕事をしていた或る日の事です。私は再び、白い部屋の老人から連絡を受けました。事務仕事中の一本の電話です」


「…対決が迫っている、敵を倒してほしい」


 は?のケンイチ。


「突然、そう告げられました。何の話だろうと私が理解できないでいると「殺し合いになるだろう」受話器の奥で、老人はそう言いました」


改めてケンイチはギョッとする。殺し合い?


管理人はさほど表情を変えない、宙を見つめたままに。


「あくまで可能性の話です。しかし十中八九、そうなる。それが老人の言わんとするところでした」


ケンイチは言葉が出ない。殺し合いとは尋常ではない。そんな連絡をしてくる白い部屋の老人とは、とんでもない悪党なのではないのか。


 聞き手が眉をひそめるのに気付いたのか、空気を読んで管理人は「白い部屋の老人は、悪人ではありませんよ?」


上手く説明できないと、やや困りがちに「端的に表現するなら」と前置き「なぜなら、対決する敵こそ悪人でしたからね?」と、苦く笑う。


「敵は悪人も悪人。なにせ相手はテロリストです」


 は?テロリスト?


ケンイチは声に出し少し考えてから、たちまち湧き上がる強い疑念にさいなまれた。テロリスト?殺し屋の?高級な?物騒なタイプだろうか。爆弾犯人・ハイジャック犯人・政治犯…ともかく、そんな奴となぜ管理人が対決をする?


「敵対する勢力がある。それは恐るべき強さで、こちらには抗するすべがない、そこで私に。こちら側の最期の切り札になってほしい、と老人は言うのです。敵対する勢力とは、一人のテロリスト率いる巨悪である、とそう聞きました」


管理人は更に苦々しく「テロリストの名は、ナイル」


 ケンイチがあっ、と合点する「ナイルって確か?」「そうです、昼間の戦闘機の後に乗っていたアイツです。ナイルとは多分通称か、コードネーム…彼は日本人です」


深くため息をつく管理人だった。


「老人によると、ナイルは凶悪で強い力を持つ、世界的なテロリストなのだそうです。老人は最期に「ナイルと闘ってくれ」と告げて一方的に通話を切ったのです。私はもちろん、殺し合いに加担するつもりはありませんでした。まったく心外で、困惑しました」


 管理人は懐述ムードである。淡々と語り表情が無い、ただ。


今、管理人の静かなおもては恐ろしくも見えた。鍛錬を尽くし孤高を極めた武道家の素顔であろう、それを垣間見せる程に、彼は何を語ろうとしているのか…


   ☆


 白い部屋の老人から緊迫した連絡を受けてから程なく、その時はやってきた。


或る日の遅い午後。その日も相変わらず、早くから来館者ははけており。


既に静かになった1Fロビーの奥で、管理人が公団の書類に目を通していると、そこに一人の来館者が現れる。


 身長は180㌢を越え、やや細身(今のケンイチ程だ)長めの黒髪で、優しい表情をした黒いスーツの男。


彼はふらりとやってきて、美術品を観賞する様子も見せず、まっすぐ事務机に歩んできた。


「失礼、管理人だろうか?」


管理人は「ハイ、私です」と頷き、机から顔を上げてまず驚いた。目の前の男は、なんと凛々しい男だろうと。


瞳は大きく切れ長で、鼻筋は通り、美いアゴのラインは美術品の彫刻のようだ。何者だろう?(韓流スターかな?)


驚き見とれる管理人にも無関心に、男は微笑んで。


「私は、ナイルだ」


管理人は、ギクリと体をこわばらせる。あっけにとられ、姿に見入る管理人だった。


 この男が、テロリストだろうか、そうは見えなかったのだ。


凶悪なテロリストなら、迫力に満ち、戦いの遍歴を思わせる頑丈で屈強な風貌である筈で、少なくともそんな匂いを漂わせるものではないのか?ところが、目の前にいるこの男は鮮やかで爽やかで、まるでどこかの映画俳優のように、クリーンな、例えば今華やかな銀幕の世界から垣間出た、風なのだ。


しかし、と感じるものもある。その笑みは冷笑で、瞳は恐ろしく冷たい。得体の知れない何か、秘めるものがある。


「私を狙っているのだろう?」


ナイルは笑い「狙われるのは性分じゃない。こちらから出向かせてもらった」


そして「表に出てもらおうと」と低い声で告げて、クルリと背を向ける。


彼は足早にロビーから姿を消してしまい、その時に我に帰って、慌てて立ち上がる管理人だった。


「待て、ちょっと待ってくれ!」


声は届いていないか、届けども無視をされたのか。落ち着け、話し合おうと呟きながらバサバサと机上を整理し、既に扉から出て行った背中にしばし遅れて、管理人はナイルを追った。


―冗談ではない。殺し合いなど不本意の極みだ。なぜ戦う必要がある、私は初めから決めているゾ、絶対に戦わない。対立する理由があるのなら、それは話し合いで解決できないかと、耳にして以来ずっと思案していたのだ、それを伝えねばならない。


 果たして管理人が、丘に追い出てみると。


既にナイルは丘の中央に立っていた。蒼ざめた管理人を、彼は面白そうに笑っていた。


「ナイルだな?聞いてくれ。私は事情を知らないし関係がない」管理人は歩み、立ち止まり、違う違うとゼスチャーし、また歩みながら言う。


「私は戦わない、戦う理由がない、そもそも我々は憎み合っていない」


 晴天の丘は静かだ。その情景を遠くから見ると、2人の男が丘の空気を楽しんでいるようにも見える。


美術館の入口に続く小径こみちにナイルが乗りつけた濃紺のスポーツカーが、芝のあおの中で美しく映えている。


 ナイルは笑顔のまま、懐から自動拳銃を引き抜き、今、スライドを引いた。


(ピストル!)


