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水晶の街  作者: iuと猫
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後編・9

(追手が去り)美術館の丘に平穏が戻って来たが。


管理人、3号爺にと目をやると、やはりどこか気まずい空気だ。


「すまなかった、ごめんなさい」


ケンイチが素直に頭を下げると、管理人も3号爺もため息をつき、もういいのだという顔をする。


芝刈り機を一度肩に担いで、思い直したようにそれをを肩から降ろすケンイチだった。


「じゃ、オレ行ってくるワ」


わたたた、行くって何?ちょっと待てと、まず管理人が慌てて。


「行くってどこに?まさか、ヤクザ組事務所ですか?」


「うん、ちょっと今から行ってくる」


「ちょっとって、そんな気が早い」


「まあ、待てケンイチ、ココは落ちつくんぢゃ」


3号爺が抱きすくめる、というか抱きついて制止だが、ケンイチはずるずると引きずって「いいや、今行く」


「オレが悪かった、これ以上迷惑はかけられねー」


「しかし」と、考えて見せる管理人だ。


「あの金髪の大男…まだ事務所にいるんじゃないですか?」


ムッ、とケンイチの抵抗が止む。


「もしかしたら、私に敗北して機嫌が悪いかもしれない」


おお、そうじゃぞいの3号爺。


「お前を目にしたとたん、居合斬りかもしれんな」


「い、居合斬り?」


見たでしょう、と管理人は言いながら、手ぬぐいで自分の顔を拭き「おお、私の鼻が曲がってる」と言って、指でつまみゴリリと矯正する。これは痛いのだ、涙目になる。


「結構長い短刀でした。ケンイチさんなら簡単に、上と下とに真っ二つでしょうねぇ、くす」


うぅ、オレを脅してどうすんだ、のケンイチも涙目だ、小声になる。


「指の1本や2本なら、覚悟は出来てるんだ」


いいえ、と管理人が励ますように否定する。


「ちゃんと話せば、真面目にやっていこうとするかたぎさん(疑問符)に何かする事はないでしょう。私がついていきます。菓子折りを持って日を改めて、それこそワビを入れようではありませんか」


「おお、それがエエゾ!管理人がついて行け。でもお前が暴れると大ごとぢゃな?それこそ無茶苦茶ぢゃ」


管理人と3号爺は馬鹿笑いを見せる。危機は去ったのだ、もう笑い飛ばせばいい、と。


 ケンイチは神妙に、目を芝に落としていた。


それを気にしてだ。笑う間から念を押すように管理人は「もうヤクザは辞めるんですね?」


ケンイチは地面に向かって笑顔を作る。少し元気になって大男の肩越しに、青空を伺うのだ。


「ああ、辞める。何だかこう、バカらしくなった」


 うんうん喜ばしいと、周辺はお喋りを始めていた。いやぁ、ヤクザというのは恐ろしいもんぢゃな、はい、あの金髪の大男にはゾッとしましたよね…本当の話をしてるか、お前達。


 そんな無駄話の中の、管理人の問い掛けだった。


「何故、大金を持ち逃げしたんですか?」


「いや」


ケンイチは返事に窮す。金に目的は無かった逃げ出すついでだった、のだ。


「金は別にどーでも良かった、金なんぞ…」


 不意に感じるところがあったのか、彼はそこで口をつぐむ。唇を噛む。芝刈り機を拾い上げ、エンジンを入れる。ついっと、そこからは離れてしまう。


僅かにいぶかしい管理人と3号爺は、ヒソヒソと作戦会議を始めていた。


「もし金を要求されたら、わしのたくわえから2~3百万位は出してやるぞい」


「いえ、お金なら公団がエゲツナイ程持っています。ゲストの保護の名目なら、いくらでも捻出出来ます」


ケンイチは、やみくもに芝刈りを始めていた。背中に会話は聞こえていた。歯軋りになり痛そうに、泣く。


(この2人はバカだ、オレを守って何になる、ゲストだと?オレはヤクザで、金を盗んだ悪党だゾ)


足元の芝をずんずん刈り進む。急ぐようにではない、逃げるように進むのだ。


 そして遂に膝をつき、つんのめってしまう。耐えられなかった。耐えられずに肩が震え、嗚咽おえつし、泣いてしまう。


そうだった。オレはそもそも金なんてほしくなかった、恥ずかしくもオレは…ぼんやりと九州を夢見ていた、A男達がいる九州に行こうとしていた。金を届けるような具体的イメージなど無く、ただ、行ってみたかった。新幹線の車窓から、頬を紅潮させて景色を眺める自分がいた。まるで高校生の頃に戻ってか?A男達は笑顔で迎えてくれるとでも、オレは思っていたのか?


(なんて、愚か者だったんだ)


 もちろん、ケンイチのむせび泣きは、管理人達に見て取れていた。


彼らは大人である。暫く遠い景色を眺めて「はぁ、今日もいい天気ですね」「おお、絶景ぢゃのう」と、時間を潰すベタな配慮でケンイチに気遣いを見せてくれていた。


泣け、赤毛のケンイチ。キミは泣かなくてはいけない、誰の上にも雨は降るのだ。




 ややあって。ケンイチさん、と管理人が声を掛ける。


気が付くと、涙は枯れましたか?と問う笑顔で、管理人はそばに立っていた。3号爺は既にいつものポジション、敷地入口の大木の木陰に向かっていた、彼は背中を見せ此処を離れていた。


