第1話:俺、神社継ぐことを決めました。
俺の名前は粟生想太郎、今年で28歳になる。残念ながら、まだ結婚はしてない。彼女もいない。
生まれ育ったのは、長崎県にある南高町っていう人口8000人ぐらいの小さな町だ。
うちの実家は、町はずれの丘の上に建つ古い神社で、名前を『北乃坂神社』という。
江戸時代から続く由緒ある神社だって父がよく自慢げに話していたけど、正直、俺にとってはただの『家』だった。
子供の頃は、神社の境内が遊び場で、鳥居の下で友達と鬼ごっこしたり、社殿の裏で虫取りしたり。神様の住む場所だって意識は薄くて、ただ広くて楽しい庭みたいな感覚だった。
父は神主で、宮司を務めていた。名前は粟生武文、63歳。厳格だけど優しい人で、毎朝早く起きて境内を掃除してた。参拝者が来れば丁寧に祈願を執り行い、祭りの時期になると、夜遅くまで準備に追われていた。
母の景子は父を手伝いながら、畑仕事もこなす逞しい人だ。
俺は3人姉弟の末っ子で、姉が2人いる。姉弟で男は俺だけだった。
当然のように「跡継ぎ」って言われて育った。でも、俺が神主なるなんて真剣に考えたことはなかった。
高校卒業後、地元の建設会社に就職して、事務員として働いている。毎日、事務所で書類を整理したり、現場のスケジュールを管理したり。給料はそれなりだけど、安定している。
神社には休日顔を出して父を少し手伝うくらい。
「焦らなくていい。ゆっくり覚えていけ」
って父も言ってくれてたから、俺はのんびり構えていた。
神社の仕事は、休みの日に境内を掃除したり、お守りを袋詰めしたりする程度。祝詞の書き方や読み方なんかは、小さい頃からある程度父に教わって、大学時代に講習で勉強したぐらいで、本番では父の横で聞いているだけだった。
建設会社の仕事は、地元の道路工事などの公共工事がメインだ。
朝のミーティングで上司の指示をメモしてその日の仕事を確認、午後には請求書なんかを作成した。残業は少ないけど、たまに現場のトラブルで電話が鳴り止まない日もある。
同期の連中と飲みに行ったり、週末に釣りに行ったり、そんな普通の生活が気に入っていた。
だから、神社を継ぐなんて実感もなかったし、遠い未来の話だと思っていたんだ。
それが、すべて変わったのは、秋の少し肌寒い朝だった。
俺は会社でコーヒーを淹れながら、今日の予定をチェックしていた。スマホが振動して、母からの着信。珍しいな、と思って出たら、母の声が震えてた。
「想太郎、お父さんが…倒れて…病院に運ばれたの。早く来て!」
心臓が止まるかと思った。急いで上司に事情を話して車を飛ばし、隣町の総合病院に駆けつけた。
父はベッドに横たわっていて、すでに息はしていなかった。
死因は心臓発作だった。
母の説明によると、日課になってる朝の掃除中に、胸を押さえて倒れてたらしい。近所の人がが発見して救急車を呼んでくれたが、手遅れだった。
俺はただ呆然と立ち尽くした。昨日、酒飲みながら話してたのに。「祭りの準備、頼むぞ」って笑ってた声が、耳に残ってる。
葬儀は、神社で執り行われた。もちろん、仏式じゃなく神式だ。神主の葬儀は特別で、玉串奉奠や神饌の供え方なんか、細かい作法がある。それを、隣町にいる父の後輩の神主さんが執り行ってくれた。
町の人たちも大勢集まって、父の思い出を語ってくれた。
「武文さんはいつも優しくて、神社を大事に守ってくれたよ」
「祭りの時、笛を吹く姿が格好良かった」
そんな言葉を聞きながら、俺は涙を堪えるのに必死だった。隣で母は静かに泣いていた。
葬儀の後、火葬場で父の骨を拾う時、俺の胸に重いものがのしかかった。これで本当に父がいなくなったんだ。
葬儀が終わった日の夜、母が俺を呼んだ。そこには、帰省していた2人の姉もいた。
自宅の居間で、長女の明衣子が茶を淹れながら言った、
「想太郎、神社どうするの? もうあんたが継ぐしかないわよ」
俺は言葉に詰まった。…継ぐ? そりゃ、跡継ぎだって言われてきたけど、こんな急に? 会社の仕事はどうする? それに、まだまだ神社のことなんか理解出来てない。俺が1人で出来るはずがない…って思ってた…
でも、母の目を見たら、逃げることなんてできなかった。神社はずっと粟生家のものだ。父が守ってきたものを、俺が放り出すわけにはいかない。
氏子総代の爺さんたちも集まってきて、
「想太郎君、頼むよ。武文さんの遺志を継いでくれ」
って頭を下げられた。俺は頷くしかなかった。
「……わかりました。継ぎます」