管理人は、目を見開き(そうか、テロリスト…銃器を使うのか)と、噴出ふきだす汗と共に焦燥する。


「戦わない?では、好きに死ね。お前の自由だ」


ナイルの言葉が、閃光のような殺気が、管理人を襲う、と。


 本能が、管理人を突き動かしていた。というより、あまりに極端な殺気の集中に反射的に…管理人は自ら封印していたプラズマを放つ正拳を、その一瞬に振るっていた。


2人の距離は、まだ10メートル以上離れていた、プラズマ弾ならば至近である。


 しかしナイルは不思議な事に、それをかわしていた。


管理人が的を外した訳ではない、また、プラズマ弾がヒョロヒョロと飛び進んだ訳もないが。管理人が放ったその時、瞬時に距離を抜いた筈のそこには、既にかわしていたナイルが立っていたのだ。プラズマ弾は、ナイルの肩口近くの宙を射抜いていた、紙一重のスルー。


ナイルは目は丸く、だがさほど驚いてもいない様子で「戦わないと言った割りに、とんでもない隠し玉だな?」


 管理人は恐ろしくなって、体を震わせていた。


プラズマ弾をかわしたナイルに、その動きに戦慄もした。だが戦わないと強く決意したにもかかわらず、反射的にせよ殺人技を使ってしまった自身が恐ろしかった。自身の武道観が瓦解する音に、体が震えていた。


 ナイルが近付いてくる。


管理人は目をきつく閉じて、次の瞬間を待った。


長い静寂と感じるが、つかの間の沈黙だったか。ナイルが不思議そうに問う。


「目を開けろ、何のつもりだ。戦わないのか?」


「不本意だった。私はお前と私自身をあざむ)いた、早く殺せ」


ひと呼吸あって。


「殺意は無かったように感じたが?」


 鼻先でナイルが笑う気配だ。管理人がゆっくり瞼を開くとナイルは傍に立ち、自動拳銃をクルクル回して見せていた。


「カスタムタイプSIG22口径。ウルトラ・ブレッド(超撤甲弾)は装甲車も打ち抜く。何も感じず楽に死ねたものを、愚かだな?」


ナイルはふふん、と笑ってピストルを地面に放り投げて「さて、こんな物は使う気が無くなった」と言った。


管理人は目をむく、戦いは終わったのか。


 ナイルは、軽く腕組みをして、世間話を始めたかのようだった。


「今の技は興味深い―矢野龍介、少しは調べている。百年に一度の空手家だそうだが、まんざら戦えない訳でもなさそうだ。ただの武道家がなぜ私の刺客になり得るか?理解に苦しんだが、今の技なら危なかった」


管理人は無言だ。戦意は初めから無いのだ、口論にはならない。


「今の光のようなものは、何だ?}


「あれはプラズマ、らしい。実は私にも制御できないし一度しか打てない、だからそれは申し訳なかった」


「それは気にしなくてもいい。どうせ殺し合いだ」


「殺し合い?それは、こちらが望んでいない事なんだ」


管理人が戦いを否定して、首を横に振る。


ナイルは、いいやこれは殺し合いだとそれを真似る。


「そのプラズマとやらは、お前の空手流派の技の一つなのか?」


いや、と苦く否定する管理人で、偶然使えるようになった、この丘で鍛錬を続けていつしか会得したものだ、と彼が呟くと。


ふふん、とまたナイルは薄く笑い、管理人を見て、次に丘を見渡し美術館に目をやった。


 彼は、暫く何か考えていた風で、おもむろに口を開く。


「お前達の組織をひねり潰すのは容易たやすい。正義を標榜してそれを振りかざしたところで、お前達はまるで無力だ」


「お前達は甘い。奇麗事で武力すら持たず、世界を変えられると幻想している」


「お前達は、まるで正義のボランティアだ。我々に対抗する?歯牙にもかけぬが」


ナイルが管理人に視線を戻す。


「お前は面白いな?プラズマか、この綺麗な丘で自然に体得しただと?」


 ふざけるなよ矢野龍介、武道にそんな美しい話があるものか、と呟くナイルの周辺の空気が捩れうごめく。凄まじい殺気を、ナイルは漂わせ始めていた。


「では百年に一人どころではない、お前は38億年に一度の逸材だ」


一瞬だけナイルの笑みが残る。ナイルは「私も望みを言おう」


「全力で戦って見せろ、矢野龍介。こちらもお前の得意分野で戦ってやろう!」


 ナイルの正拳が、唸りを上げて管理人の顔面を襲う。


管理人は、咄嗟の十字の受け手でそれを止めるが、その凄まじさに息を呑む。呼吸を間違えていれば、腕の骨は砕けていた…ナイルの打撃は目にも止まらぬスピードで、硬く重く芯のあるムチのようだった。


 戦う戦わないのリズムではない、否応無く、撃ち合わねばならない、肉弾戦、管理人のモードだ。


(プラズマは一度だけ。不本意に殺す心配はない、ならば)


管理人は瞬時に後ずさり、覚悟を決め―殺さず、打ち倒す!と、体重を返し攻撃に入る。


ナイルは管理人の一瞬の反転に驚くが、彼はそれ以上の圧力で管理人にぶつかる、尚も笑いながら。


 管理人は強い、だが更に強いのはナイルだった。


管理人・矢野龍介は知らなかったのだ。彼の力ではナイルを倒せる筈もない事を…

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