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水晶の街  作者: iuと猫
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後編・1

 ケンイチが水晶の街へ食事に通うようになってから暫くすると、美術館へ来館者がやって来るようになった。その多くは水晶の街の住人だ。


管理人が言うには水晶の街の人々は美術館の常連で、彼らが訪問を控えていたのは、美術館に滞在するケンイチ―新しいゲストに、気遣いをしての事だったらしい。


気遣いは、新しいゲストが美術館に慣れるまでそっとしておこう、おおむねそんなところだ。


但し、関心は隠せない。ゲストはどんな人だろう?街の雰囲気のような、メインストリートの空気には、住人達の好奇心があちこちにあって。食堂の女主人の流す「いい男だよ?」というウワサは良い風に働いて。


 ケンイチが街を行けば、路地を歩けば、ひょこっと店先に顔を出せば、必ず誰かの明るい声が掛かる。


街の住人が見せる暖かな眼差しは、はじめ面食らっていたケンイチの心を次第に懐柔かいじゅうして。いつしかケンイチのぶっきらぼうな態度に笑顔がにじむようになり、それなら元々気さくなケンイチだ、程なく彼の周りに人の笑う声が集まる処となった。


ある日など気が付くと、ケンイチは両手一杯に野菜や果物や魚だのと、街のお土産を美術館に持ち帰ることもあり。


そんな頃には、ケンイチに対する街の気遣いも霧散したのだ…




「日に、どれ位人間が来る?」


「コンスタントに、日に10人位でしょうか」


そう答える管理人はケロリとしている。


デコボコの2人を可笑しそうに笑って会釈する婦人に、軽く手を上げて答えながらケンイチは、管理人に口をとがらせた。


 昨日も来た、よく見かけるようになった水晶の街の婦人達のグループが訪問してきた、午後のひと時である。


なるほど、来館者は増えてきた。しかしとケンイチはいぶかしがる。来館者は日に多くても十数人というところか。【恋文】が本物かも知れないのに「もう、笑えん」とケンイチ。


「よく、それでやっていけるな。まるでボランティアだな」


「ボランティア?そうですねぇ」


管理人は苦笑するが、ケンイチの苦言には理由がある。驚くべき事に、美術館は無料で開放されている。もう断言してしまおう、本物の【恋文】が、この美術館はなんとタダ見なのだ。


「ここは開き直りましょう、正確に、まさに、此処はボランティアです」


管理人は「給料はしっかりいただいていますので、問題はありません」と言い添え、涼しい顔をしている。


 世には様々な美術館がある。公営美術館からハウスミュージアム。運営形態は様々だろうが、それでもそれぞれに所蔵する作品の宣伝をし、観料を稼ぎ寄付を得るなどして、採算の取れる運営をするのだろう。


だが、そんな常識でこの美術館を測るが出来ない。そもそも、測ろうとする事が間違いかもしれない。ここでは数え切れない程の奇跡がある。経費とか費用とかそれを心配する必要がない奇跡も、その一部なのだ。


「有り得ねー、こんな美術館」


ケンイチは論議するでもなくそう呟いて口をつぐんだ、笑みを浮かべて。


結局ケンイチの頭では理解できない。最後にはバカバカしくなって笑ってしまう…




 ふーん、半年に一度の或る日の日曜日?美術館に水晶の街の住人が集まってくる?


管理人に言わせると、それがさあ大変「美術館・大掃除の日」だそうだ。


それが今日なんだってさ。


「何だソレ?」


正午を過ぎると、既に多くの人々でにぎやかになってしまった美術館1Fロビーだ。


ケンイチが目を丸くしていると、管理人は「いつの間にか、そうなりました」と、苦笑して。


「皆さんは自由に行動されています。私に止める事は出来ませんし、大変助かりますからむしろ喜ばしい事です」


 今日は、丁度ピクニックから7日目にあたる。つまりこの日が陽子が次に来ると言っていた「次の日曜日」で。


天気は快晴、ピクニック日和、もうその昼下がりじゃないか。


いつしかロビーから人が溢れ、それぞれ持ち場を決めた人々が、芝生の丘のあちこちに散って清掃やら、芝の手入れを始めている。館内と周辺を合わせて…500人は下らない、何だ、何だ、何でこんなに人が集まる?とケンイチが焦るそんな中。


