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前編:『王冠の下に眠る薔薇』 ― 社交界の仮面舞踏会にて、わたくしは目にしましたの

夜の王都は、またたく間に煌びやかに装われておりました。

 しかし今宵は、昼の顔――貴族セシリアとして舞踏会に出席する時間でございます。


 会場のシャンデリアが天井から降り注ぐ光は、まるで宝石を撒き散らしたかのよう。

 絹のドレスに刺繍された金糸が、光を受けて淡く揺れます。

 遠くでヴァイオリンが奏でる旋律、微かに香る香水と夜の空気が混ざり、華やかでありながらどこか冷たい匂いを帯びておりましたわ。


 「セシリア様、皆様のご注目を一身に集めておられますの。」

 クラウスがそっと肩越しに申しました。

 「ふふ……それは光栄ですわね、クラウス。でも、光の影には必ず闇がございますのよ。」

 「お嬢様の仰せの通りでございます。」


 会場の片隅で、黒衣の男たちの密談が目に入りました。

 その視線の先に、孤児院襲撃の黒幕である高位貴族の存在を知る者がいることに、わたくしは気付くのでございます。


 「……まさか、あの方が?」

 クラウスが静かに頷きます。

 「はい、セシリア様。この方は、貴女様の家とも古くからの関係をお持ちのようでございます。」

 「なるほど……。だから、わたくしの知らぬところで罪を繰り返すのですわね。」


 わたくしは微笑み、手元のグラスを軽く傾けました。

 琥珀色の液体が光を受け、まるで小さな太陽が指先で揺れるようです。

 「ふふ……華やかな舞踏会の中に、悪意の影が潜む……まるで夜と昼の鏡合わせのようですわね。」


 舞踏会の貴族たちは、誰もが優雅な仮面をつけ、互いの権力を競い合っております。

 その微笑の裏に潜む利己心、贅沢と強欲が織り交ぜる陰影――それをわたくしはすべて数えながら歩きます。


 「セシリア様……そちらの方々が、孤児院襲撃の黒幕でございます。」

 クラウスが低く囁きました。

 「えぇ……わかっておりますわ。

  けれど、今はまだ舞踏会の“昼”ですの。夜の刃は、静かに、優雅に準備するものですわ。」


 男たちの声が、遠くで笑い声に紛れております。

 その声の向こう側に、夜の白薔薇の君が目覚める予感がちらつくのでございます。


 わたくしはゆっくりと歩みを進め、周囲の光と影を確かめる。

 その一歩一歩が、夜への伏線であり、孤児たちへの誓いでもございますわ。


 ——今宵の舞踏会は、単なる華やかな宴ではございません。

 闇の王都で白薔薇を咲かせるための、静かなる序章に過ぎないのですわ。


 クラウスの手がそっとわたくしの袖を押さえます。

 「準備が整いましたら、お知らせいたします、セシリア様。」

 「えぇ、ありがとう。夜はもうすぐ、やってまいりますもの。」


 光と影が交錯する社交界。

 笑顔の裏に潜む悪意を、わたくしはすべて見逃すことはございません。


 夜が近づくにつれ、白薔薇の香りが、空気の中で静かに揺れておりました。

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