第4話:俺、インフルエンザになりました。
正式に権正階の資格を取って宮司になってから、数ヶ月が経った。お宮参りの一件以来、少しずつ神社の仕事にも慣れてきた気がする。建設会社の事務仕事と並行して、境内掃除や祈願の依頼をこなす日々。
そんなルーティンが崩れたのは、ある冬の夜だった。会社から帰って夕飯を食べてたら、急に体がだるくなってきて、悪寒が走った。熱を測ったら38度。母が
「風邪かな? 早く寝なさい」
って言って薬をくれたけど、夜中には39度、朝方には40度まで上がった。病院に行ったらインフルエンザだって診断され、タミフルをもらってベッドに倒れ込んだ。体中が熱くて、頭がガンガン痛む。父の死後、こんなに弱ってる俺を見たから、母は心配で涙目だ。
「想太郎、大丈夫? お父さんみたいにならないで…」
って言ってきた。俺は
「大袈裟すぎるだろ。ただのインフルだよ、寝てれば治る」
って強がったけど、心の中では(神社どうすりゃいいんだ)って不安が渦巻いてた。建設会社の仕事は休んだけど、神社は放置できない。掃除は?参拝者来たらどうすんの? 祈願の予約入ってたら? 父が生きてたら、代わりにやってくれたのに…。そんな思いが、熱にうなされて夢うつつの中でぐるぐる回る。
その夜は、熱で何度も目が覚めた。汗びっしょりで着替えるのも億劫。父のノートを枕元に置いて、「親父、助けてくれよ」って呟いたりした。父の死からまだ1年も経ってないのに、俺は一人で神社を守ってる。いや、守れてるのか? お宮参りで祝詞噛んだこととか、氏子のおじいちゃんに「想太郎君、まだまだだな」って笑われたこととか、全部がプレッシャーになって、熱が上がるたびに胸が苦しくなる。俺、宮司向いてないのかな…。そんな弱音が、熱のせいで頭に浮かんで消える。
翌朝、奇跡的に熱が下がってた。測ったら37度くらい。まだ少し頭は痛いけど、これなら動けるって思った。母に神社行ってくるって言ったら、無理しないでって止められたけど、掃除だけだからって押し切った。
車で神社へ向かった。境内は結構落ち葉が積もってた。昨日からの風のせいだ。ほうきを取って、ゆっくり掃き始める。体が重いけど、動いてるうちに少し楽になった。
ふと、社殿の前を見たら、誰かが掃除してる。背中が父にそっくりだ。え? 俺は目をこすった。間違いない。あの作業着姿、ほうきの持ち方…父だ。死んだはずの父が、境内を掃除してる。
「お父さん…?」
俺の声が震えた。父は振り返って、いつもの笑顔で言った。
「おう、想太郎。遅いぞ。掃除は朝イチだろ」
俺は呆然として、ほうきを落とした。
「なんでここにいるの? 親父、死んだはずじゃ…」
父はほうきを手に、平然と答える。
「掃除に決まってるだろ。境内が汚れてちゃ、神様に失礼だ。それより想太郎、ゆっくり覚えていけよって言ったけど、お前、結構がんばってるじゃねえか」
俺の目から涙が溢れた。止まらない。膝をついて、声を絞り出す。
「お父さんが死んでから、大変だったよ…。手続きも作法も、何もわかんなくて。まだまだ教えてもらいたいことがあるんだ。祝詞のニュアンスとか、氏子さんとの付き合い方とか…俺、一人でできるか不安で…」
父は俺のそばにしゃがんで、肩に手を置いた。その手は温かくて、懐かしい。
「大丈夫だ、想太郎。お前なら出来る。俺の息子だからな。ゆっくりでいい。地域の人たちを信じろ。神様も見守ってる。頑張れ」
父の声が優しくて、俺は子供みたいに泣いた。父の肩にすがって、
「ありがとう、お父さん…」
って呟いた。
…ハッと目が覚めた。ベッドの上だ。夢だった。枕が涙で濡れてる。熱を測ったら、平熱に戻ってた。体も軽い。窓から朝日が差し込んで、部屋が明るい。夢か…でも、あの温かさは本物みたいだった。父の言葉が胸に残ってる。『お前なら出来る。俺の息子だから』って。天井を見上げて、俺は誓った。
「お父さん、安心できるようにがんばるよ。神社守るから、見ててくれ」
涙を拭いて、起き上がった。今日も会社に行って、神社もチェックする。俺がちゃんとやるんだ。少しずつ、だけど確実に。