「そろそろ、別離の時でしょうか?」


「…」


管理人の言葉に、もろくなった涙腺がまた決壊しそうになり、くそっ、とケンイチ。強がって「だから、早く決着ケジメを着けに行きたいんだ」


 そのセリフに、管理人は思案深げだった。


「危険なあの金髪は組事務所に何時いつまでいるでしょうね?そして、街で知り合った皆さんにちゃんと挨拶するのなら、最低あと1ケ月位、かかるんじゃないでしょうか」


「1ケ月?」荒げる声に、まぁまぁとのなだめ声。


「ともかく、今日明日は絶対にダメです。明日は日曜日です。また西野陽子さんがやってきますよ?」


もう立ち上がって下さいの手助けに、ケンイチは膝の芝をはらう。


「もしピクニックなぞやられた日には、私一人ではどうにもなりません」


管理人は頭を掻いてから「最短でも明後日の月曜日、です」そして継ぐ。


「明後日の早い内に、ケジメをつけに行きましょう、ゲストのケンイチさんは私が守る、安心をして」


ケンイチは返事をしない、というか出来ずにいて。管理人は顔色をうかがう風に意見を待っているので、仕方なくかぶりを振る。


「ケジメは、オレが一人でなんとかする、オレは悪役だ。ゲストなんかじゃねー、守らなくていい」


「おや?面白い事を言いますね?」


貴方はこの美術館で何か悪事を働いた訳じゃない、と管理人は笑うのである。


「貴方は、最高にエンターティメントなゲストでした、西野陽子さんと共にです」


ここで彼は、不意に「では、急ぎ送別会を計画しましょう」


え?意外に思うケンイチだ(酒を飲まないと思っていたゾ、アルコールの類は、美術館ここに一切ないし)


「変な話にするな、変に気を遣わないでくれ」


 ケジメについても、送別会という場違いな話にもお茶を濁したい場面だった。しかし更に、景色に目をやったままで管理人は「最期に質問があります」


 その時、彼は敢えて目を合わせないで、だった。ケンイチはそんな管理人は初めて見る。喜怒哀楽に七変化し、いつも最後は雄大な優しさを見せる瞳が、今はどこか遠くを見ている。


「いいんですか?」と、彼は一呼吸置き。


「西野陽子さん、彼女と逢えなくなりますよ。いいんですか?」


 ケンイチが瞼を強く閉じる。ココでソコを言うか、一種観念した気持ちになる。


管理人を伺うと、彼は表情を変えないマネキン人形のように、一生懸命無表情を取り繕っているのだ。


(コイツめ、最期までバカ野郎だった、か)


「すまねー管理人。あんまり差がありすぎて…ムリだ」


 途端に目前の男は悲しげになる、大きく肩を落とす―これは演技ではなくこの男の素だ(本当に悲しい時、コイツはこうなる)


ケンイチは、よくよく考えたんだ、と呟いて。


「実らなくてもいいんだ。オレには…そんな恋も有り、だ」


「ケンイチさん!」


いきなり管理人が感情爆発だ。これも初めての怒り心頭の瞳で、さすがに恐ろしい。


「好きな者同士が、ナゼ付き合えないんです!」


「す、好きな者同士って?そんなアンタ」


「イイヤ、アナタ達ハ好キアッテイル!」


 ここで、大男はたどたどしいガイコク語(真剣な時の言語)かと、苦々しいケンイチだった。この眼は、無理やりにでも引っ付けようとしているのか?ああクソ、何てめんどくさい大男だ。もう最後の場面でこんな絡み方をするなんて。ああいっそ、こんな奴金狼に叩き斬られりゃ良かったのだ。


―その異音、は少し前から響き始めていた筈だった。


ケンイチと管理人が口論を始めようとしたその時に至って、異音は明確な爆音となり辺りを包む。


何だ、とやみくもな身構えになるケンイチ、仁王立ちの管理人。


 突然、丘の端から現れた物がある。軍事用の攻撃用のヘリが2機だ。辺りをつんざく大爆音を放ち、ケンイチと管理人を威圧し、ガラスの美術館をかすめる。荒っぽい曲芸飛行の爆風に、衣服がちぎれるか程はためく。


次に何かが、凄まじいスピードで落ちてくる気配がケンイチを襲う。たまらず首をすくめてうずくまると。見ると何か戦闘機のようなものが3機、丘のすぐ上の空中に静止していた。甲高い金属音がしている…


戦闘機のような紺色の機体(ヘリも同じ紺色だった)、最新鋭のステルス機を思わせる部分もありそれなら戦闘機だといえなくも無いが、それは昆虫のような大きな羽を持って、それを振動させ空中に静止していた。


複座のコクピットの後部座席で、呼吸器を外したのは、パイロットスーツを着ていない場違いな黒いスーツ姿の男で、こちらを見ている。


「…ナイル」


管理人が呟くと、黒いスーツの男が、ニヤリと笑ったように見えた。


次に3つの機体は、一瞬で上空1000メートルまで(羽を使い)ジャンプアップする。そして滑らかにパルスジェットを連携させて、マッハ3の速域で。空の彼方に消えていったのであった。


 僅かな時間の出来事だった。いつの間にかヘリの音は空の遠くへ離れていた、それもついに消え去って。


ケンイチはひっくり返っていた、大汗だ。


「何だ、今のは何だ?」


管理人は無表情だ、事務的に答える。


「面白くありませんね」


と、そんな彼は、遠くでこれもまた腰を抜かしている3号爺を咎めるように注視していて。3号爺はスマンのゼスチャー?


ナイル、と考えるケンイチは。


そう言えば3号爺は、先ほど金狼が圧倒するかという場面で、何かカードをいじっていた。 signal・NAILシグナル・ナイル、この事だろうか、という事は…


(3号爺の友達か、友達は軍隊か?)


 ケンイチさん、という声はどこかめた管理人だった。


「今の出来事は忘れて下さい、此処に、美術館に関係のない話です。私も驚いた、こんな事になるとは」


彼は長い時間、それが現れて消えた空をいまわしげに見つめていた。

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