第6話:俺、地鎮祭を執り行います。
宮司になってから数ヶ月。建設会社の仕事と神社の両立も、なんとか形になってきた。
そんなある日、幼なじみの北川重雄からLINEが来た。
「想太郎、急だけど、地鎮祭頼めないか?実は家を建てることになってさ、 来月頭に新築工事が始めるんだけど、地鎮祭をお前がやってくれるなら最高なんだけど」
俺はスマホを握りしめたまま固まった。
地鎮祭。家を建てる前に土地の神様に挨拶して、工事の安全と、その土地や建物に住む家族の繁栄を祈る儀式だ。講習で何度もシミュレーションしたけど、実際に執り行うのはこれが初めて。しかも相手が友達。失敗したら一生のネタにされるどころか、重雄の新居に何かあったら…と思うと、手が震えた。
「…いいよ。日程と場所、教えてくれ。」
返信した瞬間、胃がキリキリした。
地鎮祭の準備は意外と大変だった。だいたい外祭は、神社で行う場合と準備や祭式が違う。自分が現場に出向いて執り行うってだけで、とにかく勝手が違うから大変だし、俺にとってみたら初めての外祭ってこともあってパニックになった。
前日までに榊を切り、紙垂を結んで玉串を作る。神饌用の紙垂と注連縄用の紙垂も切って準備しておく。それを外祭用のバッグに入れておく。
外祭用のバッグには色んな物を用意して入れてる。祝詞・狩衣・烏帽子・笏・祓串・半紙・神饌用の紙垂・注連縄用の紙垂・玉串・メモ帳・ボールペン・カッター……等、神主の4次元ポケットみたいなものかな。
施主さんに用意してもらう物も多い。
まずは、神様にお供えするものだ。米、酒、塩、魚、野菜、果物。って色々ある。あとは、地鎮祭用の竹、鍬とスコップ、イスとテーブルとかも用意してもらう必要があって、施主さんも大変だと思う。
そして何より、俺にとって一番大事な準備はイメトレ。御供物の配置、式順を考えながら、一連の流れと動作の確認。本番の日まで、何回練習したか分からないぐらい練習した。
当日。2月下旬の朝。まだ肌寒い。
俺は寒さに耐えながら準備をして、20分前には現場に到着するように出発した。
現場は知義の新居予定地。地元の田んぼを造成した新興住宅地の一角だった。周りはまだ更地が多くて風が強い。
でも、天気が良くてよかった。雨が降ったら現場がぬかるみになって、下駄を履かなきゃいけない。俺は下駄が苦手だった。歩きにくいし動きにくい。それに、祭典中に泥まみれになって、装束をクリーニングに出さなきゃいけなくなってたかもしれない。祝詞も雨に濡れて使えなくなるだろうし。そんな余分な心配が無くなっただけでも、気が楽になった。昨日の夜、てるてる坊主を作った甲斐があったってもんだ。
地鎮祭は10時からの予定だから、この日は会社に半日休みをもらってる。こうやって会社員と神主の二足のわらじでやっていけるのは、社長の理解があってこそだ。本当に感謝してる。
現場には、重雄と奥さんの美代子さん、重雄の両親、工務店の社長と大工さんたち、合計10人くらいが集まっていた。
施主の名前はもちろん分かってるからいいけど、建築業者の会社名と代表者名を聞いて、メモ帳に書き、祝詞に挟んでおく。これを忘れたら大変だ。後で祝詞読む時に、名前なんでしたっけ?なんて聞けるはずないからね。
俺は祭壇の準備にとりかかった。四方に竹が立ててあり、注連縄が張ってある。その中に祭壇を設置する。余談だけど、この祭壇は木製で折り畳み式になってて、持ち運びしやすいしめっちゃ便利。
この時の祭壇の向きが大事。必ず東か南を向いてなくちゃいけないんだけど。それがわからなかった。俺は慌てて業者さんに教えてもらった。現場の下見に来た時に、方角もちゃんと調べておくべきだったと、ちょっと後悔。
祭壇の設置が終わったら三方を置く。
祭壇の一番上の台に三方を3つ置いて、右にお神酒、真ん中にお米、左に魚を置く。この時、魚の頭を中側に向けて、腹を神饌に向けて置く。
祭壇の2段目の台にも三方を置いて、右に果物、真ん中に野菜、左に塩を置く。
3段目の台には、右に三方を置いてその上に玉串を乗せる。真ん中には祓串を置く。
そうやって俺が準備してると、
「想太郎、よろしくな!お前 緊張してる?」
って重雄が笑いながら茶化してきた。俺は
「めっちゃしてるよ…」
って苦笑いするのがやっとだった。
地鎮祭の流れは講習で習った通り。
まず、修祓。みんなに祓串を振って穢れを祓う。風が強くて祓串の紙垂がバタバタ揺れて、手が震えた。
次に、降神の儀。神様をこの土地にお迎えする。俺は玉串を持って、祝詞奏上。声が上ずらないように、ゆっくり息を吐きながら。重雄が後ろから
「想太郎、意外と様になってるじゃん」
って小声で囁いてきて、吹き出しそうになった。
警蹕。おぉーと低い声で5秒ほど言うんだけど、最近は風呂場でよく練習してた。反響して練習するのに最適だったから。そんな練習の甲斐があって上手く言えた。
その後は、献饌。祝詞奏上。終わると、
四方祓いの儀を行う。
北東から順番に四隅をお祓いする。移動しながら
四方を祓い串で祓い、盛り砂を祓う。祭壇に祓い串を置き、三方の塩を持ち、四方と盛り砂に左右左の順に高々と塩を撒く。
次は地鎮の儀 。鍬入れと鋤入れを行う。斎主が家主に鍬を渡し、家主に
「えい、えい、えい」
の掛け声と共に三回目の掛け声と共に盛り砂を崩してもらう。次に業者にスコップを渡し、家主と同じように三回の掛け声と共に盛り砂を崩す。
それが終わると 玉串奉奠に移る。 玉串の順番は、斎主の俺、家主 、家族 、業者の順番で行う。
その後も、 撤饌、昇神の儀 、祝詞 、警蹕と順調に進み、何とか最後までやりきる事が出来た。
それにしても、地鎮祭の祈願は手順が多くて、覚える事もいっぱいある。家で嫌ってほどイメトレや練習しててよかった。やっぱり準備って大事な事だって実感した。
地鎮祭が無事終わって、重雄と美代子さんが
「ありがとうございます」
って頭を下げてくれた瞬間、やっと緊張が抜けて笑顔になれた。重雄が
「想太郎、めっちゃ緊張してたけど、ちゃんとやってくれてありがとう。なんか安心したわ」
って握手してきて、妻の美代子さんも
「これでこの家での生活も、幸せになれそうですね」
って笑顔を向けてくれた。工務店の社長も
「宮司さん、若いのに立派だなぁ」
って褒めてくれた。俺は照れくさくて
「まだまだミスだらけですよ…」
って言ったけど、心の中ではめちゃくちゃ嬉しくて、跳び跳ねてた。
帰り道、車の中で一人、深呼吸した。
俺は宮司として、友達の人生の大事な一歩に立ち会えたような気がした。それがすごく嬉しかった。
失敗しそうで怖かったけど、やってよかったって心から思う。
誰かの幸せの為に、少しずつ成長していこうと思えた地鎮祭だった。




