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水晶の街  作者: iuと猫
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ネオスクリプト・開かれる扉

中村弁護士は「ヤクザを辞めるのなら、私の処で働いてみてはどうですか?貧乏事務所です、決していい給料は払えませんが、コツコツ勉強するのです。まだお若い、道はいくらでも開けると思います」と、最後にそう締めくくった。


管理人は「いい話ですね?ケンイチさん」


弁護士婦人は顔をほころばせて「それがいいですよ、是非そうなさい」と、喜んでいた―ケンイチはそう思い出し、苦く笑うのだった。


 ケンイチと管理人の、深夜の帰路である。


水晶の街の晩秋の夜は、さすがに冷え込む。石畳を歩くと冷たい冷気が首元より忍び入るいるようで、ケンイチはM-1ジャンパーを自然に羽織り直す。


 振り返ると水晶の街の夜景であった。


街灯やまだそこ此処に明かりが残るが、まばらなそれはやがて街が寝入る気配で、しんと静まりかえっている。


 住人は皆、過去に傷を持つのです、と弁護士婦人は言った。この街が安住の地なのです、と弁護士は語った。


ゲストが保護される特別な街、不思議な夢のような街が今眠ろうとしているのかと思い、ケンイチは感慨深いのである。


「なあ、管理人」とケンイチは、横にいる管理人に声をかけてみる。


管理人は、ずっと考え込む面持ちで歩いていた。彼は小声で「何でしょう?」


「アンタも、心に傷があるのか?」


 管理人は無言だった。大男は苦く笑うのみで、ケンイチは彼のそんな反応を確かめたかった訳ではない。ただ彼は冷たい空気の中で、口に出し言葉にして、もう一度アウトラインを眺めたい気分だった。


「…不思議な街だな。色々の事が無料タダになるって、本当かな」


「…弁護士夫妻は優しい人達だな。オレの働き口まで心配してくれた、助けようとしてくれたな」


「…みんな、オレに優しかったんだな」


石畳が終わり、林道に入る、晩秋の虫達の声がする。


 ここで、管理人がポツリと言った。


「私は、今日初めて自分が―美術館の管理人が、なぜ皆さんに大切にしていただけるか、その理由が解った気がします」


 林道には、蓄光が淡いグリーンのホタル灯が左右に並び、夜の山路やまみちを照らす。落ち葉重なる自然な土の道のようだが、歩んでみれば石ころ一つも無い、明らかに整備されている。


これは一種の参道である、人がおおやけとする何かへの。美術館だろうか。やはり美術館と街は何か密接な関係にあるのだ。


 2人は林道が山道に交わる丘の稜端はじまり、美術館の入口に出る。


管理人は、ヨイショと鉄柵を開き、目線を上にあげて、今日は星が綺麗ですね?


見ると、雲ひとつ無い夜空に、砂塵を散らしたように星々が輝いている。


ケンイチは、ぼんやり西野陽子を想う。


「ヨーコさん、酔ってたが、大丈夫だったかな」


「彼女は、酔っても素敵な女性でしたね」


 男達は微笑んで小径こみちを上がり、美術館の入口に立った。さて、と息をつく管理人である。


彼は「ケンイチさん?」と改まって「私は、今日ようやく幾つかの事に合点がいきました。貴方には未だに、たくさんの解らない事があると思います」


ハイ?と、ケンイチ。考えてみる…此処は解らない事だらけだゾ。


(【恋文】にオーディオ・システム、駆け込み寺のような街、昼間の戦闘機エトセトラ、だな)


明らかに解らない事だらけだなと、内心で指を折っている風のケンイチに、管理人は微笑む。


「私が知っている事を全て、貴方に話しましょう。それで謎は解けるかもしれない、ただしその前に」


管理人は「少し、物語をファンタジーに持っていきます」


はぁ?ファンタジー?


空に飛行機はナシ、と管理人は仰ぎ指差し呟いて、ワイシャツの袖をめくる。


「…離れて下さい。45度の角度で空と私を同時に、全景を捉えて見ていて下さい」


何だ、どうしたとケンイチが後づさるのと、管理人がドリャ!と唸るのと、まばゆい発光があり空の彼方にギュンッと光が飛び去ったのは、同時だった。


 空気の焦げた匂いがする。管理人は、空に向かい45度の角度で正拳突きをしたのだ…が?が、ビ、ビームが出た!レーザー光線発射を人がやった!


 腰を抜かすケンイチである、アワワ!


 プラズマです、と管理人が鼻で笑う。偉そうな高飛車だ。


「公団は関係なく、私の師匠の関係者に大学の博士がいて、その方が様々に計測・分析をして下さり…」


「私の体内の、ごく僅かな重原子が何かの理由で体外にトンネル効果で現れ、その際のインフレがイオンで…よく解りませんが今の、いわばプラズマ弾?が放たれるらしいです」


「集中して一度しか放てません、気を練ってようやく一度です。これを初めて見た学者の先生は、ホエー!と驚きました」


「数センチの鉄板が、シュンと抜けます。電柱なら木っ端微塵です。どこまで飛ぶのかというと、少し重力の影響を受けつつ、地球の電離層で対消滅する…とか何とか」


「海外のSF映画に、銀河を守る何とかの騎士というのがいて、ご存知ですか?私は一発勝負で、一度だけ何とかの騎士に勝負が挑めるかも知れません。ライト・サーベルでギャンと跳ね返されて「地球にも戦士がいるのか!」と驚かれそうです、ハハハ」


 ジタバタするケンイチの奥襟を掴んで離さない管理人は笑う。が、ケンイチは更にジタバタして「オレは帰る」「おや?どこにですか?」「べ、弁護士の家に」「何を言ってます?」


「オレはただのヤクザだ、ファンタジーは無理だ」と、ケンイチがまくし立てていると、今更逃げられんぞ、ひゅ~ドロドロ~と強面こわおもてで脅しふざける管理人だったが、彼はすぐに冷静な笑みを浮かべて、にっこり。


いつもの管理人の笑顔で、彼は言った。


「驚かせるのはこれ位です。後は何も出てきませんから、どうか安心をして」


ケンイチが未だうろたえているの見て取り、腕組みの管理人は「変ですね?」と首をかしげて。


「ケンイチさん?ここで貴方が体験した事、全てファンタジーではありませんか?時価数百億円の【恋文】は本物ですよ、オーディオはどうです、追手は撃退するわ、戦闘機は飛んでくるわ…そもそも、貴方と西野陽子さん。バカな男と国税キャリアのロマンスなど、最高のファンタジーです」


 彼はプラズマ弾の件は申し訳ありません、と頭を掻き「驚くのは判っていましたが、話しておかねば、私のこれから説明するお話を理解できないだろうと思いまして」と言いながら、美術館入口のガラス扉の施錠を解く。


「それでは。水晶の塔・美術館と水晶の街、それにまつわる不思議なお話をしましょう」


管理人は、建物の扉と物語の核心という扉を、今同時に、静かに開いたのだった。

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