何も知らない西野陽子が、ノコノコやってくるのだった。


 ミニ・クーパーは敷地の小路を昇ってくる。それは徐行して様子を伺う感じになり、やがてためらいがちに停車する。


「き、今日は…何ですか?あれ、あれれ?」


それが車から降り立った陽子の第一声だ。それはともかく。


そのいでたちはなんと、フリルがたくさんついたハデな赤いパーティドレスに、お似合いの赤いハイヒール。


嫌な予感がして、玄関周りの雑巾がけをしていた頬かむりのケンイチは、それを目にしてギャー!雑巾を落す。


もちろん、なんですか?と出てきたこれも頬かむりの管理人がヒョエー!バケツを落とす。


うす汚れた作業服や、草むしり用の軽装や、運動靴、草刈釜、ビニール袋、タオルで頬かむり…その群集の中に、迷い込んだよそ行き衣装の可憐な赤い花が一輪。


 500人近い衆目が固まってしまった。さらさらと芝を渡る風が吹き、丘は更に静まり返る。


よりによって今日はお洒落して来たんだナ、と冷や汗のケンイチと管理人。立ちすくむ西野陽子の瞳は気配を察して瞳孔が開いたまま。さてどうする?これだけのギャラリー、よっぽどの芸人でも切り抜けられんゾ…


すると、何かひそひそ声が聞こえてくる。(ゲストさん…悪い)(ケンイチさん…ひどい)


「?」


次第にヒソヒソした波が、はっきりと声になってケンイチに押し寄せてくる。


(ケンイチさんが悪い)(何故教えてあげなかった?)(連絡不足)(冷酷)(サイテー)


水晶の街の皆さんの非難の波。


「ちょっと待て、なんでオレが」


「プ。ケンイチさん?この場を誤魔化すには、貴方が一発芸でも披露しないと?」


管理人が分かったような発言をすると。


(管理人さんも悪い)(何故教えてあげなかった?)(連絡不足)(デカブツ)(ゴリラ)


水晶の街の皆さんの中傷の波。


「ちょっ、ナゼ私が」


うろたえている2人の間をちびっ子2人がすり抜けて、陽子の元に走っていく。


「ゲストのヨーコねーさんでしょ~?」


「わーい♪ヨーコさんっだ~」


おお、新しいゲスト・ヨーコさんは管理人がブログで紹介済みだったな?ともかく無垢な子供達ならこの現状を打破するかもと思いきや。


ちびっ子は連携してフェイントをかけ、見事に西野陽子のスカートめくりに成功した。


彼女の悲鳴とちびっ子の歓声が交錯し、群集からどよめきが起こる。


「くぅら~、小僧ども~っ!!!」


ヨーコさんがちびっ子2人を投げ飛ばすと、転がった2人は?果たして芝生が気持ち良かったのか、嬉しそうにキャッキャと笑っている。


 その光景にクスッと、誰かが笑う。人垣の中の隣人が、後方が笑い始める。


男達にすれば、赤いドレスの陽子はもうそれだけでカワイコちゃんのお気に入りだ。女性達にしても、派手に見えちゃった下着が未だ少女風だったので、好印象。老人達には?元気良く子供を投げ飛ばした陽子が、ひと時で子供と打ち解けたように思えて。


 どっと笑いが起こる。


ケンイチと共に加わった新しいゲスト・ヨーコさんは皆に歓迎された。笑顔の「美術館・大掃除の日」は、ここから始まったのである。


ところで?ケンイチと管理人はののしり合っていた。


なんだ、管理人は街の名士じゃねーのか、ケンイチさん人気もかた無しですね、何だと、何ですか、ぷんすか!

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